ANOTHER LIFE③

〜SIDE C〜

あの日のあの選択は本当に合っていたのか。それはわからない。でも後悔はない。

アルバムの中の懐かしい写真を眺めながらそんな事を思っていた。自宅のテレビの横の飾り台には賞状や盾。記念品の数々が並んでいる。
その横には還暦を祝う子供たちや孫からのメッセージ。私は幸せだった。
時刻は正午を回ったところだ。

「おっと。もうこんな時間。そろそろ行かないと」

私はタクシーを拾ってある思い出の場所へ向かっている。幼馴染に会いに。

思い出の場所へ着く。あの出来事からもう30年以上経っている。

「いやーここもだいぶ変わっちゃったね」

後ろから懐かしい声が聞こえる。

「つんちゃん!久しぶり!」

私は懐かしい顔に思わず笑顔が溢れる。

「海…久しぶりね。元気だった?」

2人で懐かしい話をしているともう1人の聞き慣れた声が。

「おーす!まだ試合開始前なのに早いなー。あ、そうか。もうお前ら2人とも60歳だからゆっくり寝れないんだろ?まぁ…オレもなんだけどな」

ユウが笑って私たちに声をかけてきた。

だいぶ歳をとってしまったけれど私たちが3人会えば一瞬にしてあの頃に戻ってしまう。しばらく3人で昔のようにくだらない話をする。

「お?やばい。そろそろ集合時間だ。じゃあ…オレは先に行くよ」

そう言ってユウはロッカールームへ走って行った。

「いってらっしゃい!」

と私はつんちゃんは声をかける。ユウは左腕を高く上げて応える。

球場の周りを2人で散歩しながら色々話していると
開場の時間となった。

「私たちもそろそろ中に入ろうか。」

つんちゃんに声をかけ、私たちも中に入る。あの頃と同じガラス越しのシートで私とつんちゃんは試合を見ながら昔話をしていた。

「懐かしいなこの席…あの時私…この球場にいたんだよ。ユウのピッチングに涙が止まらなかったなぁ…」

「知ってるよ。」

つんちゃんが笑って話す。

「え?なんで?あ、そうか!ユウから聞いたのね。それで…」

「あの時球場にいてユウを待ってたんでしょ?そして女優を辞めてユウと結婚するつもりだった…私が余計な電話さえしなければ…ごめんね。」

「つんちゃん…もしかして?」

つくしはゆっくりと今までの事を話し始めた。


ある日過去旅行スーツを持ったユウが自宅に帰ってきた。私はショックだった。てっきり過去に戻って行方不明になった海とやり直したいと言い出すと思ったからだ。でもユウの思いは違った。

「つくし。お前…オレに言ってない事あるだろ?オレ…全部知ってるんだ。オレが完全試合をしたあの日海に電話して医者を諦めるって言ったんだろ?」

「なんでそれを?」

「簡単だよ。このスーツを使ったからだ。オレはもう一つの人生でつくしの話を聞いたんだ。医者は諦めてオレと結婚するっていったんだろ?それを後悔してる。もう1人のつくしはそう言ってたよ。残念ながらお金が足りなくてもう1人のつくしの後悔を変えてやることはできなかった。今のつくしには後悔のない人生を送ってほしいんだ。オレのことは気にしないでいい。さぁ早く。あの完全試合の日に戻すとなると金額的にギリギリだ。今までありがとう。愛してる。元気でな。」

私は無理やりスーツを着せられる。

最後に手を振っていたユウは泣いていた。



「さぁ…甲子園球場はどよめいております。昨年から始まりましたセ・パ交流戦。9回裏阪神タイガースの攻撃ですが…なんとここまで1人のランナーも出していません。9回のマウンドにも野々宮が上がります」

「かつて高校時代に憧れ、届かなかったこの舞台で彼は今とんでもない記録をうちたてようとしています。」

CS放送の野球中継の音がする。

ん…ここは?どこだろう…私の家?昔の?
そうか私!待って今何時?…
時刻は21時30分を回ったところだ。

良かった…間に合った。それにしても過去旅行をすると戻った瞬間に少しだけ記憶が飛んでしまうのはなんとかならないのだろうか。今後の改善点として要望を送っておこう…

「最後のバッター高見を空振り三振!最後はなんと167キロ。日本人最速記録で完全試合達成です!やりました野々宮!」

「いやー。もうこの記録が破られることは今後ないと思いますよ。素晴らしい投球でした」

残念ながらこの解説のコメントはそう遠くない将来にはずれる…良かった。しっかり過去旅行ができているようだ。そう思いながら私はヒーローインタビューが終わりロッカーへユウが戻る時間に合わせて電話をかけた。

「もしもし?つくしか?グッドタイミング。丁度ロッカーに戻ってきたところなんだ。悪いけどこの後予定がびっしりなんだ。あんまり時間なくて…で?どうした?」

「ユウ…おめでとう。すごいピッチングだった。私ユウにお別れを言うために電話したの。この後…海と待ち合わせしてるでしょ?海は素直じゃないから本当の気持ちは言わないかもしれない。でもあなたたちはずっと昔から両思いなの。私がいなければもっと昔から恋人同士だったはず。私は海外へ留学する。どうしてもやりたいことがあるの。だから…海をお願いね。頼んだわよ。それともう一つ…」

