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復刊ドットコムは女性差別なのか?

復刊ドットコムの方が女性差別の発言を行った、ミソジニーの発言を行ったとして炎上し、記事は削除。復刊ドットコムの社長が謝罪するまでの騒動に発展した。

でも、問題になった復刊ドットコムの澤田氏の発言を読むと、女性批判も女性蔑視もしていないみたいなのだ。最近のリクエストの傾向を聞かれて、澤田氏はこう答えている。

「やっぱり漫画が一番人気かな。特にSNSに抵抗のない若い方のリクエストが多いです。投票数が集まれば基本的には復刊に向けて動きますが、実際にどれくらい需要があって、何冊つくるべきかはクールな目で見る必要がありますね」

澤田氏は、クールな目で見るべきものの例として、サリエーリの著書を挙げる。

「たとえば最近、サリエーリという作曲家の本にかなりの数の投票が入ったんです。不思議に思って調べてみると、どうやらスマホゲームで、彼をモデルにしたキャラクターが出たらしくて。それで彼の著書が注目されたんだけど、ガッチガチの学術書なんですよ(笑)。とても投票した層が好きそうには思えない」

澤田氏は、「女性が」とは言っていない。「投票した層が」と言っている。
「層が」という言い方は、女性を指す時の言い方ではない

でも、女性を批判したということになっている。

「投票した層」とは、「サリエーリという作曲家の本の復刊に投票した層」のことだ。

その層に女性が多かったという情報は、ぼくが見た限り記事内では確認できなかった。

もし本当に澤田氏がミソジニーならば、「とても投票した層が好きそうには思えない」という言い方ではなく、「若い女の子が好きそうには思えない」ってはっきり言っちゃってると思う。

でも、言っていない。

そもそも『FGO』は女性だけがプレイするゲームではない。男女問わずプレイしている。

「FGOのプレイヤー=女性」ということにはならない。なのに、どうして女性批判ってことになっちゃったんだろう?

実は、Togetterのまとめサイトの冒頭で

「復刊ドットコム、女性ファンが多いサリエリや文豪に関する本のリクエストに対して「ソシャゲやってる人(女)がそんな学術書読むわけない」など見下し 

というツイートが紹介されている。つまり、内容を不正確に把握し、不正確に要約したツイートを、冒頭に持ってきたということだ。それが発端だったのか。あるいは、多くリツイートされていたからというのもあったのか。あのまとめを読んだ人は、「ソシャゲやってる女が学術書読むわけないって見下したのか?」と思ってしまうだろう。それで過剰反応の連鎖が起きた可能性は非常に高い。

実は澤田氏は「学術書を読むわけがない」とも言っていない。「ガッチガチの学術書なんですよ(笑)。とても投票した層が好きそうには思えない」と言っている。

あくまでも「好きそうには思えない」である。「買いそうには思えない」でも「読みそうには思えない」でもない。そして「とても投票した層が好きそうには思えない」というのは、「縁遠い」という意味だ。

(あれ、ガチガチの学術書なんだけどなあ。大量に投票した人たちって、学術書なんか、普段から好きなタイプなのかなあ)

という思いが、きっと澤田氏にはあったのだろう。学術書を買うのはこういう人が多い、という経験的なデータも、澤田氏にはあったに違いない。そのデータから引き出された学術書の購入者像と、きっと違っていたのだろう。だから、

(リクエストはうれしいけど、サリエーリの学術書高いしなあ、ソーシャルゲームで初めてサリエーリを知りましたみたいな方が読む本じゃないし、むしろ縁遠い感じがするんだけどなあ)

という感じだったのではないか。

記事内でサリエーリの学術書と言われているのは、『サリエーリ モーツァルトに消された宮廷楽長』である。税込みで3024円

みなさんがオタクや腐女子ではなく一般の人だったとして、普段、3000円の学術書を買いますか?

ぼくはオタク系の人間なので1万円ぐらいだったら普通に買っちゃうけど――こう書いたからといって金額的なマウントをしたいわけではない――、一般論として、一般の方(つまり、オタクや腐女子でない方)は、2000円以上の本になると支出をためらうようになる。つまり、購入しないということが多く発生する。一般の方にとっては、3000円は高い金額なのだ。オタクや腐女子の方がどの金額から支出をためらうかという水準と、一般の方が支出をためらう水準とは、決して同じではなく、むしろ大きな乖離がある。そして恐らく澤田氏は、オタクではなく一般の人の基準でものを言っている。

おまけに澤田氏はこんなことも言っている。

「リクエストをいただくのは男女半々ですが、実際に購入してくださるのは45歳~60歳の男性です。うちの本は数千円、場合によっては数万円って値段になることもあるし、そんなの「いいな、買っちゃおう」ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)。」

