80冊読書!6冊目 帳簿の世界史(2)

帳簿の世界史、第2弾。前半を読み終えて、期待値通りの内容。会計の観点から歴史を眺めてみるというのは初めての試みなので、新鮮な世界が開けていたし、新たな気づきを与えてくれたスタートだった。第2弾も楽しみに読み進めていこう。

第6章 ブルボン朝最盛期を築いた冷酷な会計顧問

フランスブルボン王朝の最盛期、ルイ14世の財政顧問となったコルベールは会計を政治的な武器として使った。不正を行った敵がいた場合、不正そのものだけでなく、その人脈も読み取ることができたのが帳簿である。コルベールは敵を家宅捜索ではさまざまな証拠品とともに、あらゆる会計帳簿を押収した。そこに記載のある内容こそが様々な不正をあばく材料となっていった。

コルベールは冷酷ではあったが、財政においては非常に優秀であった。自分を会計責任者、国王を監査責任者として、国家の支出を領収書をもとにすべて管理していった。

よき監査責任者になるためには、国王は簿記の基礎を学ぶ必要があるとコルベールは進言し、パリーチョの『スムマ』に基づく教科書を用意した。コルベールの教科書がパリーチョと異なる点は「会社」が「国家」に置き換えられていることである。つまり複式簿記は国王のための技術に作る直すという画期的な試みをしたわけだ。

ルイ14世は会計が好きだったらしい。そんなことは通常の歴史を学ぶ上では出てこない史実である。「ルイ14世の帳簿」なるものがフランス国立図書館にある。年度の最終収支を示したものが国王のために作成されて、それを国王は持ち歩いた。太陽王ルイ14世はそういう点で珍しい君主なのかもしれない。

コルベールの死後、彼らがつくりあげた会計システムは崩れていった。ルイ14世は財政面でも悪い話をどんどんしてくるコルベールにだんだん苛立ちを覚えていた。口やかましい財務総監がいなくなったことは、国王にとっても都合がよくなったのかもしれない。しかし国家財政の情報を遮断してしまった国王のもと、オランダとの戦争でお金がかかったことなども含めて財政の混乱を引き起こし、ルイ14世の死後、フランス国家は破綻することになる。

このことは現代でもCEOとCFOの関係で成り立ちうる。経営者にとって、財務面で単刀直入な進言をしてくるCFOは頼りにもなるが、一方でうっとおしくなるに違いない。権力の座に長くいることで、個人として自由に振舞いたい衝動が出てくるのだろう。財務状況がオープンであるということは、何よりもその戒めとなることは間違いない。わが社にはCFOはいないが、経理担当のチェックはめちゃくちゃ厳しい。それは私自身の領収書に対しても然りである。現時点において、会計上の規律は私自身がしっかりと保っているが、個人に頼らない仕組みをいかに作り上げるかは非常に重要であると感じる。

第7章 英国首相ウォルポールの裏金工作

イギリスの初代首相を務めたウォルポールは統治における会計の力をよく知った人物であった。ここでいう会計の力というのはある意味、会計の「裏技」ということでもある。イギリスの財政健全化に向けて動いたウォルポールは様々な手法(かなりいかがわしいやり方を含めて)で債務残高を減らしていった。そこには透明性や倫理というものは見えない。それでもイギリス史上最長の政権となったのはどういうことだろうか?

危機を回避するためには、会計上のごまかしにも一定の効果がある。このことは私自身も事実としてあると思う。上場企業の中にも、粉飾をしながら危機を乗り越え、何ごともなかったかのように振舞う会社もある。一方でそれがうまくいかず、粉飾に粉飾を重ね最後は破綻してどれだけひどい粉飾をしていたのか?と追及される場合もある。ただ、これは例えて言うなら、社員が会社の大金を横領してつかまった場合、その発端はわずかなお金を横領したことがバレなかったことに端を発している場合が多いことと同じであろう。

第8章 名門ウェッジウッドを生んだ帳簿分析

「なぜイギリスで産業革命が起きたのか」とこの章は始まる。人類史的側面、いわゆる一般的な世界史としてのとらえ方についてはサピエンス全史などでも見てきた。しかし今回は「帳簿の世界史」である。この観点で産業革命をどう見るのか?楽しみである。

イギリスの産業を支えた要素の一つは会計であり、同国はすでにオランダ以上に会計の文化と教育が浸透していた。中世以降、グラマースクールでは少年たちに会計を教えていた。かつてのイタリアとオランダの教育モデルに倣って、大学進学と就職の両方の準備をさせたのである。産業が拡大するにつれて会計専門家の需要が強まるという好循環が続き、やがて会計は、商業を重んじるエリート層にも必須の知識とみなされるようになる。

このイギリスの文化とともに、17世紀から18世紀当時のイギリスの宗教の状況が関連していた。

イギリスのプロテスタントには、実験や観察を通じて神の業である自然を知ろうと努め、その知識を現世の富に活かすことによって神の意思の実現をめざす姿勢が、宗派を問わず認められてる。