私は用件を伝えて電話を切った。私は涙が止まらなかった。でもこれでいい。私がこの時間に戻れるように選手時代のお給料を運用して増やしてくれたもう1人のユウに感謝しなくてはいけない。とてもじゃないけどわたしには100億なんてお金用意できないから。そして私は新たな目標のために2周目を生きることにする。



「やっぱりそうなんだ…15年後くらいには運用されるって聞いてたからそのうち未来を知る人に会えるかななんて思ってたけど。つんちゃん…ありがとう。実はあの日私、迷ってたの…」

今度は海が昔話を始める。


私は迷っていた。どちらを選ぶべきか。相談しようとつんちゃんに電話したが繋がらなかった。
もうすぐユウが来る…

「悪い!遅くなった!頑張りすぎちゃったよ」

ユウが走って駆け寄ってくる。

「元気ないなぁー。なんかあったのか?あ、あのニュースの件か!いやぁ…参った参った。野次が凄くてさ」

「ユウ。ごめんなさい…私お別れを…」

迷った挙句もう一度女優として今度こそあの映画の主演女優賞を…と決めて私はユウに別れを告げようとする。その時だった。

「ダメだ。」

私の言葉を遮ってユウが話す。

「オレはお前がいないとダメだ。今日のピッチングも海…お前がいたからできたんだよ。事務所にどちらか選べって言われたんだろ?オレはお前がいないとダメなんだ。頼む。今シーズンが終わったら…オレと結婚しよう」

ユウは泣いている。私も涙が止まらなかった。私たちは抱き合ってしばらく泣いていた。気がつくと時刻は0時を回っていた。

「なんていう結末だったんだよね。私は決めれなかった。でもつんちゃんがユウの背中を押してくれたから。ありがとう」

つんちゃんは笑顔で首を振る。

「これで良かったの。私は夢を叶えたしユウとも結婚した。海も夢を叶えたしユウと結婚した。」

「さぁ。そろそろ時間よ。下に行きましょう。」つんちゃんに促されて私たちはガラス越しのシートを後にする。

「しかし幸せものよねぇあいつ。こーんな可愛い幼馴染が2人もいて2人と結婚しちゃうんだから」

つんちゃんは笑いながら言う。私もつられて大笑いした。まもなく試合は終わる。

「さぁ。甲子園ドームは9回表 ジャイアンツの攻撃です。割れんばかりの大歓声と共にリリーフカーにのってこの男が登板します。」

阪神タイガース 選手の交代をお知らせします ピッチャー 野々宮 幸に変わりまして野々宮 悠
タイガースのピッチャー 野々宮 背番号99

「さぁ。マウンドに上がります。レジェンド野々宮悠。本日が引退試合です。ベンチ裏には奥様の海さん。そしてベンチには先程ピッチングを終えたばかりの息子の幸が見守っています。野々宮悠。年齢は60歳。日本で初のプロスポーツ定年退職制度が活用されたプロ野球選手ということになります。」

「注目の第1球。バッターは吉田。インコース。ストライク。豪速球が唸りを上げます。なんと160キロ。いかがですか?解説のダルビッシュさん」

「いや…言葉にならないですね。心肺機能の衰えさえなければ1000勝に届いたかもしれませんね…」

試合後のセレモニーを終えてユウは記者会見の席でインタビューに答える。私は彼の会見を少し離れたところから画面越しに見ていた。

「野々宮選手。お疲れ様でした。率直な今の感想をお願いします」

記者の質問にユウが答える。

「ありがとうございます。いや…流石に1イニング全力で投げたんでヘトヘトです。じいじには辛いですよ。」

記者席から笑いがこぼれる。ユウは続ける。

「まずはここまで支えてくれた妻の海に感謝したいです。それから無名だった僕を指名して育ててくれただけでなく快くメジャーにも送り出してくれた千葉ロッテの関係者。ファンの皆様。メジャーで所属した球団の関係者。ファンの皆様。一度アメリカで引退しましたが現役復帰のチャンスをくれた阪神タイガースの関係者の皆様。ファンの皆様にも感謝したいです。」

記者から続けて質問が飛ぶ

「60歳まで現役を続け、初めて定年退職制度を利用したプロ選手となりましたがその辺りに関しては?」

「そうですね。今後はスタンダードになると思いますが当時はまだだれもやっていなかったIPS細胞の手術を提案してくれた幼馴染にも感謝したいです。」

私はユウの会見を聞きながら当時のスクラップを眺めている。スポーツ紙だけでなく経済新聞も大切にとってある。

「野々宮悠 現役復帰目指し人類初のIPS細胞手術へ」

「アメリカの医師 菜花つくしさん ノーベル医学賞受賞 IPS細胞を使った筋力再生手術(T・N手術)の功績認められ」

私の家の棚には色々な賞状や盾。完全試合達成の記念品 引退試合の記念品などが飾ってある。飾ってある中に私の記念品はただひとつだけ。1作品限定でオーディションを受け復帰をさせてもらった。タイムリープ物の映画だ。

「主演女優賞 沢口海 ANOTHER LIFE」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?