見出し画像

アメリカ:ヨーロッパ文明を救ったのはアイルランドの修道士であることを示したカトリックの歴史家、トーマス・ケーヒルが死去

Thomas Cahill (1940-2022)

学術的な研究と芸術的な語りを両立させ、『カトリックの吟遊詩人』と呼ばれた歴史家、トーマス・ケーヒルが10月18日、ニューヨーク・マンハッタンの自宅で82歳の生涯を閉じた。彼の代表作は、1995年にポーランド語でも出版された『How the Irish Saved Civilization(アイルランド人はいかに文明を救ったか)/邦題:聖者と学僧の島──文明の灯を守ったアイルランド』という本である。5世紀のローマ帝国滅亡後、アイルランドの修道士たちが西洋文明の宝石ともいえる作品をいかにして集め、保護したかを描いたものである。



1995年に出版されたこの作品は、ニューヨークタイムズのベストセラーリストに二年間掲載され、最終的には200万部を売り上げた。クレイ・ライゼンは遺稿の回顧録で、10月30日付のニューヨークタイムズ紙に、「ケーヒルは確固たる信念を持った実践的カトリック信者で、エイズ患者を支援する祈りの会の創設者でもあり、とりわけ当時のニューヨーク大司教ジョン・オコナー枢機卿(1920-2000)と極論を交わすこともためらわず、また、それが彼の人気をさらに高めることになった」と書いている。

前述のケーヒルの著作は、学術書とは異なる特殊な形態であったため、当初は各出版社から相手にされなかった。しかし、一般読者をも対象とした、新しい歴史叙述の価値を見出した著名な歴史家が述べたことは、それらに勝っていた。

例えば、インディアナ州のカトリック大学ノートルダム校の古典文学教授イングリッド・ローランドは、「ケーヒルは、アイルランドの吟遊詩人やギリシャの歴史家ヘシオドス(紀元前9〜8世紀)がしたであろうように、工房内の様々な糸を組み合わせて、一つの糸にまとめ、その古き良き時代の独特の雰囲気を付加する方法を知っていた」と書いている。

したがって、この歴史家は、5世紀のヨーロッパ大陸の紛争から遠く離れた国で、全ての図書館(文学、宗教や哲学などの蔵書)が地上から消えていくような状況の中で、アイルランドの修道士たちが、ギリシャ・ラテン文化の最も重要な文献を書写し、後世に残していった事実を示すことができたのである。しかも、Audibleの解説によると、この修道士たちは「当時の文書に、後に中世の文化全体に影響を与える一種の独特の趣き──信仰の香り(2コリント2・15参照)を加えた」のだという。

ケーヒルの2つ目の代表作は、1998年に出版された『The Gifts of the Jews: How a Tribe of Desert Nomads Changed the Way Everyone Thinks and Feels/ユダヤ人の贈り物──砂漠の遊牧民の一族はいかにして人々の考え方や感じ方を変えたか』という本である。この本を書くために、著者はニューヨークのユダヤ神学校で学びながら、ヘブライ語の読解を習得した。ニューヨークタイムズの記者によると、ケーヒルは「古典時代から今日までの文明の進歩に対する自分の信念を確認する物語を、そこ(ユダヤの文化や言語)に求めた」のだそうだ。ライゼンは、「歴史について語るとき、私たちは通常、災害や戦争、スキャンダルの連鎖、つまり人間の苦痛の物語として考える。しかし、歴史を別の見方で見ることも可能だ。『恵みの物語』として、あるいは、誰かが仲間のために何か良いことをし、それが後に(皆への)贈り物となった、説明できない瞬間の記録として見ることもできる」と特記している。

このような、このアメリカの歴史家の世界をどのように縁取るかという視点は、2013年の近作『Heretics and Heroes: How Renaissance Artists and Reformation Priests Created Our World/異端者と英雄:ルネサンス期の芸術家と宗教改革期の神父はいかにして我々の世界を創ったか』にも表れている。

1940年3月29日、ブロンクス(ニューヨーク)のカトリックの公務員の家庭に生まれたトーマス・クイン・ケーヒルは、生涯にわたって古典文化に興味を持ち続けていた。ラテン語とギリシャ語の古典文化に生涯関心を持ち続けた。1964年にイエズス会のフォーダム大学で古典文学と中世哲学の修士号を取得し、その後、コロンビア大学やカトリック教会の大学でも学んだ。イエズス会に入ることも考えたが、1966年、それを断念して、スーザン・ノインツィヒと結婚した。彼女との間に5人の子供が生まれ、後に2人とも4人の孫の顔を見るまで生きている。

ニューヨークのクイーンズ・カレッジ、ニュージャージーのシートン・ホール大学などで教鞭をとった。1990年、ダブルデイ出版社の宗教部門のディレクターに就任した。


ケーヒル、2005年



その深い信仰心は、『Desire of the Everlasting Hills: The World Before and After Jesus/永遠の丘の願望:イエス以前の世界とイエス以後の世界(2001年)』という著作で最も明確に表現されている。ポーランド出身のドミニコ会神父で、東京のカトリックセンターで教会史の講師を務めるパウロ・ヤノチンスキーは、「この本を読んだり聞いたりすると、この歴史家の吟遊詩人のような魅力に抗うことができない。彼の熱烈な信仰と、教会の最初の数世紀の物語と、アイルランドのバラードの美しさとが融合している」と語った。

o. jj (KAI Tokyo) / New York

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?