見出し画像

わからないわけない

「私は海のこと、友達だと思ってないから。」

「親友」だと思っていたYにそういわれたのは高校2年の春だった。大好きだった彼にふられた直後。ゴールデンウィークの前。私の誕生日の直前。帰り道の電車の中。席がなかったのか、車両の連結部分に立っていた。ゆっくり窓の外の景色が流れていた。

突然言われて、意味が分からなかった。頭がぼわっとして、目の前に霧が突然降りてきたような感覚。しばらくして、こめかみにはじわじわと、心臓には鋭い痛みが走り始めた。

Yは、私のどこが「嫌」なのかを言ったと思う。何と言われたかも、何と答えたかも、全然覚えていない。ただ体の感覚を覚えている。頭をガーンと殴られたような、自分の輪郭がぼやけて世界との境界がなくなったようだった。思考は停止、心は激しく動揺、体はとにかく硬直、そしてズキズキと痛かった。体中の欠陥に毒の棘が流れているようだった。

なぜそんなことを言われたのか、さっぱりわからなかった。何か、私がYの気に障ることを、きっかけになるような行動なりをしたんだろう。でも何が気に障ったのかが、わからなかった。

私はYが好きだった。親友だと思い、自分もそう思われていると信じて疑いもしなかった。中学までほぼ毎日、多い時では半日保健室で過ごしていた私が、「夏休みも冬休みも春休みもいらない」と思うくらい、学校が楽しいと思っていたのだ、高校の最初の1年間は。それはYと、Yが「MもNも本当は海のことが好きじゃない」と言った2人のおかげだった。

ああそうだ、確か、「上から目線」だとか「偉そう」とか、そういうことを言われたのだ……私は必死で、「そんなつもりはない、ごめん」とひたすら謝った。だって私はYもMもNも、とても好きだったから、好きな人に不快な思いをさせるつもりだなんて、全くなかったのだから。「なおすから……」と、そう言ったときにはもう、消えてなくなってしまいたかった。あんなに楽しかった世界が突然牙をむいて、全部が夜になってしまったようだった。

地獄の始まりだった。

Yは、私を「友達だと思っていない」けれど、「これまで通りにするから」と言う。私はYの顔色を常に伺い、自分が言いたいことや行動をそのままするのではなく、いったん「待て」をして、90度変えたり180度変えたりした。「友達」を、「これ以上」傷つけたくはなかったから。でも、それは本当に難しかった。何がYを傷つけているのか、私の何が悪いのかが、全然分かっていなかったから、とりあえず「自分らしい」と思われるようなことをすべてやらない、ということしか私にはできなかった。そのうち、誰かに確認をとって承認をもらわないと、どう感じていいのかが決められなくなった。

その状態で修学旅行にも行ったし、学祭もやった。周りは私たちをそれまで通り「友達」だと思っていたので(「これまで通りにするから」)、いつも私たちは一緒のグループだった。修学旅行の夜に「まだ何にもなおっていない」と一刀両断されたこともあった。さすがに隠れて一人で泣いた。階段を降りるときに、左足を外側から内側にキュッと入れるのがおかしいとか、食べるときの音がうるさいとか、どうしたらいいのかわからないことも言われた。

結局最後まで、YともMとも本音で向き合うことはできなかった。毎日、毒が塗られた錆びた剣山の上に張った薄い氷の上を歩いているような心地だった。私はすっかり自分がわからなくなり、心は麻痺し、体の感覚もスイッチを切った。火傷をしても指摘されないと気づかないくらいだった。

その後ほんとうにいろいろあり、私は心のことを思い出し、体がくれる感覚を受け取ることをまた、始めた。当時のことは散々分析したし、人にも話しつくして、思い出すこともほとんどなくなっていた。今でもなぜあんな2年間だったのか、Yの気持ちも考えもわからない。あれ以来、彼女らを含め高校の同級生たちとは全く連絡をとっていない。もうみんなのことはわからない。自分がどう感じ、そこから何を学んだか、自分にだけ指を向け、目を向けることにした。

私が心と体を取り戻し始めてから約1年経つ。いま、表現、創造、そういうことがしたいという想いがふつふつと、じわじわと、こんこんと、わいている。衝動的に動きたいような、そんな気持ちもある。そうした時にふと、このことを思い出した。

どうしたってなくならない過去。毎日が本当に地獄だったあの頃。世界の全方向がカミソリみたいで、動くと血が流れるようだった。自分の大切なものがどんどんわからなくなっていくあの、閉塞感。絶望的な気持ち、いつもいなくなってしまいたいと思っていたこと。いつかだれか、「本当の」私をわかってくれる人が現れて、「ここ」から連れ出して欲しいと心底願っていたこと。

EDMの天才、Aviciiの“I could be the one”、ここしばらくずっとリピートして聞いていた。oneは私、深いところでずっと私といた私、そのことだと思っている。
見えない時もいた。そこに。

表現すること、創造すること。本当は、わからないわけがない。
そこにいたんだから、ずっと、私と。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?