見出し画像

映画「NO 選挙, NO LIFE」を観て、しみじみ弱さを受け入れて、ゆっくり政治に寄り添っていく

どんなに多様な人間がいても、どんなに面白い考えを持った人がいても、どんなに必死に思いを叫んでいる人がいても、自分が知ろうとしなければ、見ようとしなければ、聞こうとしなければ、それらは無色透明な他人事でしかない。

畠山さんは、選挙や政治に対し、無気力、無関心になっている人たちの背中を押してはくれない。

ただ、興味と楽しさにその身を任せ、時には何かに取りつかれたかのように、走り、追いかけ、選挙に立候補した千姿万態の候補者たちを映し出す。

畠山さんは、無気力になっている私たちを待ってはくれない。

だけど、そんな背中を追いかけて隣で走ってみたい。
そこから見える景色を見てみたいと思わせてくれる何かがある。

それは、他者への敬意や、自由に生きたいという欲求を彼が体現しているからかもしれない。
 
畠山さんは、無関心になっている私たちを導いてはくれない。

でも、少しでもそんな彼の姿を見て、一歩を踏み出したら、きっとあなたは、もう元の場所に戻ろうとは思わない。
抑圧されていた知識の欲求はあふれ出し、他者への興味が自分の心に満ち満ちてくる。
 
畠山理仁さんは、選挙に取りつかれ、自身の生活費と規則正しい生活と引き換えに、果てしない知識と、選挙に生きる人々の多様さを知った。
 
さあ、私は。
あなたは。
選挙に取りつかれる準備は、できただろうか。
 


ビギナー選挙漫遊師の半年間 


 4月の統一地方選挙から9月までの半年間。
 私は、静岡県議会議員選挙で初めて候補者に質問をしに走り、沼津市議会議員選挙、足立区議会議員選挙、大磯町議会議員選挙、厚木市議会議員選挙、柏市議会議員選挙、秦野市議会議員選挙を漫遊、そして伊東市議会議員選挙では全30人の候補者の動画を撮影しYouTubeに投稿することができた。
 学生生活をしたり、働いたりしていたら絶対に会うことがなかっただろう人たちと出会い、たくさんの経験をした。
 
 選挙区外から来たことを伝えると驚きながらも「ありがとうございます!」と言い握手をして写真撮影に応じてくれた候補者、毎日交差点に立ち有権者に手を振り続けていた候補者、自身も子育てに追われ大変な生活を送っているにも関わらず、「自分のように大変さを抱える人たちの助けになりたい」と思いを語ってくれた候補者。
 
 嬉しい、楽しい、すごい!と心を躍らせた候補者やスタッフ、支援者との出会いもあれば、そうでない出会いや出来事もあった。
 
 届出会場で候補者の方々にコンタクトを取っていたら、スーツを着た男性の選挙スタッフに詰め寄られ「(会場でコンタクトを取ることに対して)許可取ってんの?」と凄まれたり、ある候補者の事務所に行って本人に演説予定を聞いても、「誰かわからない人に個人情報を提供することはできない」と言われ追い返されてしまったり、街頭演説を撮影していたら、「(YouTubeに動画を)のっけるつもりで(演説を)やってないから」と言われ、公開して行われた政治上の演説は自由に撮影してよいこと、スタッフの方に許可を取ったことを伝えるも上手く意思疎通ができず、数分間そのことについてお話をすることになったり。
 
 理不尽な思いをして、悲しくなって打ちのめされそうになって、もう二度と行くまいと考えることもあった。
 

それでも、やっぱり選挙漫遊をしてよかったと心から思う。

それでも、選挙漫遊をしてよかった


 実際に選挙が行われている場所に行って、候補者に会おうとしなければ、会ってみなければ、私は何も知ることができなかったから。
 話さなければ、質問をしてみなければ、悲しいと思うことも、おかしいと怒ることも、愉快な気持ちになることもなかったから。色々な思いと人生を背負って立候補した人たち、選挙に関わる人たちに会うことができて、幸せだと思うこともなかったから。
 選挙漫遊をしてSNSで発信をすることで、私の活動を応援してくださる方、撮影した動画を参考にしてくださる有権者の方がいることを知れたから。

