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形式重視の香川県 他県とこんなにも違う教員研修

 日本の反対側といえばブラジル。では香川の反対側は?

 それはおそらく愛知です。地理的にではなく、教員研修の制度面においてです。

 香川県教育センター、愛知県総合教育センターがともにウェブ上で公開している中堅教諭等資質向上研修の手引にしたがって、対照的な両県の方針を紹介していきたいと思います。

香川「令和6年度 中堅教諭等資質向上研修I(小・中)の手引」

愛知「令和6年度 小・中・義務教育学校 中堅教諭資質向上研修【前期】の手引」



1 権威主義的な香川と実務的な愛知


 高松藩の藩主は代々松平家が務めてきました。その意味では愛知と深いつながりがあるのですが、教育委員会の姿勢は正反対と言っていいほど異なっています。

(1)冊子のつくり

【香川】文字だけの簡素な表紙をめくると、「ねらいと使い方」が1ページにわたって掲載されています。ついで目次、そして研修実施要項と続きます。研修実施要項は、法律の条文のような作りで、ひじょうに硬い文章です。そして「対象者基準」が1ページ分びっしり掲載され、対象者や研修除外者などが事細かに書かれています。そこには関連法規等も明記され、非の打ち所がありません。その後も、ほとんど図表のない硬い文章ばかりが延々と32ページ分続きます。

【愛知】表紙は、愛知県総合教育センターをバックに鳥が羽ばたくイラストが描かれています。これは研修受講者をイメージしているのでしょうか。この鳥は最終ページにも再び現れます。表紙の次は目次、その次は、研修の1年間の流れが表でわかりやすくまとめられています。(ちなみに香川にも同様の表が27ページから登場しますが、内容が多すぎて1ページには収まらず、3ページにわたって掲載されています。)次に載っている研修実施要項は、条文形式といえば条文形式ですが、必要な事項をコンパクトにまとめたという印象です。その後は、図表を適度に織り交ぜながらわりと見やすい感じ(香川と比べ、明らかに余白部分が多い)でページが続き、20ページで終了です。

 香川はともかく、文字ばかりぎっしりと並んだページがずっと続く印象です。読むだけで疲れてくることは間違いありません。手続きや提出文書など、あらゆる事柄がひじょうに細かく規定されているため、見落としのないようにやろうと思うと大変な労力を使うことでしょう。

 一方、愛知は、サッと目を通せば必要な情報が効率よく入ってくる感じがします。通常の注意力で読んでいけば、見落とす心配もあまりないでしょう。同じ事柄でも、香川に比べ、半分から3分の1くらいの規定しかない印象を受けます。


(2)評価や実施計画の主体


【香川】研修者の評価は校長が主体となって行うべきことが明確に定められています。

「評価票案」の作成は、校長の権限と責任において行うべきものであり、評価においては漠然とした印象等ではなく、評価項目ごとにおける具体的な事実に基づき、正確・公正に行うものとする。

香川「令和6年度 中堅教諭等資質向上研修I(小・中)の手引」

 評価や実施計画は、必要に応じて研修者に示して説明することも考えられるとしています。

 決定した評価及び実施計画については、中堅教諭が自らの課題を明確に認識して研修に取り組むことが望ましいことから、必要に応じて中堅教諭に示して説明することも考えられる。

香川「令和6年度 中堅教諭等資質向上研修I(小・中)の手引」

【愛知】評価は、研修者が自己評価の形で行い、校長はそれを形式上追認する形をとります。実施計画も同様で、研修者が作成したものを校長が形式上追認するような形です。

 香川の手引に見られる「校長の権限と責任において」という文言は、教員への管理統制を示す常套語句です。こういうのを見せられると幻滅しますね。しかも、「評価においては漠然とした印象等ではなく、評価項目ごとにおける具体的な事実に基づき、正確・公正に行う」と大上段に構えます。
 そこまで言うのなら、校長の権限と責任において、本人でも気づかない面をえぐり出すような正確無比な評価をしてもらいたいものですが、年度当初に初めて出会った研修者(そういう場合もありえます)に対しそんなことが本当に可能なのでしょうか。ちなみに評価票案の提出期限は5月9日です。

