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第3回 国際基準の「裏方」を育てよう!

サン・クロレラは,鹿児島のバスケットボールを応援しています!

 バスケットボールの試合を成立させるためには選手と審判の存在が不可欠だが、もう一つ大事な役割を担っているのがTO(テーブル・オフィシャル)だ。これまでTOには公認のライセンスがなかったが、日本協会は今後、国内でも国際大会を開催できることを目指し、FIBA公認のTOライセンスの取得を推奨している。久松史椰さんは今年の5月に県内でただ1人、ライセンスを取得した。
 「ミスがなくて当たり前」のTOはまさに試合を支える究極の裏方業である。プレーヤー経験は中学時代のみという久松さんがなぜTOの国際資格を取得したいと思ったのか。TOの果たすべき役割や、県内のTO事情などについて豊倉TO委員長や木佐貫専務理事と語ってみた。

左から 豊倉氏・木佐貫氏・久松氏

久松史椰さん(鹿児島県バスケットボール協会TO部庶務担当)
豊倉和樹さん(同TO委員長)
木佐貫和昭さん(同専務理事)
コーディネーター
政純一郎(スポーツかごしま新聞社代表)


TO(テーブル・オフィシャル)とはどういう役割?

 そもそもTOとはどういう役割を担っているのでしょうか?
豊倉 審判にはトップリーグが吹けるS級から始まって、A級、B級などのライセンスがありますが、国内においてTOは公認ライセンスがないのが現状でした。その整備を進めて、早ければ今年、少なくとも来年からはライセンスを持っている人がTOできるというようになると思われます。
 もともとは2020年の東京オリンピック、パラリンピックを成功させるためにFIBA公認資格者を増やそうという流れでした。今回、日本協会が資格取得者を推奨したのは、来年2023年に沖縄でワールドカップが開催されるので、ライセンス取得者を募ることになりました。昨年夏に各県協会に「試験を受けてみませんか?」という案内が届きました。
 トップリーグの試合を担当していて、ある程度の年数を経験している人が対象に声をかけたところ、久松君がぜひ受けてみたいと手を挙げてくれました。
 初歩的な質問ですが、TOも国際的な試合はライセンスが必要なのですか?
豊倉 そもそも国際ルールと国内のルールでは若干違うところがあります。国際試合では、外国の方とクルーを組む場合もあるのでライセンスは英語で試験があります。
 国内にはライセンスがないので、県内でBリーグの試合があるときは県協会のホームページで希望者を募り、審判のテストを受けていただいて合格した方がBリーグの試合を担当してもらっています。審判経験者や中高生の頃バスケットをしていた方、結婚して競技から離れて、審判は無理だけれどもTOならということで希望された主婦の方など、約20人が県協会のTO委員として登録されています。
 レブナイズの試合があるときはTO4人、スタッツをつける人が2人の計6人がこの中から参加しています。
 審判の良し悪しが試合の流れを左右するのは分かりますが、TOの優劣はどんなところで分かるのでしょうか?
豊倉 ライセンスもなく、ミスをしたからどうこうということではないのですが、プロの試合をさばくときには審判の方と同じく、私たちも試合開始90分前に集合して、様々な確認をします。何よりまずミスなくできることが良いTOの基準になります。
 あとは熱意です。皆さん仕事や家庭がある中で、時間をやりくりしてやってこられますが、やらされていやいや来るのではなく、自分も試合を作るために下準備をして良い仕事をしようとする熱意が大事になってきます。
 人間なのでミスをゼロにするのはなかなか難しいですが、少しでもミスを減らすために映像で振り返りながら、ミスが起こったところをチェックします。久松君は中でも「特にこういう場面でミスが起こりやすい」と指摘するなど積極的に関わってくる熱意の持ち主でしたので、国際ライセンスを受けてみないかと声をかけました。
 では久松さんにお聞きします。TOの魅力ややりがいはどんなところにありますか?
久松 審判と一緒にゲームを作ることができること。プロのゲームなので、僕らがミスすれば勝敗を左右することもあり得ます。その責任感の重さをある意味魅力に感じながらやっています。完璧に終わるゲームはほぼありませんが、完ぺきに近く、TOが目立たない状態で終わらせることを目標にやっています。そんなこともやりがいにつながっています。
 TOのミスとは具体的にどんなものがありますか?
久松 まずは審判の笛が鳴っているのに、ゲームクロックが止まらない。リングに当たっているのにショットクロックがリセットされていない。逆に当たっていないのにリセットされている。24秒でスタートしないといけないところが、23秒、22秒でスタートする。それはTOのミスですが、審判とのコミュニケーション不足があります。
 土日のリーグ戦で土曜日の試合でそういうことがあったら、日曜日の試合でそういうことがないように審判とコミュニケーションします。スコアでいうと、得点表示の間違い。得点を入れた側ではなく、相手側の得点にしてしまうことなどです。