 
 私が私淑している精神科医の名越康文さんが言っていた言葉がある。

「何かにのめりこんだときだけ、人間は自由を感じることができる」
 

 選挙漫遊をして、候補者の生き様に目を奪われ、追いかけているときは、それ以外のことは目に入らず、今、この瞬間にできることを考え、感じることで精いっぱいになれる。
 自分の過去に縛られて自己批判や自己嫌悪を繰り返している暇などなくなる。
 選挙漫遊をしている間が、私にとって自由を得られる時間のひとつなのかもしれない。
  このことも、私が選挙漫遊をして「よかった」と思う理由になっているのだろう。
 

馬には乗ってみよ 政治には添うてみよ


 映画「NO 選挙, NO LIFE」を見る前は、初めて尽くしのこの半年間を、「大変だったな」、「また全候補者の取材なんてことが、できるかなぁ」と疲れと不安が混ざった気持ちで振り返っていた。

 でも、映画館を出ていちばんに思ったことは
 「また、選挙漫遊したい!」だった。
 
 私は畠山さんのような、候補者への溢れんばかりの愛や興味、歴史や選挙、政治に関する深い洞見や知識はない。睡眠時間を削りながら、18日間の参議院選挙を取材している中で、「楽しくないですか?」と嬉々として言っているのも、もうちょっと、よくわからないし、自室に保管されている候補者のポスターを慈しむように手に取る様子は、一歩引いて(といっても映画館で座って見ていたから、引くに引けなかったのだけれど)眺めていた。
 
 でも、映画の中で、笑顔で、そして真剣に候補者や有権者に接する畠山さんをみて、一人であってもマイクを握り政策を訴える候補者の人たちをみて、そして映画上映後に行われた「NO 政治談議, NO LIFE」のトークイベントを聴いて、思った。
 
 不安や大変さで、楽しかった思い出や嬉しいと思った気持ちを消してしまうことは、もったいない。これから先、出会える人たちや、たくさんの可能性まで切り捨ててしまうには、まだまだ時期尚早だ。

 
 心に不調があったり、疲れてしまったりするのは、仕方がないこと。
 だから、その弱さを、しみじみ受け入れながら、選挙と、政治と関わっていこう。
 そして、これからも末永く選挙漫遊をしていきたいと思う。


 (と書いたものの、一人ぼっちはやっぱり大変だから、もっとたくさんの人が選挙漫遊をしたいと思えるような、政治が面白いと思えるような発信を、ゆっくり、少しずつにはなるかもしれないけれど、私なりに続けていきたい。)
 
 

最後に

 この映画の監督である前田亜紀さん。映画を見て、選挙漫遊をした半年間を「大変だった」だけではなく「やっぱり、やってよかった。楽しかった」と振り返ることができました。
 トークイベントに登壇された澤田大樹さん。アシタノカレッジ(今は、武田砂鉄のプレ金ナイト)は、家に引きこもっていたときにも毎週聞いていて、そこで語られる国会話や政治ニュースは心の支えになっていました。(デモクラシータイムスで紹介させていただいた)自作した国会議員カードのネタは、ほとんど澤田さんと砂鉄さんのお話から拾ってきたものです。
 同じくトークイベントに登壇された宮原ジェフリーさん。静岡から映画館のある東京までの移動中「沖縄〈泡沫候補〉バトルロイヤル」を読んだことで、映画をより一層楽しむことができました。選挙ドットコムに寄稿されている記事も、「自分もこんなふうに書けるようになりたいな」と思いながら興味深く読んでいます。
 そして、25年以上取材を続け選挙漫遊の世界を切り開き、選挙に関してわからないことを丁寧に教えてくださり、アドバイスをしてくださった畠山理仁さん。選挙漫遊の"同志"としては至らないところが多々あり、微力ではあるのですが活動を続けていきたいと思っています。よければ、これからもよろしくお願いします。
 
 まだまだ伝えたいことはたくさんあるけれど、長くなりすぎて収集がつかなくなってしまってもあれなので、ここらへんで止めておきます。
 
 みなさんに、敬意と感謝を伝えたいです。ありがとうございました。
 
 
 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?