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そんなコールあるんだ


ニンニク、入れますかーーー


心が躍るフレーズだ。床や壁や客の湿気も合わさってギットギトの空気の中で、それら全てを帳消しにする魔法の言葉。長い長い行列を冴えない男たちがスマホに視線を落とす虚無の時間を耐えて、1時間の無駄使いが報われる瞬間。「ニンニク、入れますか」は福音に似ていた。


某日。そこそこの連勤続きでしばらくどこにも行けてなかった僕は、長距離運転がした~い!という欲が抑えられずにいた。しかしこのご時世的に、1日だけの休日ということも鑑みて、県内のみの移動ということで決着がついた。どうせなら、旅に目的がほしい。そこで目をつけたのが県南の遥か先にある某有名二郎系ラーメン店である。


二郎系インスパイアの中でもフランチャイズしている店で、過去に一度、また本店に一度行ったことがある店だった。過去に一度あるといっても4年前とかになるので正直何も覚えていなかったが、「めちゃくちゃ美味かった」というのは覚えていた。


AppleMusicで今回の旅のために追加した60曲を聴きながら、意気揚々と到着した。そして一つ目の関門に差し掛かる。「食券いつ買うの問題」である。


二郎系は基本的に食券制度を導入している。今回も例外ではない。並ばずに入れる店なら特に問題は無いが、人気店は店外まで余裕で行列が形成される。つまり食券を買うタイミングが列に並ぶ前なのか後なのかで生死が分かれるのだ。食券後買いなのに先に買うのはシンプルに列抜かしなので論外だが、食券先買いなのに並んだ場合は大したミスじゃなくない?と思う人もいるだろう。バカ。二郎系だぞ。本店でそんなミスやってみろその場ででっかい四角の包丁で角切りにされるわ。お前らみたいな二郎初心者が食ってるチャーシューはそういう存在なんだよ。しかも本店系列と同じような意識の高さをもつインスパイアだぞ。店主に殴られ後ろの客に蹴られて出禁だバカヤロー※実際はそんなことありませんがこれくらいされるというプレッシャーは本当にあります。


そんな重大なルール入り口に書いてあるだろと思う方もいるかもしれない。僕もそう思う。書いてない。ネットで調べても書いてない。前の客に聞いたり雰囲気を掴むしかないのだ。幸い今回は目の前で食券を買って外の行列に並ぶおっさんがいたので助かった。頼むから世の二郎系ラーメン屋は店先に食券を買うタイミングを書いてくれ。


運良く正しい過程で並ぶことができた僕は、そこそこの寒空の下30分耐え、いよいよカウンターに座ることができた。


今回注文したのは汁無しラーメン。写真は無かったが、正常な感覚を持つ人間なら「汁無しラーメン」という響きがいかに甘美な物か理解できると思う。また、名物であるマシライスの小も注文した。マシライスって書いたからどこで食べたかほぼバレた。以前からマシライスは食べてみたかったがラーメンも食べたかったので折衷案として小を注文した。食券購入時にマシライス小を食べている兄ちゃんが見れたのも大きい。


コールのタイミングは箸置きの横に書いてあった。最後の仕上げのタイミングらしい。僕がソワソワしながら待っていたらバイトっぽい若いお姉さんがこちらにメモ帳のようなものを持ってきた。これはコールだ。間違いない。今回はニンニクマシアブラ少なめでいくぞ。ニンニクマシアブラ少なめニンニクマシアブラ少なめ…と脳内シチュエーションを繰り返していた時、お姉さんは言った。



「!★$%&@@すか?」



何?なんて?ニンニク入れますかが聞き取れないとかあるの?とわずか1秒で混乱の限りを尽くしていたらお姉さんも察したらしく、ゆっくり大きな声で言った。



「唐辛子入れますか?」



唐辛子!?ニンニクではなく!??そんなの入ってるの!?第二波の混乱の中、僕は自然に「はい」と言った。何も状況を理解できていない。適当に返事しちゃった。唐辛子って有無を問われるの?


