![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/64749509/rectangle_large_type_2_55c10a431518179f48c025d8f8f684ca.jpg?width=1200)
「足を運んで五感で感じる意味」【2021年11月1日】
11月になりました。
「かぐやの日常」は10月はほとんど投稿せず。時間にゆとりはできて、いい感じでゆるりと生活する自分を受け入れられるようになってきました。
ただ後半戦はちょっとバタバタして睡眠時間が削られることもあり…自分を改めて見直す機会ができたなぁという感覚もあります。
Twitterからハイライトを抽出しておきましょう。(自分のためなので多くなってごめんなさい。)
【2021/10/1休学スタート!!!】
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) September 30, 2021
「部活動の歴史」って学ぶ機会ないんですよね。教員の"業務"ではないからです。体育専門学群でも選択科目です。教育学部では学習指導要領の変遷で少し扱われるくらい??「部活動の歴史」についてプレゼンします!と言ったら来てくださる方いますか??
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 2, 2021
世の中に自分ごとにできない問題多すぎ問題。当たり前だけど、キャパオーバー。我思う。責任あるとされる立場の人がどこまで社会課題について理解しておくべきだと思いますか?どこまで期待しますか?責任あるから問題ですか?他人の無知は教訓。自分の無知に向き合う。知らぬは罪だが進むしかない。
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 2, 2021
ちょっと前のことですが、弟の誕生日で何か買ってあげたいなと思って何が欲しいか聞いてみたら「いろいろある」という(物欲はないタイプだった)ので「例えば?」と聞いたら「1番はお金」と帰ってきて兄貴は返信ができませんでした。
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 3, 2021
「里親」を軸に広く深く学ぶ時間を取りたい。
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 4, 2021
誰か一緒に学びませんか?
この時代に「教員になりたい!」と本気で思える人を尊敬しています。
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 4, 2021
"生産性"は詰め込むためじゃなくて
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 6, 2021
余白をつくるために大事。
「誰もが夢を持てる社会」と「誰もが生きづらさを抱えなくていい社会」は全く段階も思想も違うよねって話です。
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 7, 2021
どんな場面でもいいんですけど、子どもたちが遊んでいるときに大人って見守ることがあるじゃないですか?あれはあれでいいのですが、僕はそこで大人も遊びたい!!ってなる仕掛けとかあったらいいなぁと思います。そういう選択肢を増やしたい。特に放課後の居場所で。労働時間を短く、遊びを長く。
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 11, 2021
#縄跳び記録
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 11, 2021
二重跳び262回!
200回はいけるイメージだったが、そのまま記録を90回ほど更新。300回いけるかな?と思ったが油断をして引っかかった。動画を見るに、まだ持ち手や回し方を効率化できそうだが修正が難しい。力の抜き方は分かってきた。
次は300回だ! pic.twitter.com/ijQnOZAjzn
昨日…
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 17, 2021
ゲストハウスゆかり@_gh_yukari
主催の「つるロゲイニング」
に参加してきました。
クリエイティ部の3名で見事2位に!
