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八月

4か月ほど一緒にいて気づいたのは、恋人とは寝起きする時間が違うということだった。


恋人はいつだって私より早起きで、私が起きるころにはくりくりの瞳で本を読んだり外の景色を見たりしている。

休みが合わない二人なので専ら仕事終わりの夜に会う。短い時間でも充実させようと、翌朝早く起きられたらカフェに行こうねと約束して寝ることがたまにある。だいたい何時ごろに起きようと話して寝る。私はたいてい早起きの彼に甘えて目覚ましをかけずに寝る、のだが、かならず寝過ごす。しまった!また寝過ごした!と急いで支度をしていたら「え?もう行かないよ?」と言われる。彼はすぐ横で早く起きているのだから私のことも時間どおりに起こしてほしいと思ったりするが、「よく眠ってたから」といつも起こさずに見ているようだ。ニコニコして言われるので、起こしてほしかったとは主張できない。そもそも目覚ましかけて自力で起きなさいよ、という話だし。

早起きであることに重ねて彼はよく起きる。話を聞いていると、そんなに寝てなくて大丈夫なのかな、というほど細切れに起きていることもあるようだが、そういう日は日中に少し寝たりするらしい。しかし彼の昼寝を目撃したことはこれまでなかった。一度寝入ると起こされるまで起きない私からすると、浅くて早い彼の睡眠は謎めいている。


初めての旅行で、ついに恋人の昼寝をみた。
行きの電車や、宿についてからの温泉と温泉の間の小一時間、彼はうとうとと寝た。寝ようと決めるとすぐに寝入ることができるようで、度々なめらかに寝た。

ふっくらしたまぶたを見て、改めてこれまで彼の寝顔をほとんど見なかったことに気づく。私ばかりが寝ていたようだった。いくら休日が合わないとはいえ合う日には丸一日一緒に出かけることもあるので、そんな日々、彼は疲れていても起きて一緒に過ごしてくれていたのだな、とわかる。
私は反対に、夜にLINEをしていてもたのしいやり取りの最中で寝てしまうことがしょっちゅうで、学生の頃はこういう時も無理に起きていられたのにな、と翌朝しょんぼりするばかりだった。


これから私たち歳を取って、だんだん無理がきかなくなったら、起きていられる時間、寝ていられる時間の溝が広がって、どうしようもなくすれ違ってしまうことがあるのかな、とふと思う。
寂しい、という感情よりももっと大きな、仕方なさ、に近い感覚がやってくる。
いま一緒に起きて、ともにいられること、そう長くは続かない。


誰しもいつか別れがくる。
どんなに好きでも、どんなに大事にしていても、別れは必ずやってきて、残された者はそのあとひとりで生きていく。
たまにそのことを忘れては気づき、また忘れる。


彼のお腹がふくらんではへこみ、ふくらんではへこみしているのを眺めていると、海岸の岩に荒波が何度も打ち寄せる昼間の光景が浮かぶ。
岩は丸く削れていた。いつかはその繰り返しで、岩ごと波に攫われてなくなってしまうのだろうか。

今一緒にいられることをもっと大事にしよう、と思う。月並みだけど、つよく思う。何かをつよく思うことも、大人になってからそう多くない。この思いを繰り返したいと願う。


ちょうど彼が起きた。
昼寝から起きるときも寝覚めが良いようでてきぱきとお風呂の準備をしている。
これから一緒に海の見えるお風呂へ行く。