①人生課金 ~世にも奇妙な物語風企画~

①人生課金

 僕は勉強が嫌いだ。
 理由は知らない。
 嫌いだからだ。
 皆んな違って皆んな良いとか垂れ流しながら、皆んな平等に点数を定めて優劣をつけるテストとやらが大嫌いだ。
 しかも、いつもはクラスでビリから二番目だったのに今回は最下位である。
 どんなに勉強しなくてもアイツには勝てると思っていたのに。
 通知表の返却に沸くクラスメイトの間を縫って、通常最下位であるはずだったはずのその男、僕の悪友のもとへやってきた。
「おい。」
「何だよ。」
 いつもはどこか情けない表情を見せるのに、こいつは今日に限って上機嫌だった。
「…お前、何位だった。」
「ふっふっふ…。」
 含み笑いが十分腹に据えかねた。
 いつも僕より下だった癖に、どうせ順位が入れ替わっただけだろ?
「じゃん。」
 だがそんな僻みもヤツの通知表が異常だってことに気づいた瞬間、どこかへ吹っ飛んでしまった。
「は?一位?」
「どうだ、凄いだろう?」
 大声を出さなかった僕を褒めてやりたい。
 これ以上コイツのご満悦な姿を助長したくなかったというちっぽけな意地で、クラスの注目を集めなかった。
 僕は声を潜めて訊く。
「どんな手を使ったんだ?」
 僕の悪友の目が光る。
「広めないんだ?まあ別に良いけどさ。」
 つまらなさそう、というより、同族を見つけて喜んでいるようだった。
「今日の放課後ついて来な。」

 僕は奴にとある薄汚れた雑居ビルに連れてこられた。
 コンクリート剥き出しの階段を上り、三階のフロアで奴はインターホンを鳴らした。
 人が近づく足音がして、ガチャリ、と音が鳴り、ドアが開いた。
「婆さん、来たよ。」
「ん、もう連れて来たのかい。」
 出迎えたのは、骨と皮の目立つ、薄着の中年女性だった。
 じろりと僕を一瞥すると、背を向けて奥へと戻って行った。
「入るよ。」
 奴は一言僕に向かって言って、靴も脱がずに女性に続いて行った。
 僕は玄関の段差を土足で上がるのに気が引けたので、横にあったスリッパに履き替えて後を追った。
 部屋に入ると、空席を一つ残して二人は向かい合って座っていた。
「で、あんた。連れて来たってことは、もうお試し期間とやらはいいのかい。」
「ああ、十分凄さは伝わった。これから贔屓にさせてもらうよ。」
「そうかい。」
 僕の到着を待たずに二人は会話を始めていたが、話の途中で僕は奴の隣に座った。
「で、あんたも『課金』したいのかい?」
 女性は唐突に僕に向かってそう言った。
「ちょっと待って。何のこと?」
「あんた、説明せずに連れて来たのかい。」
「その方が面白いと思って。」
 女性は顔をしかめて、席から立ち上がった。
「じゃああんた、アタシが準備してる間に説明しといて頂戴、話が進まないじゃないか。」
「分かった。」
 僕の知らない二人が知らない話をして知らないうちに展開が進んだ。
 正直言って不愉快だった。
「早く話せよ。」
「分かったよ。」
 奴はニコリと嗤った。
「俺さ、課金したんだ。」
「…どういうことだ?」
「まあ焦るなって。順番に説明するから。」
 その後奴は自分がどうしてクラス一位を取れたのか、その経緯を事細かに語った。
 余りに回りくどかったので要約すると、
・あの女性にお金を払って、
・テストで良い点を取った。
 ということだった。
「つまりカンニングってことか?」
「まあそうなるな。」
「何だよ、お前カンニングしたのかよ。」
 急に奴の話から面白味が失せたようだった。
 いや実際そうだったんだろう。
 たかだかカンニング程度にここまで引っ張ってくれて、いい迷惑である。
「でも、絶対バレないし、今後ともバレることはない。」
 ん、どういうことだ?
「絶対にバレない?どうしてそう言い切れる?」
「正当な手段で『課金』したからだ。」
 ここ一番の決め台詞を放って、奴は満足げだったが、僕にはさっぱりだった。
「お前もゲームに課金するだろ?それって自分の金だったら誰も何も言わないだろ。それと一緒でさぁ…。」
「俺、自分のテストに課金したんだよ。」
 言っている内容が突飛過ぎて、頭の処理が追いつかない。
 奴はそれでも構わないとばかりに話を続けた。
「初めは俺も信じなかった。でも一度使ってみたらさ、すげーんだこれが!」
「この前なんて宝くじで十万当たったよ!千円が十万!美味すぎるよ!」
「どういうことだ?何か凄いカンニングペーパーとかじゃないのか?」
 奴は画面の付いていないスマホを取り出して僕に向けてかざした。
「違うよ。これは、人生に課金できるアプリなんだ。」
 僕が奴の話に呆然としていると、隣の部屋から中年女性が戻ってきた。
「最近の若い連中は、こっちの方がいいみたいだからね。」
 そう言って女性は席に戻ってくると、机にみたことのない電子機器のようなものを置いた。
「この中に『課金アプリ』がある。あんたのスマホにも入れてあげるからこっちへ寄越しな。」
 当然僕は出し渋ったが、奴が自分のスマホに入ったアプリを見せてきたりして安全性を証明してきたので、僕は仕方なくスマホを差し出した。
 女性は僕のスマホと機械をコードで繋ぎ、やがてホーム画面に奴と同じアイコンが浮かんだ。
「これで完了だよ。やり方とかは全部説明があるからよく読みな。」
 僕は半信半疑になりながらもスマホを受け取って帰宅した。