非国教徒であるジョサイア・ウェッジウッドはイギリス史上最も成功した陶磁器メーカーを創設した。その大きな要因は緻密な原価計算にある。生産時間や賃金、原料費、機械設備、販売費などを綿密に計算した。当時、工場経営は複雑になり、固定資産が大きくなった製造業ではより正確な原価計算が求められていた。原価が的確に分からなければ、いくらで売るか?を的確に定められないからである。稲盛和夫さんが「値決めは経営」と喝破した通り、値決めを的確に行えるものは事業の発展をすることができるのである。

ウェッジウッドは会計を習得し、一般管理費、販売費、金利といったものを正確に計算できるようになった。そして費用を職工・倉庫係・会計係の賃金から偶発事故、賃借料、損耗、臨時費など14項目に分け、項目別にちがう色で記入・集計する方法を考案して、そのやり方をこまごまとベントレーに説明している。ウェッジウッドのノートには、生産コスト、とりわけ賃金を抑えるためのアイデアがたくさん書き込まれていた。家内制手工業から工場制に移行すると、賃金は重要な用途となったからである。
こうしてウェッジウッドは厳密な原価計算に基づいて生産コストを管理し、適切な価格設定ができるようになる。

第9章 フランス絶対王政を丸裸にした財務長官

イギリスやオランダと異なり、絶対王政下のフランスでは国家財政での透明性が全くなかった。アメリカ独立戦争で混乱が続く中、フランスは債務が膨れ上がり、どこからも借りられなくなっていた。税収や債務残高の正確な把握すら難しい状況であった。そのタイミングで財務長官になったのがネッケルである。ネッケルはフランスの財務状況を調査し、会計報告をつくりあげた。結果として王家が支出をする優先順位が圧倒的に自分たちのためであることが明らかになり、民衆の反感を買うことになった。結局、1789年の革命へとなだれ込んでいく。

フランス革命後、会計も革命憲法の中に定められるようになった。絶対王政を経て会計報告の重要性を痛いほど認識していたからだろう。フランスの財務リテラシーと会計責任の文化が政治にもちこまれたのはこのタイミグである。ちなみに英語の accounting や accountability はフランス革命当時のフランスから輸入されてきたものらしい。

第10章 会計の力を駆使したアメリカ建国の父たち

憲法が定められる前のアメリカは、契約をよりどころとしていた。イギリスの清教徒が一隻の帆船で大西洋を渡って新世界に入植するという野心的で勇敢な企ては、先行するバージニア植民地会社の支援を受けた商業的冒険事業として始まる。1620年に船上で結ばれたメイフラワー盟約は、共同出資者が署名し、協力して植民地建設に従事することを明記した商業契約のような形式をとっていた。そして、商業契約のあるところ、帳簿がある。メイフラワー号で新世界をめざした清教徒たちが、第一義的には信仰の自由をめざしていたとはいえ、アメリカの初期の入植事業が利益目的で組織されていたことを忘れるべきでない。オランダ、フランス、イギリスの東インド会社と同じく、アメリカの入植事業の大半を運営したのは国王から特許状を受けた勅許会社であり、イギリス王室から貿易独占権を与えられていた。

大航海時代の植民地運営でも、このアメリカ入植事業も、出資者から離れたところで経営される事業は結局「帳簿」に頼るしかない。マックス・ウェーバーがプロテスタント的資本主義の体現者として評価しているベンジャミン・フランクリンは政治家、発明家であるとともに、会計にも卓越した見識があった。英国王室郵便長官代理になった際には複雑な郵便事業向けに複式簿記を適用していった。

当時のアメリカは奴隷貿易の真っただ中にある。当然「帳簿」の中には黒人奴隷の値段も記載してある。当たり前だが、奴隷所有に対する後ろめたさのない当時、人間の値段も平然と記録している。

このようにみると、帳簿というものは歴史書のように「まとめ」られている訳ではないが、歴史上における人々の生活そのものの記録であり、まさに史実となりうる材料なのだ。犯罪行為をあばくためにマルサが裏帳簿まで含めて徹底的に調べ上げるのと同様、歴史上の帳簿を徹底してい調べてみることで、これまでに見えてこない新たな歴史観がまだまだ出てくるのではないだろうか。

アメリカ建国という大事業は財政的裏付けをともなわなければなしえなかっただろう。独立戦争の戦費はフランスから借りていた。明治維新の際に新政府が最初に取り組んだことは収入を幕府でなく、新政府に入るようにすることだったわけである。この財政的な裏付けがない限り国家は成り立たないし、軍隊も何かしらの政策を取り組むことすらできない。アメリカ建国時にハミルトンが「権力とは、要するに財布をしっかり握っていることだ」と言ったように。

(3)につづく

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