 もう一つおかしいなと思えるのが、校長の権限と責任において評価すると言っておきながら、自己評価を本人に提出させることです。校長が具体的な事実に基づいて行うのが評価だというのなら、そのような文書を提出させることは、正確・公正な判断の妨げとなりますのでやめるべきです。

 その点、愛知は正直です。校長が正確に研修者の評価を行うことなどできませんので、本人が書いたものを追認する形をとっています。それでいいのではないでしょうか。研修というのはそもそも、研修者が自分自身をどう捉え、どう自己変容を目指していくのかという部分が肝要なのですから、香川と比べていい加減なのではなく、むしろ本質的には正しいやり方です。香川のほうが、研修本来の目的からずれています。

 上から目線もここに極まれりと思えるのが、決定した実施計画を「必要に応じて中堅教諭に示して説明することも考えられる」としている箇所です。必要に応じてということは、校長が必要だと感じなければ、本人に見せないこともありうるということでしょうか。もはやジョークかと言いたくなります。


(3)評価項目

【香川】「使命感・責任感」「コミュニケーション」「自己研鑽」など11項目について、1~4の4段階で評価します。自己評価用のものには研修に向けての課題等、校長評価用のものには総合所見を文章で記述する欄が設けられています。

【愛知】「児童生徒理解」「学習指導」「生徒指導」など8項目について、特に伸ばしたいものには◎、伸ばしたいものには◯をつける形式です。

 香川の評価は、評価項目が多いだけでなく、一つ一つの評価に細かい説明がついています。それを読んで理解し、自分(研修者)の姿にあてはめ、具体的な事実をもとに4段階で評価していくわけですから、相当な時間と労力がかかります。

 愛知の評価は、項目が示されているだけで説明は一切なく、ただ印をつけていくだけですので、おそらく1分程度で終わると思われます。

 ただし、必ずしも香川が真面目で愛知が不真面目ということではありません。前項でも書いたように、教員のための研修における評価としてどちらがよりふさわしいのか、考えてみる余地があります。


(4)実施計画の提出方法

【香川】校長→教育委員会→(決定)→校長→教育委員会→教育事務所→教育センター

【愛知】本人→校長→教育委員会→教育事務所→総合教育センター

 香川は、実施計画は校長が主体となって定めることになっているため、本人が関与することはありません。すでに説明したように、決定した実施計画についても、校長が必要だと感じた場合のみ本人に示すことが考えられるとされています。一方、愛知では、実施計画は研修者本人が作成し、校長はそれに鑑をつけて教育委員会に提出します。

 香川では、実施計画案が教育委員会に提出されると、確認の後、実施計画案が実施計画となります。それが一旦学校に戻り、再度、校長が教育委員会に提出し、教育事務所・教育センターへと回っていきます。愛知では、実施計画案が教育委員会に提出されると、正式な計画として決定された後、そのまま教育事務所・教育センターへと回っていきます。

 文書の流れとしては、愛知はごく普通のやり方だと思います。香川の場合、なぜ学校に一旦戻す必要があるのか、よく分かりません。仮に何らかの変更が必要になった場合でも、教育委員会で直せば済む話だと思うのですが、そういう実務的なことは教育委員会様がわざわざやることではないと考えているのでしょうか。文書のやり取りが増えるだけで、無駄なことをやっている気がします。


(5)研修内容

【香川】校内研修10日間程度、校外研修6日間程度(香川大学附属学校訪問を含む)

【愛知】校内研修(日数・内容について明確な定めなし)・校外研修3日間+eラーニング4日間

 香川では、校内研修の中で2回の公開研究授業を行うことになっています。校内で、管理職や同じ学年・教科の先生に見てもらうだけではいけません。「事後指導を含む公開研究授業を2回実施」「どちらか1回は、市町(学校組合)教育委員会の要請による学校訪問や指導者を招いた研究授業等で、外部の指導者から指導を受ける。」「2回目は略案不可」といった条件が付されています。見るだけで気が重くなってきますね。

