五通目の裕而と金子の手紙

私の初めて知り得た芸術の友・内山さんを、私の力で、私の親友として、世界楽団の先端を行く、偉大なる、最大の声楽家としたい。私は貴女に、最大の期待をかけております。
 そして地方の町でひとりで勉強なさる貴女の寂しい姿を想像して何とかしてあげたいという心でいっぱいです。独学の辛さがわかるのです。
 私も今まで独学を続けてきました。
「和声学」「対位法」も楽器なしで、ひとりで研究しました。ちょうど美術家が、カンバスも油絵具もなく、本で勉強するのと同じようなものです。私の背中を後押ししてくれたものは、音楽の情熱です。
 貴女も、熱を、情熱をもって勉強なさい。
 天は自ら助くるものを助く。神はきっと貴女にいつか、その情熱に値するものを与えてくださるでしょう。
 私を信じてください。

 貴女とのお約束の写真、お送り申し上げます。和装と洋装と二枚、同封します。
 田舎者で見苦しく、恥ずかしいのですが、なにとぞ、友としてとこしえにこのつまらない写真をお持ちください。
 貴女のお写真、一日も早くお送りください。
 待っています、本当に。
 もう彼岸ですね。私の住む町にも、春は訪れようとしております。木々の若芽も萌えてきました。青い空は高く澄み切って、子どもたちが遊ぶ凧がその中を小舟のごとく走っています。
 もうすぐ出会いです。貴女との。そう思うだけで、気が進みます。
 春の気持ちで、二人はこれからも進んでいきましょう。貴女よりのお手紙とお写真をお待ちつつ、筆を止めます。

                         古関勇治
 親友 内山金子様

※※※
勇治からはもう五通の手紙を受け取った。金子も五通返事を書いた。
高女を卒業して以来、宙ぶらりんの生活が続き、金子はこの先、どうなるのだろうと、途方にくれる思いをしていたのですが、勇治の手紙にすくわれたような気がします。
手紙を読み、手紙を書いているときは、夢をみているようです。

※※※
お手紙とお写真、いただきました。
本当にありがとう存じました。とてもお若く見えますが、非常に落ち着いていらっしゃるようにも感じられました。機知に富んだユーモアを飛ばしそうな…。
和声楽を独学でおやり遊ばしたとのこと、どんなに困難なことでしょう…。
私の写真も差し上げましょう。家に戻ってからになりますので、もう少しお待ちくださいませ。
お互いにますます励みましょうね。でも、勉強、過度になりませんように。お気をつけ遊ばしてくださいまし。お返事、お待ちしています。
                             
                             内山金子
※※※
せっかく東京にいるのだから、東京在住の著名な作曲家・中山晋平に会いに行ってはどうかと裕而が書いてきたとき、金子はそんなことができるのかと驚いてしまいます。

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