 その夜、僕はそのアプリを試してみることにした。
 疑ってはいたが、奴がずば抜けて高い点数をテストでとったのは事実だし、それを周囲が怪しむそぶりも無かった。
 僕はアイコンをタップして、チュートリアルを適当に飛ばす。
 どうせ後でヘルプから読めると思ったので、読み飛ばした。
 選択画面はスッキリしていて、
『勉強』
『金銭』
『人間関係』
『自由入力』
 の四つに分かれていた。
 奴はこの中の『勉強』を使ってやったのだとあたりをつけて進む。
 次の選択画面に進み、来週塾で模試をやらされることを思い出して『模試』を選択した。

『初回特典!
今なら千円ですが、宜しいですか?
はい/いいえ』

 僕は少し躊躇った後、『はい』を押した。
 クレジットカードやプリペイドカードを登録した訳では無かったので、まさか出来るとは思わなかった。

 『ご入金、ありがとうございます!
今後とも、良き人生を
お楽しみください!』

 一瞬焦る、どうやってお金を引き落としたのか。
 親の口座か?いやありえない。ゲーム課金はプリペイドカードを使っていた。
 勿論自分のバイト代だけだ。
 もしやと思って財布の中を漁ると、入っていたはずの千円札が無い。
 本当に財布の中身をすられたと思ったが、よくよく考えてみればアイツならやりかねんという結論に至った。
 明日文句を言ってやろうと思って怒りのメッセージだけ送って、その日は眠った。
 次の日、奴は学校へ来なかった。
 というか、辞めていた。
 翌週、僕は模試で国公立S判定を叩き出した。

 アイツの言っていたことは本当だった。
 たかだか幾らか人生に『課金』しただけで、僕の今までの努力より遥かに良い結果が訪れた。
 言ってしまえば、人生がバカらしく思えてしまえるほどに。
 同時に、怖くなった。
 普通であれば、努力を重ねて自分のものとして後ろについてくる結果が、課金して手に入れただけで一気にどうでもいいものに思えてしまった。
 ニヒリズムとでもいうのだろうか。
 人生がとても意味が無いものに思えて僕は恐怖した。
 僕はズルをしたはずなのに、親や塾の連中も一切何も言ってこない。
 まるでそれが当然であるかのような、僕だけが置いていかれたような。
 それは、前から薄々感じていた感覚がハッキリしただけなのに、すごく気持ち悪かった。
 それから僕はあのアプリを使うのを止めた。
 単純に自分の置かれた状況を理解できたからか、これではダメだと危機感がつのった。
 僕の悪友とも連絡を取ることはなくなった。
 元々アイツしか友達は居なかった僕は残り少ない高校生活を全て勉強に捧げ、なんとか大学に進学することができた。

