絵が上手いとは

 秋なので忙しい。運動会という行事が家庭から無くなったので9月は忙しくなかったが10月が忙しくて盲点だった。というか、忙しいのはびじゅチューン高校生だけなのだが。
 謎に毎日帰りが遅くて、先週の土曜日は総合文化祭というやつの片付け当番だと南へ出かけ、土曜日はなんちゃらゼミとか頭が良い高校っぽい特別授業を受けに学校へ行き、日曜日は美術館へ自分たちの展覧会のまとめの会へ出かけていった。
 帰りが遅いのはその展覧会に出す絵を描いていたからだそうで、その展覧会も謎に包まれたまま会期の前日を迎えてパンフレットを持ち帰り全貌が明らかになった。
 展覧会は市内の高校の美術部が出品する高校生の展覧会なのだった。ちなみにその自治体には素晴らしい美術館がある。そんなことでもなければ地元の美術館など行かないが、用事ができたのでJとウキウキ出かけた。
 刮目する絵は美術科のある私立高校と、Lの高校の絵であった。美術科はさすがに絵の勉強をしているだけあって、技法を取得した2年生の絵は上手い。Lの高校からの出品で印象的だったのは2年生のすでに県展へ出展実績のある先輩と、手前味噌だがLの絵であった。
 鶴は普通科の学校なので当然絵の技法を専門に習っていないのだけど、それなりに皆「上手い」。発想と観察眼が鋭く絵の面白さで群を抜いている先輩とLはその中でも「抜群に上手い」。
 私立高校の作品は発想は月並みだが正確にキレイに描くという基本を踏襲しているのでとても安定した素晴らしいものだった。絵をきちんと習うというのは技術を習うことなんだな。
 その他の高校も上手いものはあったが、発想と観察眼、技術は前出の2校に敵うものはなかった。高校によって与えられる画材にも差があるのか、やはりアクリル絵の具で描かれたものはインパクトがある一方、水彩絵の具や色鉛筆など発色が良くない画材で描かれた大きな絵はどうしても見劣りがする。その点鶴はアクリル絵の具が学校から支給されたということで、恵まれた環境と言える。絵のテーマや技術の有無、上手い下手はもちろんだが適した画材が提供されるかどうかも作品の出来に影響しているように思う。大きなキャンバスは発色のいい絵の具が映えるし、水彩画やボールペン画で大きなサイズの絵を描けるのはやはり技術のある美術科の生徒だった。
 なのでどうしても美術科の私立高校と、なんでかガチで絵を描かせてくれる鶴の美術部の絵が目を引く。そして先輩とLの作品が目を引く。
 特にLはないものを描いたところだ。あるものをないもののように描いた作品はいくつもあったがどれもどこかで見たことがあるモチーフだったり構図だったり。例えば空に魚が泳ぐとか、学校にオバケがいるとか、どこかで見たことがある上この会場にもいくつかあるなど陳腐な空想画である。親目線のひいき目で見てもLの絵は見たことがなく、初見でギャッと声が出る。常々アイツは気持ちの悪い絵を描くなと思ってきたが、やっぱり気持ち悪い絵なのであった。あるものをないように気持ち悪くするのに定評がある。
 気持ち悪さでインパクトがあったらしく、Lは感想カードを2枚もらって帰ってきた。鶴の1年生でもらえたのはLだけだったそうだ。 
 ちなみに、JとKは先輩の絵が素晴らしく面白かったのでそちらにカードを入れてきた。1枚の絵であれこれ話ができるのが初めての体験で親票など入れるどころではない。
 Lは基本的に描くことが好きじゃない。絵の上手い子は山ほどいて、文化祭で写真のような絵を見てはLは大したことないななどと思っていて、今もその認識だけど、絵が上手いの定義が少し変わった。
 絵は習えばある程度はみんな上手くなるのだろう。そしたらその先は。
 観察眼と発想力だ。
 Lはこの展覧会に向けて描き始めた時にモチーフがあまりにおかしいと部員に笑われたらしい。それが完成すると初見でギャッになったと。で、感想カードをもらえたのはヤツだけで、誰かをギャッと言わせたのだ。
 鶴の美術部はみんな上手いし画材も良いものを使えるので見映えする作品を出しているのだが、親の欲目を除けば先輩の絵しか残らない。で、次に印象的だったのはどれ?と問われれば、あっじゃあ息子の作品で。
 アイツ発想力とインパクトだけでやってるとも言えるけど、ちゃんと見られる作品になってるから絵が上手いでいいんだろう。Mの友だちに写真のような絵を描く子がいるけど、スゲェ上手い、でもその後がない。学校の美術の授業ではそういう絵が選ばれるけど、公の美術館でやる展覧会で耳目を集めるのは作者を捕まえてなんであんなん描いた?と聞きたくなる作品だ。
 Kん家には作者が帰ってくるので取っ捕まえて聞いてみた。エッ…まさか明確な答えがない上に「あれまだ完成してないんだよね」エッ?