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「天気のことわざは本当に当たるのか考えてみた」

 大学山岳部時代のヒマラヤ遠征でベースキャンプへ向かっている時のこと。テント内にヒルが次々と侵入して来て辟易したことを覚えています。

 「明日は雨だな」。そうつぶやいたのはシェルパのサーダー。その言葉どおり翌日はザーザーと雨が降っていました。目や耳、肌で感じて天気を予想する「観天望気」というのは、バカにできないんだな、と感じた私の体験です。

 「猫が顔を洗うと雨」「暑さ寒さも彼岸まで」なんていう言い伝えは、多くの方が耳にしたことがあるのではないでしょうか。天気にまつわることわざって、どのぐらい正確なのか。それを専門家が、楽しく検証した新刊が出ました。山岳気象予報士、猪熊隆之さんの「天気のことわざは本当に当たるのか考えてみた」(ベレ出版)です。

 「生きもの」「空」「地域特有」「山」「海」など7章に分けて48のことわざを収録。カラー写真、カラー図解をふんだんに使って一つひとつに当たる確率を星印で示してくれているキメの細かさ。古くからの言い伝えだから正確だとは、限らず、どうやら最も信頼度が高いのは巻末に収録されている「著者オリジナルのことわざ」のようです。

 私と同世代の猪熊さんは、大学山岳部出身。そしていつも感じるのは、山の世界の「オンリーワン」の存在であるということです。富士山での滑落事故で重傷を負い、先鋭的な登山は断念しましたが、気象予報士の資格を取得して、山の世界に生かしていくという道を進みました。国内唯一の山岳気象専門会社「ヤマテン」の代表取締役。高所登山の成否のカギとなる正確な気象情報を得るために、猪熊さんの力を借りる海外の遠征隊も少なくありません。

 気象の専門家として活躍されている猪熊さんですが、9月27日には世界8位の高峰で、日本山岳界の金字塔、マナスル(8163メートル)に登頂されました。自らも登れる山岳気象予報士。これ以上説得力がある予報士はいないでしょう。

 笑顔を絶やさず、とても穏やかで物静かな方ですが、どこにそんなパワーが秘められているのか。著書からも感じるのは、山の魅力や天気を予報することの面白さをあの手、この手で伝えたいという情熱です。

 自然と共生していくというのは、人類にとって壮大であり、かつ現実的に考えなくてはいけないテーマでしょう。気象予報というのは、そのための大きな智慧の一つなのではないか。本書を読み切って、そんなことを感じました。

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