サウナ馬鹿との遭遇
先日、和歌山を訪れた。
高野山に参詣し、翌日、徳島に渡るため和歌山市駅近くのカンデオホテルに宿泊した。
カンデオホテルは最上階に露天風呂があるのが特徴で和歌山のカンデオホテルの大浴場も最上階に設置されている。食事を終えて、ホテルに戻り、大浴場に入ると先客も少なく空いている。
男性用の露天風呂は視界を遮るものがなく、遠く、海まで見渡せる。早速、湯船に浸かろうとするとギョっとした。なんと、湯船の縁にトドのごとく横たわる男がいるのである。
そんなの普通じゃない、と思われるかもしれないがそうではない。
というのは、ここの露天風呂の湯船の縁は40cmくらいの幅で、縁の向こうは幅70cm、高さ70cmくらいのU字溝のような状態になっている。U字溝の外面は湯船と同じ高さの透明なガラス、下面は砂利である。インフィニティプール状態の湯船の縁に男が寝ているのである。しかも、ほぼトドのように。
少しでも体勢を崩せば、哀れ、男はU字溝に転落する。
にもかかわらず、星空を見上げ、男はサウナ後の整いをキメているようだった。
サウナ馬鹿極まれり、な感がある。
しばらくみていると、勢いよく、もうひとり男が入ってきた。
これもまた、サウナ後の整いの場を求めてきたのだろう、縁に横たわるトド男を認めるやいなや、男と直角に位置する縁にこれまた豪快に横たわった。
和歌山市駅のカンデオホテルにはサウナはあれど、整い用のベンチがない。よって、男たちは露天風呂の左角の縁を取り合うように横たわるのがこちらのデフォルトな整い場の使い方になっているようだった。男たちの横たわりにかける執念を感じた。
しばらく、滞在し、大浴場を出ようと、シャワーで体を流していると、後方から豪快にバッシャーという音がした。何事かと振り返ってみると水風呂に水没してる水死体のごとき男がいる。なるほど、サウナの後、後方からバサロスタートの如く、勢いにまかせて水風呂に飛び込み、水底で水風呂をキメているようだった。なんとも、独自のスタイルである。おそらく勢いよく飛び込むことが己のアイデンティティと同化しているのだろう。さきほどのトド男、そして、バサロ水風呂男、さまざまなサウナ馬鹿がここには揃っているようだ。
しかし、これもまだ序の口であった。
極めつけは翌朝である。
翌朝、ヒゲを剃るついでに誰もいないであろう朝風呂(和歌山のカンデオホテルは夜中も通しで営業しているとのことである)を訪れ洗い場でヒゲを剃っていると、後方の水風呂方面から聞き慣れない音がする。視線を向けると、男が桶で水を四方八方にもの凄い勢いで掻き出している。この作業が熟練工というか、職人技の域に達している。
瞬く間に水風呂の水位が下がっていくのがわかった。お前は火消しか、と突っ込みたくなるくらい激しく、前後に2mくらいの水柱を立てんばかりの勢いで水を男は掻き出し続けている。2〜3分、男の火消しは続いた。すると、水風呂の湯船上部にある放水路から勢いよく新鮮な水が滝のように流れはじめた。
男は滝の注水を確認すると、ひと仕事終えた安堵と満足感に溢れた勝利者の表情で水風呂に浸るのであった。あっけにとられつつも、納得はできないが、それでも何かしらスゴいものを観たという感覚だけが残った。
露天風呂につかり、東の空に浮かぶ朝の白い月を眺めながら先程の男の火消しパフォーマンスについて考えた。水風呂はある程度水位が下がると水が補給される仕組みになっていて、男はその水位までできる限り迅速に水量を減らし、新鮮な水の補給を行ってから水風呂をキメることに全集中していたのだろう。パフォーマンス中の集中力は鬼気迫るものがあり、アートの領域に達していたように思わる。
昨夜と同じように、シャワーで身体を流してから、脱衣所に向かい、タオルで身体を拭いていると、ガラス戸の向こうでサウナから出てきた男が朦朧とした表情で桶を手に取り、再び水を掻き出し始めるのがみえた。水の塊がガラス戸にうちかかる様子は、もはや密教の荒行のようであった。
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