これは、「ユーザーはどんな方が多いですか?」という質問に対する回答だ。「ユーザーはどんな方が多いですか?」というのは、「復刊ドットコムを利用するユーザーは、どんな方が多いですか?」という意味である。それに対して、

「リクエストをいただくのは男女半々ですが、実際に購入してくださるのは45歳~60歳の男性です」

これは、

(復刊ドットコムでの今までのデータで言うと)リクエストをいただくのは男女半々ですが、実際に購入してくださるのは45歳~60歳の男性です

という意味だ。つまり、復刊サイトにリクエストする方の傾向に対してコメントした言葉――したがって、サリエーリやFGOについての話ではない――だが、こういう実情があると、ますます、「サリエーリの本をリクエストされてるけど、縁遠い方なんじゃないかなあ」という感想を持ってしまうのではないか。

全般的に、学術書を買う人は少ない。学術書には、部数1000部ってものもある。学術書の部数は、ぼくらが思っているほど高いわけではない。「たったそれだけ?」ということが、結構ある。大きな書店に出掛けても、学術書がたくさんあるコーナー来ると、他の一般書のコーナーに比べて、人の数は目に見えて減る。

一般の人にとっては高いと思える、3000円という値段。一般の人にとっては縁遠い世界に思える、学術書という区分け。定価3000円の学術書というのは、一般の人にとっては相当垣根の高いものなのだ。そういう学術書を買う人の嗜好と、ソーシャルゲームへの嗜好とはそれほど直接的にはつながらない。

ただ、ソーシャルゲームの盛り上がりだけは例外である。ソシャゲで盛り上がって、それが実際のセールス拡大につながる、高額消費につながるということが起きている。

でも、澤田氏は、今回初めて『FGO』のことについて調べている。ソシャゲが引き起こすセールス拡大のことなどは、把握できていなかったのではないか。把握したとしても、初めて知ったレベルなので半信半疑だったのではないか。完全に把握していたとしたら、「じゃあ、買ってくれるのかな?」って期待を込めて思ったのかもしれない。

今回の問題は、ミソジニーではなく、むしろ、担当の方が若い人の事情やソシャゲの事情に疎かったという問題ではないのか。ミソジニーではなくて、よくある「最近のことや若い人のことがわからない」っていう、無知の話なのではないか? 「オタクや腐女子の方の購買姿勢や支出の基準がわからない」という無知の話なのではないか?

そんなふうに感じる。したがって、あの記事に投げかけるべき言葉はミソジニーだという批判ではなく、「軽くFGOを楽しんでいる人間ならともかく、どっぷりFGOにはまってる自分たちは学術書だって買うんだ! おれたちオタク&わたしたち腐女子を舐めんな! おれたち/わたしたちの顧客像を修正(アップデート)しろ!」だったのではないか。

でも、Togetterのまとめ記事が、「女を見下して」「買うはずがない」と決めつけている、と誤って決めつけた」ツイートをまとめの冒頭に持ってきてしまった――あるいはその、内容を不正確に把握したツイートが数多くリツイートされてしまった――そして、そのツイート(の女性差別と言われた部分、女性が学術書を買うはずがないという部分)に反応する心理的要素を多くの方が持っていたために、「女を見下している」「女が学術書を買うはずがないと決めつけている」という誤った情報が広まり、炎上した……そうぼくは推測している。

澤田氏はあくまでも「復刊ドットコム」でのことを話したのだけれど、「復刊ドットコムのお客さんで言うと、●●である」という話ではなく、「一般的に女性は――」「一般的にソシャゲユーザーは――」のように誤って範囲を個別から一般へと広げたものに対する指摘として捉えられてしまったことが、さらに炎上を大きくしたのだろう

21世紀前半は、個人がどんどん道徳警察になっていく時代に突き進んでいる。道徳警察は、性差別に対して過剰に突き進んでいる傾向がある。道徳的な判断を下す時、特に道徳警察は牙を剥く。今回の事件も、それを示す1つのものだったのだろうとぼくは捉えている。

追記

もう2つ関連した記事を書きました。
無知と未経験と厳密さの問題~復刊ドットコムは女性差別か2~です。問題になったインタビュー記事は、厳密には読まれていないようです。「女性は学術書を読まないと見下している」という解釈には、解釈上の誤りがあるようです。インタビューを厳密に読むと、やはり「女性を見下している」「女性は学術書を読まないと見下している」と言うのは難しい。厳密に解釈するとどうなるのか、厳密に解釈するとはどういうことなのか。そのことについて詳説してあります。

さらに、実際のやりとりをほぼ全部引用し、どの一節でどんなふうに批判する方が反応していったのかを再現したのが「解釈の違いはどのように生じていったのか?~復刊ドットコムは女性差別か(3)」です。「なぜ、女性差別だと解釈してしまったのだろう? どこで、どんなふうに解釈を間違えていったんだろう?」という疑問に迫っています。こちらも併せてお読みください。

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