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なぜ今加賀屋なのか

三鷹駅北口の正面からのびる商店街を3分ほど直進し、東急ストアを横目に見ながら左手に折れると、赤い看板の居酒屋が現れる。

店の外観はいかにも昭和風・おじさん好みの和風居酒屋で、看板には「ホッピー・大串もつ焼き・特製煮込み」の文字。

不思議なのは、この居酒屋が隣り合った二つの雑居ビルにまたがって営業しているところだ。両ビルの1階にそれぞれ同じ店名の看板と入口があり、一目では、これが一応それぞれ別の店舗として営業しているのか、それとも同一の店舗なのか判別がつかない・・・もちろん、店内に入れば、二つのビルの境界がぶち抜かれており、右手のビルのほうに主に調理場とカウンター席が、左手のビルのほうにテーブル席と広々とした座敷席が広がっていることに気が付くのだが(入店すると、この店の敷地が二つのビルにまたがっていることを忘れてしまう)。

私が初めてその存在を意識し、暖簾をくぐった加賀屋は、この加賀屋三鷹店だった。大学2年か3年の頃だっただろうか。初入店の時には、加賀屋が、関東圏に約50店舗を展開する、関東大衆酒場界の一大チェーンであることも知らなかったが、白いミニ土鍋で提供される煮込みの、奇をてらわない実直な旨さに、しみじみ「これはいい店だな」と感じたことを覚えている。

三鷹店との出会いで加賀屋をすっかり気に入った私は、その後、当時通っていた大学の近くにあった早稲田店や、大学から自宅への帰宅途中に立ち寄れる中野店・荻窪店でも晩酌を楽しむようになる。加賀屋はどの店舗も、店内のざっくりとした雰囲気や、もつ焼き・煮込みなどの主力商品は似通っているけど、店舗ごとに少しずつ、味もメニュー構成も違っている(もつ焼きで扱っている部位の種類も店舗により異なる)。だから、その日の気分によって、今日はどの加賀屋に行こうかと考える楽しみがあり、それがなぜだか無性に嬉しかった。

私は、人でもモノでも、好きなった対象のことは、とことん知りたくなる性質で、加賀屋で過ごす幸せな晩酌の時間が増えるにつれて、加賀屋の全体像をしっかり把握しないことには、各店舗の良さや個性についても本当の意味では理解できないんじゃないか、と思うようになっていった(ほとんど妄想の世界だが)。こうなると、もう自分のことを止めることができず、気が付くと、池袋店、巣鴨店、北千住店、草加店・・・と、近場からかなりの遠方まで、加賀屋各店舗を漏れなく巡礼するのが、自分に課せられた使命のように思えてくる。

そうして、加賀屋に通い始めて、数年後には、加賀屋全店舗の暖簾をくぐったことがあるという、重度の加賀屋偏愛者になっていた。この国の政府統計に関する無理解もあり、信頼性の高いデータを参照することができないのが極めて残念だが、東京・埼玉エリアには、私のように全店制覇を達成している加賀屋ファンが2500人ほど存在するという。

初回の投稿としては実にとりとめのない内容になってしまったが、このページでは、加賀屋という酒場がなぜ一部の人間をこれほど惹きつけるのか、そもそも加賀屋とはどんな酒場なのか、といった論点について、私個人の「加賀屋体験」を語る、という形で、間違いなく断片的にはなるだろうけど、書き留めていきたいと思う(加賀屋のような途方もないスケールを持った対象について、個別的・具体的な体験をすっ飛ばして、いきなり本質論をぶつことなど不可能だ)。

加賀屋は、創業から約60年間も関東大衆酒場界の第一線に君臨し続けている稀有な名店なのに、その偉大さについて、論文や書物も刊行されておらず、また、ウェブ上で確認できる情報も、その偉大さに比して驚くほど少ない(つい先日まで、Wikipediaの記事すら存在しなかった!)。このページが、加賀屋について知りたい、という人にとって、ささやかなヒントになれば幸いである。

なお、私は基本的に居酒屋で店員と会話することを好まず、したがってこれだけ加賀屋に通っていても、店員と会話した回数はかなり少ない。また本稿のために店員インタビューを決行するつもりも毛頭ない・・・従って、このページの文章には、「純粋な客の視点から見えた景色だけに基づいて書かれている」という限界があることを明記しておく。

いつか、実際に加賀屋で働いている方の証言が集まらないことには、本当の意味で、加賀屋を包括的に理解することなどできようはずもない。どなたか、内部からしか見えない加賀屋の景色を語ってくれないだろうか。


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