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久松さんの経歴

 久松さんの経歴を教えてください。
久松 1998年1月、いちき串木野市出身で、プレーヤー経験は串木野中の3年間だけです。川内商工高に進学してからはバスケットはやらなかったのですが、当時JBL2だったレノヴァ鹿児島の試合は見に行ってました。TOの前に審判を始めたのが、高3年の夏が終わった秋ごろからでした。
 父親が審判やプレーヤーで活躍しているのを幼い頃から見ていたのが高校で審判をするきっかけでした。大学は第一工大に進学し、地元のミニバスケットの指導をする傍ら、審判活動にも取り組み、そんな中で豊倉委員長と出会ってTOをやるようになりました。BリーグのTOをしたのは今から4年ぐらい前だったと思います。大学生の頃からトップリーグのTOをやっています。プレーヤーとしてやる願望が不思議となかったです(笑)。
 そういう経歴の人は少ないですよね?
木佐貫 あまり聞かないですね。プレーヤーがダメで、審判やTOになる人は多いですが…。プレーヤーを選択しなかった人がバスケットに戻ってくるのは珍しいです。
 それだけ久松さんにプレーヤー以外のことでバスケットに携わることに心惹かれる何かがあったということでしょうか?
久松 高校時代の体育の先生が今の審判長の原田拓朗先生でした。レノヴァ時代に原田先生が吹いている試合を「審判もカッコいいな」と思いながら見ていました(笑)。
 今回、FIBAのライセンスを取得しようと思ったのはどうしてですか?
久松 TOとしていろいろと勉強して、スキルアップしたいと思ったのが一番のきっかけです。沖縄のW杯が担当できるかもしれないというのは後から分かりました。今後、国際試合をできる機会があれば、TOをしてみたいと思いました。
 昨年夏に試験を受けて、今年の5月27日に合格の連絡が届きました。
 試験はオンライン形式で、TOの役割などを問われる問題が出題されました。先ほど豊倉委員長からもあったように、国際ルールに則っているので、国内で適用しているルールと若干違うところもあるので、そのあたりを問われました。
 初歩的な問題としては「TOは試合前の〇分に会場に着かなければならい」などTOのマニュアルに関する出題です。あとはバスケットのシチュエーションに関して、ファールが起こってバックコートから再開するときは「クロックを何秒にしなければならない」などです。タイムアウトはどのタイミングでとれるかなど、実際のゲームに置き換えた問題も出ます。試験は英語で出題され、解答は〇×の2択方式でした。
 今までやってきたことを問われるのは良かったですが、やはり国際ルールに則った今までやってないことを問われたのが難しかったです。

国際試合と国内試合の違いは?