周りを見渡しても汁無しに唐辛子が入ることを示唆した注意書きは無かった。そして僕は辛い物は好きだがめちゃくちゃ弱いため、正直唐辛子は入れてほしくないなと整理した頭の中でぼんやり思っていた。


そもそも唐辛子ってなんだ。あれもコールの一種なら少なめとかできたのかな。唐辛子ってなんだ。ニンニク入れますかって聞かれてないけど唐辛子に含まれてたのかな。「唐辛子抜きニンニクマシアブラ少なめ」が正解だったのかな。「はい」って言っちゃったけど全部普通できちゃうのかな。唐辛子ってなんだ。つまり汁無しの味を辛さに頼ってるってことなのかな。だとしたら嫌だな。汁無しの底にある濃いタレが好きなのに。唐辛子ってなんだ。


ヘブン状態に陥りながらそんなことを考えていたら正規のコールがお姉さんから聞かれたのでシミュレーション通りに答えて現物が来た。




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左側が真っ赤なのを除けば予想通りの美しい現物が来た。色々イレギュラーはあったがやっと報われる時が来たのだ。僕は逸る心を宥めながら、汁無しラーメンに口をつけた。



味しねえ



数秒固まったがすぐに理解した。なるほどこれはまぜそばのようによくかき混ぜないと本領を発揮しないのだな。まあ汁無しなんてみんなそんなもんか。よーし混ぜるぞお~と意気揚々に混ぜ始めてすぐ異変に気付いた。赤い。赤すぎる。どうやら底の汁にも唐辛子が使われており、僕の予想した「味は辛さに寄っている」が的中してしまった。よく混ぜた汁無しを食べる。辛い。めちゃくちゃ辛い。唐辛子の暴力だ。しかも辛さのあとに何も来ない。タレがうまく行き渡ってない。地獄か?


うまくタレと合わせて食べる。辛い。そしてタレがめちゃくちゃ甘い。これ甘タレかよ。辛さと甘さが絶妙にマッチしない。分離されている。苦行と苦行が重なっている。肉も同じだった。かすかにしょっぱさを感じるが辛さが全て邪魔をする。こんなことがあっていいのか。数口食べて心が折れかけた。


そうだマシライスだ。俺にはマシライスがあるじゃないか。マシライスを勢いよくかっこんだ。甘い。お前も甘いのかよ。しかし甘さの奥にそぼろのおいしさ、しょっぱさが共存していた。美味い。ただこれそぼろ丼と全く同じ味がするのは触れちゃだめなやつかな。うまいけどさ。


そしてすぐにマシライスを頼んだことを後悔した。マシライスの方が圧倒的に味が強い。マシライスを食べた後に汁無しに行くと今まで以上に味が消える。痛覚と甘さだけが残る。


正直しんどかった。人間は美味い物なら多少量が多くてもガンガン食えるがその逆の場合箸が止まり、いつもより早く満腹の信号を出す。半分ほど食べ、唐辛子だらけのタレと唐辛子が大量に付着した肉と野菜の塊を見て思った。「唐辛子、入れなければよかった」と。おそらくだが、唐辛子が無ければマシライスと同じような味がしたのだろう。辛さで舌が死んだことで今地獄を味わっているのだ。あの時、急速に頭を回転してお姉さんに唐辛子はいらないという意思を示せば…


後悔の念と後ろに並ぶ行列の圧を感じながら、死に物狂いで完食した。3回くらい吐きそうになった。特に隣のタイムマシーン3号の関みたいなデブが僕より大盛のラーメンと通常のでけえマシライスをペロリと平らげているのを見た時は吐き気がマックスだった。



なんとか胃に押し込み、フラフラとした足取りで店を出た。店外にある写真付きメニューにはやはり唐辛子の記載は無かった。









今度はラーメンを食べるぞ~

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