 数年後、僕は夜の街でアイツと再会した。
 彼は随分と様変わりしていて、初め誰だか分からなかった。
 その頃の僕は就職して、辛いながらも何とか日々を生き抜いていた。
 しかし僕の悪友はその後の人生を『課金』で彩っていた。
 豪勢な身なりをして、キラキラ光る純金の腕時計をつけた手を振りながら言った。
「よぉ、久しぶり。」
 肩を組まれ、僕たちは側の店へ入った。
 如何わしい店じゃない、普通の大衆居酒屋だった。
 席に着いた途端、彼は高校中退した後の人生を大仰に語って聞かせた。
 『課金』して元手を増やして遊びまくり、入試でも『課金』し有名大学へ進学、一流企業へ堂々と就職、モデルの嫁に片手じゃ収まらない愛人などなど。
 ありとあらゆる贅沢に『課金』し、得たものでさらに金を膨れさせまた『課金』する。
 最高のサイクルをこれでもかと利用した彼は僕には別次元の存在に見えた。
 酒がまわると彼は、
「俺が話したんだからお前も話せ」
 と執拗に急かしてきた。
 彼の話を聞いた後で余り乗り気では無かったが、僕は自分の人生を拙い言葉で彼に話した。
 何も味気ないけれど、あれからただひたむきに頑張ってきた人生を、若干の照れを含みながら。
 最初は悪ノリをしてきた彼だったが、話が進むに連れて押し黙るようになった。
 僕も相当酔っていたのか、その時の彼の顔がよく思い出せない。
 でも僕の話を聞いていた彼の瞳は、『課金』する前より黒かった。
 格好良いとか、漆黒の〜とかではなく、深い木のうろのようだったのが唯一の印象だった。
 それしか覚えていないのは、僕が話し終えた後、彼が言った一言に僕が激怒してしまったため、その後の記憶が曖昧になったからだ。
「お前が羨ましいよ。」
「ふざけんなよ!?」
 頭に血が上ってくらっとしたが、僕はぐしゃりと彼の胸ぐらを掴んだ。
「いい加減にしろよ!お前それ嫌味か?」
「違う!」
「じゃあ何だって言うんだよ!」
 僕は彼に殴りかかった。
 彼は僕の拳を受け止めながら、殴り返してきた。
 すぐに店員が駆けつけてきて、警察沙汰になる前に二人とも店を追い出された。
 酔っ払い二人の相手なんてわけない屈強な男だったから、迷惑料として多めにとられても文句は言えなかった。
 道へ捨てられた僕ら二人は顔を合わせることなく別れた。
「俺みたいになるなよ。」
 背後からそう聞こえた気がしたが、シカトした。
 もう二度と会いたくなかった。

 次の日、彼が見ず知らずの女性を巻き込んで電車に飛び込み、無理心中をしたことをニュースで知った。

 今、僕の手の中には高校時代使っていたスマホがある。
 大学合格を記念して父が大手メーカーの最新機種に変えてくれたので、大部分のデータが当時のままだったはずだ。
 僕はあのアプリを消した記憶が無い。
 雑多なアイコンの中に押し込んだような気がするが、果たしてそこにはあった。
 奴は幸せだっただろうな。
 僕と違い、やりたいように生きて、勝手に死んで。
 いつぞや感じた劣等感がチリチリと胸を焦がす。
 反対の手に持った通帳には、僕が汗水流して必死に並べた数字が並んでいる。
 今なら、アイツよりもっと派手にやれるだろう。
 少なくとも、お前のようにはならないさ。