味のある本(ショート・ショート)

「味のある表現」とか「味のある作品」という表現があるが、技術が進歩していよいよ「味のある本」が開発された。読書を終えたあと、気に入ったシーンのあるページを食べると、そのシーンにぴったりな味がするのだ。私はよく恋愛小説なんかを読むのだけれど、ヒロインの感情がありありと表現されたページを食べるのが好きだ。甘酸っぱくて、ほろ苦い、切ないってこういうことだよねと思わせてくれる味がする。
中学校の友人もよく小説を読む。同じ本を読むことも多く、お互いに薦め合ったりする。彼女に感想を聞くと、意外と食べたページが違ったりして面白いのだ。それでも一番感動するシーンは一緒で、「あのシーンは甘かった!」なんていう感想を交わすのだった。
「お前らほんとそういう浅いのしか読まねーよな」
私達が本の感想を言い合っていると、クラスのちょっと賢くていけ好かない男子が見下したようにそう言い放った。
「もっと長くて深い本を読めよ」
「いいじゃない、何読んだって」
ね、といって二人で笑い合う。その様子をみてむすっとしながら、彼は誇るように言った。
「俺はいつもそんな薄っぺらなのの十倍はする本読んでるからな。今日発売の新刊も今夜読み切るぜ」
「えっ、あの本読めるの」
今日発売の新刊というと、芥川賞作家の超大作だ。私はいつかその作家の本を読むことに憧れていたので、彼に嫉妬心を覚えた。
「余裕だろ。お前らには無理だろうけどな」
「あ、あたしも読むよ!今夜中!」
「おう、いいぜ。明日感想を聞かせてもらおうじゃん」
そういうと彼は満足気に立ち去った。
言ってしまった。あんな大作、読めるのだろうか。しかし言ってしまったことはやらねばならない。
私は放課後のチャイムが鳴るとすぐに教室を出て、本屋に直行した。列に並ぶとすぐに買えて、帰ってから一晩中その本を読んでいた。
超大作というから身構えていたが、意外と読みやすく、そして面白い。さくさくとページが進み、泣いたり笑ったりしながら最後のページを読み切ると朝になっていた。
私は達成感に包まれて伸びを打つと、ハッピーエンドのシーンを食べた。とても爽やかで気持ちの良い感覚が胸に広がった。
そのまま登校すると、彼は欠席していた。昼休みを過ぎてからやっとクラスに現れた。その顔は青ざめていた。
「わたしちゃんと読んだよ!どうだった?」
彼に駆け寄って私が話し掛けると、彼はいまにも戻しそうな声でこう言った。
「いやぁ、なんていうか、重厚感があって、胃もたれがしたよ」

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