 国際と国内の一番違うところはどんなところですか?
久松 役割の違いです。日本だとスコアラーが選手交代の合図を担当しますが、国際ルールだとタイマー、すなわちゲームクロックを操作する人が合図を出します。
豊倉 ゲームの機材が国内と国際でそもそも違うところがあります。国際試合の場合は審判が自分でタイマーを止めることができるので、タイマーの人は時間の修正ぐらいしかすることがないので、交代の合図を出すようになっているということです。
 それぞれの役割が一通りできる必要がありますが、時間にきっちりしている人はタイマー系の仕事、書くことがテキパキできる人はスコア系の仕事をやるなど、性格などによってそれぞれ得意分野もあるので、その辺も考慮しながら実際の試合では役割を決めています。

県内におけるTOの位置づけ

 木佐貫さんにお聞きします。今県内におけるTOの位置づけはどのようなものでしょうか?
木佐貫 TOは試合運営をする上で非常に大きな役割を担っています。鹿児島県では小学生、中学生、高校生、それぞれのカテゴリーの試合で小学生からTOをやるようにしています。例えば中学生の場合はスポーツ教室がある日に、一日かけてTOの研修もさせるという努力もしてきました。高校は九州大会、四県対抗の本戦がある前には、TOに関する研修もしています。
 そういった努力もあって、今県内ではTOに関する大きなミスなく、どのカテゴリーでも試合ができています。
 全国的にみると、時間に関するミスが多くて、成立していない時間帯があってそれで逆転負けして、インターハイに行けなかったことなどがニュースで取り上げられたこともありました。
 鹿児島でそれがないのは、豊倉委員長を中心としたTO委員会のメンバーが中心になり、事前に指導をしたり、試合中に何かありそうなときはTOについてミスがないようにするなどの対応をしています。TO委員会の機能が発揮されて良い雰囲気で進められています。
 バスケットも来年からはサッカーと同じTOTOが導入されます。ちょっとした時間のコントロールが勝敗を分けることもありうるので、TOの役割がますます重要になってきます。九州の専務理事会でもそのことが話題になり、将来的にはTOも「プロ」を育成し、Bリーグに所属する形を作っていかないといけないのではという話をしたところでした。
 TOを充実させていくということは、将来的には日本でも国際大会を積極的に招致していくようにしたいという意向が日本協会にあると思います。
豊倉 競技と運営は常に両輪です。良い運営をしていても競技の質が低ければ良いゲームではない。逆に質の高い競技をしていても運営が悪ければ良いゲームとして成り立たない。審判もそうですが、私たちTOの質も上がっていけば、鹿児島県全体のレベルも上がっていくと考えています。
 鹿児島の場合は2009年に全国中学総体があり、19年にはインターハイがあり、23年には国体があります。そういった全国規模の大会が開催されてきたことで、競技力だけでなくTOなどの裏方の質を上げることに取り組んできたといえるのでしょうか。
木佐貫 それは当然あります。プレーヤーは全国各地から集まってきますが、プレーヤーだけがその大会に出場するわけではありません。審判やTOになると、どうしても地元の人が多く関わらなければ成り立ちません。大きな大会はそういった部分も経験を積み重ねていかないと運営ができません。そう考えると、鹿児島は良い間隔で全国クラスの大会が来たといえます。
 来年は鹿児島国体があり、3年後の25年は再び全中が鹿児島で開催されます。そこに向けて今の小学生もTOができるように持っていく必要があるということです。
 小学生にもTOを教える機会を設けているということですか?
豊倉 先日、ミニバスケットの大会があった際には、審判にいきながら、子供たちにTOのやり方を教えていました。19年のインターハイ、高校生でオフィシャルをした人たちが、今何人かレブナイズの試合でTOをしてくれています。彼らは「インターハイで経験したことを活かしたい」と話していました。

