NovelJamオリエンテーションに行ってきました

 感想など書くべきかも知れませんが、著者として編集様に自分を売り込まなくてはいけません。
 というわけで、最も効果的なのは、帰り道や帰宅後などの時間を使って、実際に即興小説を書いて文章を見て貰うことだと考えます。
 そこで体験記風の即興小説を書きました。もちろん小説なので、盛大にフェイクが入っています。ですが、正真正銘、何の準備もなく、オリエンテーションが終わってから書き始めたものです。


SHIBUYAオリエンテーション

 自称小説家Kがその街に降り立った時に感じたのはまず目眩だった。

 何しろSHIBUYAである。圧倒されながら目的地の建物をスマホで探す。隅に寄り、邪魔にならないようにと思っても、大交差点の人混みに圧倒され続けている。

 科学の賜物で、GPSは簡単に目的地を示す。だが方角がわからない。磁力的に呪われているのか、Kが使うスマホは大体いい加減な方角を示し、キャリブレーションが必要ですなどと言って8の字の図形をあざ笑うように表示するのだ。

 しばらく正反対の方向に歩き、ようやく気づいて取って返す。正しい方向に歩いてほどなく三桁の番号が見える。
 
「あれが……109」

 Kは目を背ける。正視すると目をやられてしまう。傍らにある吉野家とビックカメラだけが、Kが正常に呼吸できる空間だった。

(……という設定の著者なんだ)
 側にいるHに語りかける。
(本当に設定か? それは。お前の真の姿じゃないのか)

 HはHenshushaのHだが、むろん実在しない脳内仮想編集者に過ぎない。実在するようなものが、しじゅうKごときのそばにいるわけがないのだ。今日はそんなKが実在する編集者を獲得しようという、無謀としか言いようがない試みだった。

 やっとのことで会場に辿り着くと、建物はガラス張りだ。常に自分を美しく演出するよう気張り続けられる、特殊能力者のための建物である。

 会場に入るとカラフルな椅子とおびただしい胡蝶蘭が相変わらず渋谷的だ。渋谷の渋谷性は建物の中にまで容赦なく侵食してゆく。コミュ障が身を隠す場所はどこにもないのだ。

 オリエンテーションが始まる。登壇した人物は、体格はかなり痩せていたが、これはあれだと思う。棋士みたいに、いざ事が開始するとものすごい手を指してきて周囲を震えがらせるタイプだ。
 そしてもうひとりは、たぶん……同じように体格から同じように類推すると、徳川家康的な戦略家に違いない。

 説明によれば、事前に少し漏れ聞いていた通り、編集側が著者側をスカウトするシステムだ。何て恐ろしいものに参加してしまったのだろう。自分で自分を売り込むなんてことがKにできるわけがない。就職活動でどれだけの地獄を味わったのだ――!

(という設定の著者なんだ)
(どうしてその設定にこだわる?)
(聞いてなかったのか? 編集はTwitterとかで著者を探すんだぞ。TwitterのSNSとしての特性を知っているだろう。ここではリア充は敵だ。人としてダメであればあるほど評価される殺伐とした空間だぞ)
(まあそれならそれでいいが、設定とか言ってるが完全にお前の素じゃないか。何を演じる必要がある)
(それは……)
(〝設定〟なんて言葉を使ってまるで真の自分は結婚でもしているかのような言い方で自分を誤魔化すのはやめろ)
(うるさい!)
 わずかに小声で出てしまう。何人かがちらりとKの方を見る。非常識な態度ともいえるが、痛いキャラを演出するにはむしろ都合が良かった。

 だが、売り込む活動は、執筆当日までの期間にとどまらない。できた作品を、オンラインでも文学フリマでもその他あらゆる手法を使って売ることもまた競争のひとつだという。斬新な方法には加点があるとか……渋谷の交差点の真ん中で漫才や大道芸をしながら本を売る能力でもあったら、大変な加点があるに違いない。それはKにはとても無理な、超能力とも言うべきレベルの活動だった。

 オリエンテーションが終わり、結局自分を作品を売り込まなければならないという恐怖感を抑えながら名刺を配る。名刺の中二病的な痛々しいデザインも気を配ってある。一応、ペンネームの中二病性も複数の人物に指摘されているから、ここも自信を持ってよいところだろう。

(こうやって……裏返った声で人と無理矢理コミュニケートしているさまが演出できれば……)
(俺は一向にそんな著者に魅力を感じないが、大丈夫、演出意図は成功している。繰り返すが単なる素だ)

 オリエンテーションが終わり、一階に降りる。自動ドアの前に立つが、自動ドアは作動を拒絶した。機械にすら拒絶されるキャラクター! 一緒に降りてきてこの醜態を見た人の中に編集者は含まれていたか? 人の顔を覚えられない質でよくわからない。
 結局、時間が遅いと作動しない決まりのようで、裏口のようなところから外に出た。

 外に出ると雨が降っていた。
 きらびやかな渋谷に雨が降っていた。

(渋谷の雨に濡れたら溶けてしまう――!)
(いや、もう終わったからキャラを作る必要ないんだが)
(でも実際に溶けそうな気がする)

 足早にKは駅までの道を駆けた。
(おなかすいた)
 極度の緊張と、そもそも夕食を取る暇がなかったこともあってKは空腹を覚えた。そして一直線にKが向かった店は、赤い色をしていた。

(お前は――!)HはKをなじった。(お前は、渋谷まで来て吉野家に入ろうというのか!)
(だって、吉野家とビックカメラでなきゃ息ができない)Kは牛すき鍋膳をすすりながら言った。安い牛丼で済ますような慎ましさがあればまだ可愛げはあったが、Kは可愛くはなかった。(という設定の著者なんだ)

 ゲフー、と不安に怯えているキャラのはずが満足した矛盾体にKはなっていた。店を出るとさらに雨は強くなっていた。溶ける、という暗示は再びたちまち肥大化し、Kは濡れた道路に滑って転び、ある路地に倒れ込んだ。

(という設定の著者なんだ……)

 雨に濡れながらもぐもぐとうわごとのにように言い続けるKの言葉を誰も聞いてはいない。Hですら聞いてはいない。ますます雨は強くなる。

 まれに足を止める通行人がいないわけではなかった。だが手は差し伸べない。好奇というか軽蔑の眼差しで見ている。
「なんか作家になる夢を見ているみたいだね」
「作家? なんだそりゃ」
「大昔、そういう職業があったらしいよ。コミュ障の治療を拒絶したあげく、歪んだ自己を紙に書き付けることで成立していた職業が。ちょっと脳をいじればいいだけなのに、何をそんなに拒むのかわからないけれど」

 ここはSHIBUYA。とっくにコミュ障は駆逐されて久しい。JAPANという国ももう存在していない。その国は無理にオリンピックを開催しようとして潰れてしまった。

 ここはSHIBUYA。リア充という観念が寄り集まってできた、物質世界なのか仮想空間なのか、どこだかわからない場所に存在している街、SHIBUYA。

 まだSHIBUYAの雨は降り続いている。

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