この企画の可能性に期待。
いざ始まると思わず楽しくなり
効率よく回る方法を考えて
都留市の素敵な場所を沢山知り…
足がとても痛い。笑
ありがとうございました〜! pic.twitter.com/np0LfWO6YK
似過ぎでは!?!? https://t.co/aHfmlq5l2h
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 18, 2021
かぐやさん達が合宿所としてタブノキを利用する合宿inタブノキ。メンバーのタツキさんからphotoshopを教わる。もう何屋だかまったくわからない。だって家だから。かぐやさんの感想は「前回とは違う感覚。住んでました」と。彼らの映し出す未来に、柔らかな風が吹いている。 pic.twitter.com/uyVRlOqMsg
— みんなの家タブノキ (@tabunoki36) October 16, 2021
社会課題は「それぞれの分野ごとにある」と思われがちだが、相互にカオスに関わり合っていることを考えると無視していい課題は一つもない。でもキャパシティには限りはあるし、学び続ける、視野を広げ続ける意思と行動が大事。そして発信トピックがバラバラになるのは、僕の中ではある意味当たり前。
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 23, 2021
特定の政党を支援するわけではないが政権だって経験しなければ政権に対するノウハウや実行力をつけていくことは難しい。それを過去の一度の失敗で二度はないと判断するのはもったいない。規模は確かに違うが、子どもが包丁で指を切ってしまったらもう包丁を持たせないのか。
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 24, 2021
初めてコーヒーミルで豆を挽いて
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 27, 2021
飲んだコーヒー。
見習いものですが…一段と美味しい。 pic.twitter.com/xSFUYMGOsI
こう見ると…あっという間に時は過ぎていきますね。この前までタブノキにいたはずなのに、もう半月以上が経過した。
2021年もあと2ヶ月となり、びっくりですね。いやぁ、びっくりですわ。
今日はテニスをしました。
筑波大学を目指している高校生がつくばにやってきて、一緒にテニスをしたり受験のことを話したり、美味しい焼き芋やラーメンを食べにいったり。
23歳が何をいうと思われるかもしれませんが、高校3年生は若々しい。
筑波大学の広大な土地と充実した施設にはある種の憧れ、驚きを感じずにはいられなかったなぁと、目の前で大学の施設に目を丸くする高校生を見て思い出しました。
楽しかったなぁ。
なんでも思い込みで勝手に制限してることや勿体無い印象にしていることってありますよね。逆も然り。期待していたけど実際見てみるとそうでもなかった。あるいは期待していなかったけど実際見てみるとひきつけられた。
百聞は一見に如かず。
とは言いますが、本当にその通りだし、一度足を運んで五感を使って体感するというのはとても重要な過程、きっかけなのだと感じました。
午後はちょこっとミーティングをして市役所に行く前に仮眠を取ろうと思って寝たのですが、目覚ましかけ忘れて市役所はいけませんでした。明日行くことにしました。
夕方は大学時代のちょっと特別な友人と久しぶりにお話ししました。今は海外の大学に通う留学生です。
海外での生活はその人は1回目ではないのですが、その国に行って感じたギャップはやはりあったみたいです。
さっき上に書いた「百聞は一見に如かず」と同じ話ですね。
終始真面目な話しかできなかったのですが、それはそれで面白くていい時間でした。また機会を作って共通の友人も交えてお話ししたいな。
行動変容に至ることが正解ではないが…
問いかけることには意味がある
僕は劣等感から逃げている。テニスでは勝負から逃げてプレイ自体の楽しみを見つけた。大学院では研究やじっくり学ぶことから逃げて比較的安易に周りから承認が得られる楽しさを見つけた。そんな自分が悪いとは思わない。でも自分を正当化し続けると…もしや自分で可能性を狭めているかもしれない。
— かぐや☂️性教育の教育実習🏘地域の人が集まる居場所🍀Ally (@kaguya_daiki) October 31, 2021
最近、僕のある種無鉄砲な活動の仕方に対して自分を見直す機会があったのですが、捉え方は様々。当たり前かもしれませんが、「そういう側面もあるよね」と言える視点はたくさんある。サイコロの表と裏、横の関係性のように何面もあるわけです。
上記のツイートはあえてネガティブな言葉を使用することで自分の承認欲求を批判的に捉えてみた。
承認欲求からは免れない。人間なら大抵の人はそうだと思う。どこかしら認められる部分があってこそ「生きていてよかった」と思うことができると思います。
僕が自分に対して「それでいいのか?」と思うのは、批判的な視点を思考としては認識できるのですが、行動変容に結びつけるところまでなかなかいくことがないということです。
直近の計画が明確になく、実質的な力も不十分である(かなり抜け目がある)今、じっくりと大学院で学ぶ方がいいかもしれない。
でも今の自分にそれを選択するだけの認識の変容は起こっていない。
果たしてそれでいいのか?
自分に対して疑問をぶつけるのです。
もちろんそんなに激しい気持ちを自分にぶつけることはありません。どの選択でも納得できる自分がいるから。あえて自分で自分を苦しめる必要はないと思うから。
そんなゆるい自分に、今日も乾杯。