黴雨

17時58分の駅のホーム 僕と同じ新入社員の山崎が 地面に濡れた傘をコツコツとさせている

「梅雨入りですかねえ。私、頭が痛くなると梅雨だなって確信するんです。」

着慣れたリクルートスーツに身を包んでる彼女がポツリと呟いた

「それ、僕に言っているのかい?だとしたら、きちんと名前を呼んで欲しいな。君の独り言にいちいち反応していたら馬鹿みたいじゃないか。」

僕はこの女が嫌いだ、だいたい6月だと言うのになんでそんな格好しているんだ。恐らく、会社での格好なんてどうだっていいと思っているから給料なんて他のことに使っているに違いない。どうしてうちの会社はこの女を採用したのか、人事に問いつめたいくらいだ。

「すみません、中田さんに言ったつもりでした、でも、もう独り言と思ってもらっても大丈夫です。」

まだ続けている傘のコツコツが少し強くなった気がした

「山崎さん、厳しいことを言うようで悪いけど、人に話しかける時は名前を呼ぶ。これは基本じゃないか、あとなんなんだい、その『もう独り言と思ってもらって…』云々って、''もう''なんて言われたらまるで僕が悪いみたいじゃないか。」

ホームの屋根の隙間から雨粒が滴り、瑠璃紺の新品のスーツの肩に落ちて 弾けて地面に落ちた。飛沫が顔に掛かり苛立つ僕は八つ当たりのように彼女にさらに言った

「だいたい、君はいつまでその安っぽいスーツを着てるんだ、普通は、普通はだ、1~2ヶ月もしたら新しいスーツに身を包んで仕事に取り組むだろう?なんで、君は大学の頃ビジネスマナーだとかを聞かされてなかったのかい?会社の皆も君の格好について言及しないようだから僕が代わりに言っておくけれど。」

「すみません、私お金使い荒くて、家族が多くてあんまり贅沢出来なかったのでその反動ですかね。分からないですけど。」

また、申し訳なさそうに言った 傘はもう地面に着いたままだった それが演技に見えて僕はさらに腹が立った

「いや、幼少期の経験だとかそういうのは聞いていないんだよ、先ずは地固めからだろう?自分の贅沢を優先してるような節制の出来ない人間はこの先やっていけないんじゃないかなあ?厳しいことを言うようで悪いけれど。」

「そうですよね、中田さんの言う通りだと思います。では、今週末にビジネススーツを買いに行くので付き合ってください。」

今度は少し反抗的な目で僕を睨んできた

「嫌だよ。」

「そうですか。」

約2秒の間にお互いの嫌悪感が凝縮されていた

その後、私たち二人は無言のまま電車に乗り反発し合う磁石のように 別の車両へと歩みを進めた。

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