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TOの立場からプロの存在

 TOの立場から今のレブナイズを中心とするプロの存在はどう感じていますか?
久松 Bリーグの中でもB3は一番下のカテゴリーです。私の意見としてはB1、2の試合の雰囲気を鹿児島のTOをやっている人たちにもぜひ味わってもらいたい。それを知ることで鹿児島のTOのレベルも上がっていくと思います。レブナイズが上のカテゴリーに上がるということは携わる人やブースターの願いであると同時に、審判やTOなど運営のレベルも上がることにつながるので、ぜひ上に上がって欲しいという願いがあります。
 今、鹿児島にいるTO委員の方でもB1のゲームを担当したことがある方はいないわけですね。
豊倉 そうですね。でも我々はいつでもB1レベルの仕事ができるように、試合前の打ち合わせは綿密にやってミスがない運営を目指しています。B3だからとか、Wだからと手を抜くことは絶対にやらない。お客さんが1000人だろうが、4000人だろうがやることは変わりません。TOのレベルを上げることは常に意識して取り組んでいます。
 審判も、TOもそうですが、ミスなくできて当たり前。ミスがあると目立ってしまうという裏方の世界には、我々メディアの人間もなかなか目を向けにくいところがあります。
豊倉 ですから今回、久松君がFIBAの国際ライセンスを取ったということが我々にも励みになるところです。バスケットにはこういう関わり方もあるということを多くの人に知っていただけるきっかけになってくれればと期待しています。
 では久松さんの今後の夢を教えていただけますか?
久松 近い目標では次の全国の研修会で来年のW杯に派遣できる試験があるので、そこをクリアしてW杯を担当できるTO委員になることです。
 久松さんのその目標を達成するために、協会として何かサポートできることがありますか?
豊倉 基本的には本人の努力が大きいですが、経験を積むことが何よりです。Bリーグがある10月から5月は定期的にリーグ戦がありますが、今オフシーズンでゲームがないのでTOを経験する場がない。今度、協会が企画する国体壮行試合などを利用して、オフシーズンでもしっかりしたTOが経験できたり、PRする機会があるとありがたいですね。
 最後に木佐貫さんから久松さんへのエールをお願いします。
木佐貫 何より、W杯のTO委員に選ばれて欲しい!(笑) まだ若いのでいろいろな経験を積む必要もあると思います。私があなたの年齢だったら「自分が豊倉さんの後を引き継ぐ」ぐらいの気持ちで取り組むと思います。
 大きな大会に行きたいという希望は持っても、それが実現するかしないかは難しいところです。必要な絶対数は少ないところに、希望する数は多いので。肩の荷を重くしないで取り組んで欲しい。その方が実力も発揮しやすいと思います。協会として協力できるところはしていきますので、ぜひW杯は最終目標ではなく、途中経過として、沖縄の大会を目指して欲しいです。
 あとは若手の育成で、どうやったらFIBAのTOになれるかということを伝えていくことも大事な仕事です。頑張ってください。


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【つかさの射的】

 ゲームを成立させるために選手や審判が必要ということは、バスケット経験のない身でも分かることだが、実はコートサイドの真ん中で汗をかいているTO委員もゲームを成立させるために必要不可欠な存在であることが、今回のインタビューを通じてよく理解できた。
 仕事柄、いろんなスポーツを取材するが、野球やサッカーでは選手や審判以外の裏方の人間が試合成立を左右することは基本ない。今でこそサッカーや野球、バレーボールなどでビデオ判定が導入され、きわどい場面の判定にコート外の第3者が関与する機会が増えてきたが、バスケットにおけるTOの役割は他の競技にない特徴だ。
 極端にいえば、ショットクロックのタイマーの管理を一つ間違えば、それがクロスゲームになればなるほど、勝敗の流れを左右することにもつながりかねない。プロの試合ではそのミスが選手の年棒にも響く可能性を秘めている。だからこそ間違いがないように日頃から確認作業を怠らないという豊倉委員長や久松さんの姿勢に感銘を受けた。こういった裏方の仕事にも脚光を当て、レベルを向上させていくことが、鹿児島のバスケット全体のレベルアップにつながっていくことが理解できた貴重な機会だった。
(文責・政純一郎)

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