 一方、愛知では、校内研修をOJTと位置づけています。「OJTとは、職場において研修の時間を新たに設定して取り組むものではなく、研修者自身が、研修の目的意識をもちながら、自ら調べたり、同僚に相談したり、先輩や管理職に具体的な指導・助言を仰いだりしながら、日常の業務を遂行する中で、資質・能力を高めていく活動である。」というのが県教委の説明です。

 「研修の時間を新たに設定して取り組むものではなく」という愛知の記述を、「教師に楽をさせている」と読むべきではありません。「教師は実践によって伸びる」「現場の同僚性を発揮し、互いに切磋琢磨する」という、教師集団本来の特性に着目した、合理的な研修方法です。教職員評価が賃金とリンクされておらず、同僚性が破壊されていない愛知だからこそ可能な方法と言えるかもしれません。

 逆に香川のやり方は、旧態依然とした権威主義そのものです。附属学校への訪問、教育委員会の要請による学校訪問や指導者を招いた研究授業、略案不可。これでは、新しいことにチャレンジする教員や、個性的な教員は、きっとやる気を失うか潰されていくでしょう。


(6)研修記録・レポート等の提出方法

【香川】研修記録・レポート等はすべて管理職の確認を受ける。

【愛知】特に記載なし。

 香川では、研修に関して作成した文書はすべて管理職の確認を受けることになっています。教育センターに提出するものは、管理職の確認を経た後に郵送します。1回1回の研修の受講記録も、すべて管理職に提出します。

 愛知でも、センターでの研修では研修記録を書きますが、研修時間中にセンターで書くため、管理職が確認することはありません。また、「※新たに報告書等の資料を作成する必要はない。」(国語)「第1日で作成した指導案で授業を実践し、成果と課題を協議できるようにまとめておく。提出不要。」(生活)など、教員の負担軽減につながるような配慮が随所でなされています。香川では逆に、「※校内研究等で使用したものの流用は認めない。」とか「略案は不可」といった、「負担軽減は悪」という信念でも持っているのかと言いたくなるような指示が溢れています。


2 香川と愛知の比較から言えること


 今回は中堅教諭等資質向上研修という一つの研修を比較しただけですが、IRIS香川はIRISとさまざまな分野で連絡を取り合っていますので、他にも多くの点で対照的な土地柄だという印象を持っています。

 香川は、ともかく規定を重視します。規定と現実が合わない時は規定を優先します。矛盾を指摘された場合、屁理屈を使ってでも強引に切り抜けようとします。そして、下からの変革を極端に嫌い、何かを変える場合には上から指示を下ろすという形式を取ろうとします。

 愛知は実質重視です。無意味なことは、みんなで「やめておこう」と考えます。規定が現実に合わない場合は現実を優先し、規定を空文化させます。下からの変革を好むというわけではないにしても、極端に嫌うとか、どうしても上から指示しないと気がすまないというほどではなく、いいものは適度に取り入れます。


3 IRIS香川が目指すもの


 IRIS香川は、IRIS系組合の一員として、他の四国各県や、沖縄・兵庫・京都・岐阜・横浜・千葉・東京など、さまざまな地域とつながっています。各地の方の目から見て「これはおかしいんじゃないの?」ということをどんどん指摘してもらい、直すべき点を積極的に直していきたいと思います。

 また、香川に全国から人を呼んで、交流もしていきたいと考えています。香川といえばうどんしか浮かばないという県外の方に足を運んでいただき、香川のよさを存分に体験していただきたいと思います。

 なお、今回の報告を出すにあたり、香川県教育センターに質問状を提出し、その回答をいただきました。無秩序な拡散を防ぐため不特定多数への開示は控えますが、質問内容や回答内容を知りたいという方には個別に対応しますので、IRIS香川またはIRISまでXのDMでお知らせください。


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