裕而からの返事への金子のリターン 文通へ

金子が思い切ってサーブを送った球が、裕而が返しました。
何と留学の援助まで書いてあり、曲を作って贈るとまで。
それを受けて、金子はそのリターンを返します。
場所は、東京の阿佐ヶ谷、お姉さんの家です。
病気のお姉さんの手伝いに来ていたのです。
今日は、神田神保町の古本屋から、前から欲しかった「独唱の仕方」を買ってきました。さらに、銀銀座に出て、憧れの不二家のシュークリームを三つお土産に買ってきました。
そこに、お姉さんから、「金ちゃん宛に手紙が来てるわよ。そこの茶箪笥の上に置いてあるわ」
という声
「さっきちょっと熱が下がったようで楽になったから、お手洗いに立ったついでに郵便受けを見たんだよ。古関さんて誰だい?」
「福島県川俣町 川俣銀行内 古関勇治」と決して達筆ではないが、味のある字の名前
これが古関さんの字なのだ、と思うと返事を貰った嬉しさがこみ上げてきた。

封書をしっかり胸に押し当てて、思わず小躍り。
「誰なの? いい人?」
「違う。でも素晴らしい人よ。国際コンクールに入選した新進の作曲家なの」

家事が終わってから、手紙を読み返します。
音楽に対するひたむきな情熱が感じられます。親身なアドヴァイスが嬉しい!

自分もこの人に負けないように頑張ろう。追いつけなくとも、付いて行けるように頑張ろう。
同じ道を歩む、気持ちの通じる友がいる。
金子さんはペンを執ります。

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貴方のおたより私はほんとうに嬉しく拝見いたしました。
貴方を知り得たということは、私の一寸したウィットからにもよりませうけれど、それ以上に不思議に運命の糸をあやつる神(?)の力によると考へられます。
 あの新聞紙が私の手に入り私の目に、心にしっかりと止り、更に思ひ切って差し上げたお手紙により貴方が御返事下さった。偶然と云いませうか何て言いませう。狭いようでも広いこの世界にこうして結ばれた魂と魂(結ばれたといってよいと思ひます。)

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こんな言葉、この時点で言ってもよいものでしょうか?!そこが金子さんらしい大胆さ
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 お互いが真剣に生一本な心持だったら、一致した時、必ず偉大な技術を産み出すことが出来ると信じます。私は固く信念します。それならばこそ今迄悩みながら押し切ってきた私の心に光明が感じられ希望が輝きはじめたのでございます。何と嬉しい事でせう。私は幸福で堪らなくなりました。きっと私はより以上勉強することが出来ます。今迄でもしたかったのですけれど、書を家へ残して来ましたので。

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ここで金子はちょっと筆を置いたようです。
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 しかし今日は神田で一寸した本を見付けて来ました。もう全部読み終へましたから明日から少しづつその中の歌ひ方の研究をするつもりです。貴方もよく御勉強なさる御様子、まことに嬉しく存じます。何と申しましても天才も努力でございますものね。私など最初楽譜を書くのを美術的になどと考へまして今から考へると馬鹿らしい時間の空費をいたしました。しかしそのためによく夜の二時までになりました。こちらに来ましてからは大抵十二時過ぎ位に眠ります。

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時計を見ると一時だったようです。
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朝は五時に起床、一時間ばかりを読書やら色々書物の整理をいたします。しかし貴方が二時三時までもお寝みにならないと承りますと自分が不勉強のやうな気がいたします。睡眠時間は三時間あればよい、と仰る方もありますが、しかし私共はやはり体に毒ですから十二時か一時までだと思ひますが。こう申し上げる私が時々それを破ってゐるのですから。ほんとうに熱です。私もそう思ひます。不断の努力は必ず認められる時が来ると思ひます。色々とお教え下さいまして有難うございます。こうした事に私の心は一層励まされます……

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金子は居眠りをしてしまったようです。
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 貴方が髪を伸ばしてゐらっしゃらない事、私の予期してゐた事です。ピカピカヴアレンチノを気取ったモボ、人格的な輝きはゼロと思ふ。人間の真の美は精神美である。ほんとうに信じます。頼ります。一年でも二年でも。ドイツ語を少しやりかけた。声楽を理論的に根本からやりなほす。業界をアッと云はせたいーー。

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勇治は戸惑います。手紙がここで終わっていたからです。字も文章も乱れ、病気にかかっているのだろうか。心配になった勇治は、早急に返事をしたためます。
 ふたりの文通が始まります。

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