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ヒトリガ



「あっ!!クマケムシ!!」
私が座っているベンチから少しだけ離れた砂場で、1人で遊んでいた少年が声を上げた。

「…これってさぁ〜!!蹴っぽると丸くなるんだよ!!」
少年は友人たちに聞こえるようにさっきよりも大きな声で叫んだが、彼らはブランコの横にある大きなブナの木の木陰で輪になってゲームをしているままだった。

「ね〜え、みてみて!!サッカーボールみたい〜!!」
友人たちは、砂場の方を一瞥してまた手元に視線を戻した。

彼らは喧嘩でもしているのだろうかとも思った。が、それが違うことは砂場の少年と木陰の少年達を見比べれば直ぐに分かることだった。
輪になって遊んでいる少年達は、自分たちの背格好にあった服装をしていて首からは水筒をぶら下げている、所謂普通の少年がする格好といったところだろうか。

もう1人はと言うと、小さな体躯には不釣り合いのブカブカで年季の入ったシャツと、踵が踏み潰された靴、砂場にはラベルの剥がされたペットボトルに入れられた水が置いてあった。

「なんのゲームしてんの〜…??」
しりすぼみな声で少年が言った。

人を見た目で判断したくはないが、恐らくこの少年はあまり裕福ではないのだろう。
本当は皆とゲームがしたいけれど、それが出来ないもどかしさ、劣等感、少年の声色はどこか寂しげだった。

私はもう少しだけ、少年を観察することにした。
「津波だ〜!!」
蹴るのを辞めたと思うと、彼は傍らに置いてあったペットボトルのキャップを開け中の水をケムシにかけた

水がかかる度にうねうねと藻掻くケムシをみて、少年はケラケラと無邪気に笑ったが、すぐに退屈な顔に戻ってしまった。

「つまんない。」

少年は不意に足元のそれを踏み潰した。
足の裏ですり潰されていく虫と、スニーカーから靴の内部に侵入していく細かい砂のことを考えると、不快になった。

この公園で、私だけが少年を見ていた。

この少年はいつかの私だ、そう気づいたのはその日の夜、床についてからだった。


※「蹴っぽる」とは東北南部の方言で「蹴り飛ばす」の意

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