半減期1570万年は危険か?
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いろいろ不安の種は尽きないらしい
ALPS 処理水の海洋放出から二週間が経とうとしているが、いまだに不安視する声が根強い。しかも不安の原因がころころ変わるので一個ずつつぶしていくのは大変だ。しかし放射線に関係する不安は正しい知識を簡単に理解することで克服できるものと信じているので、わたしは知識あるものの責務として丁寧に説明していく所存である。
それで昨今のトレンドは半減期が長いとより不安だということらしい。Twitterでは「それ逆w」と一蹴されているが、なぜ逆なのかきちんと説明をしている者はすくない(もっとも、ちゃんと説明するわたしが酔狂だとは思うが……)。そこで今回は半減期の長さと放射線との関係について述べていこう。
放射線が出るのは崩壊するとき
これは私の想像なのだが、放射性物質が放射線を出すときのイメージがこの絵のような感じだから不安なのだろうなと思う。
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つまり放射性物質は存在し続ける限り危険な放射線を乱発し手がつけられないといった感じだ。しかし現実には違う。放射性物質は、1発かせいぜい2発しか放射線を出さない。それはなぜだろうか。
ここで大事なのが放射線を放出するメカニズム、すなわち放射性崩壊だ。放射性物質は、自身が確率的に放射性崩壊するときに放射線を出す。α崩壊したらα線、β崩壊したらβ線が一本発射される。そのあとまだエネルギーが余っていたら、その余ったエネルギーをγ線として放出し、大抵はそれで落ち着く。
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なぜ落ち着くのかというと、放射性崩壊をしたら核種が変わるからだ。もう少し説明しよう。例えば話題の半減期1570万年の核種であるヨウ素129だが、β崩壊したらヨウ素129原子核のなかの中性子が陽子に変わってキセノン129になる。そしてキセノン129はもうこれ以上崩壊しない=放射線を出さない安定した核種だから、もう放射線は出さない。
つまりヨウ素129は、1570万年にわたって何千発とβ線のビームを出し続けるのではなく、一度崩壊して放射線を出し終わったらそもそもヨウ素でいられなくなり、もはや放射線を出さなくなる。
半減期と放射線
ちょっとクイズを挟もう。細胞分裂に関するクイズだ。
ある細菌は1秒経過するごとに2倍になる。その細菌を培養環境のととのった瓶に放置したところ、60秒後に瓶からあふれた。
では瓶の半分が細菌で満たされるまでに何秒かかるか?
このクイズがなんの関係があるだろうか。実は放射線に関係する時間の計算は、数学的にこの細菌と同じ考え方を使うのだ。
さて、半減期とは放出される放射線が半分になる期間と考えてもらってもいいが、もっと正確な言い回しがある。例えばヨウ素129の場合、ヨウ素129を集めた瓶を放置しておいて、瓶の半分がキセノン129になるまでにかかる時間と考えてもらえばいい。
ヨウ素129の場合、半減期は1570万年と言われている。ヨウ素129は崩壊するとキセノン129になる。そして放射線は放射性崩壊が起きたときにしか放出されない。つまり「半減期1570万年」を言い換えると、1570万年経ってやっと半分が放射線を放ってキセノン129に変化しており、それでもまだ半分は放射線を放っていないヨウ素129のママということだ。
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例えばヨウ素129を100g集めたとして、50gが放射線を放出してキセノン129になるのに1570万年かかる。もっと遡って、25gが放射線を放出するまでにかかる時間は785万年。12.5gが放射線を放出するまで約390年。この調子で計算していくと100g中約1gが放射線を放出するまで17年か18年くらいかかる。集めたヨウ素129のうち1%が放射線を出すまでに17年くらいかかるということだ。もちろん99%のヨウ素129はまだ放射線を1発も出していない。
お気づきかと思うが、放射線に関係する時間の計算は倍々ゲームで、普通の足し算引き算とは感覚が違う。本節の冒頭で出したクイズのように時間感覚が多少直感に反するのが放射線に関する時間計算だ。
では逆に半減期が短いとどうなるのか。例えばストロンチウム90は半減期約29年とヨウ素に比べて随分短い。つまり29年でストロンチウム90は半分になるということであり、100gあつめると30年以内に50gが放射線を放出する。ヨウ素129は1%が放射線を出すまで17年くらいかかるというのに、ストロンチウム90はそれと同じくらいの期間で半分が放射線を放出するのだ。
半減期は短いほうが短期間で多くの放射線を放出するということがわかるだろう。
しかしながら、そのぶん短期間で多くの放射性物質がなくなるということでもある。半減期の短い核種は、たしかに最初は強い放射線を出すが、すぐに弱っていくので心配すべき時間も短くていい。
まとめ:半減期が長いとゆっくりちまちま放出する
これまでの話を総合すると、放射線を放出するのは原子核崩壊が起きたときだから、放出するたびに放射性物質そのものがじわじわ減っていくのだった。放射線の強さとは(実はさまざまなファクターが絡んではいるのだが)単純に考えると1秒間に放出する放射線の多さであるから、半減期の長い物質は弱い放射線を長い期間チマチマ出して、長期間のこるということになる。
反対に半減期が短いと、最初は強い放射線を出すが半減期もすぐ来るのでみるみる弱くなっていき、短い期間で放射性物質そのものが無くなっていくということになる。
まとめると
半減期が長い:長い期間弱い放射線を出すがあまり弱らない、長期間残る
半減期が短い:短い期間強い放射線を出すがすぐに弱る、残る期間は短い
こういうことになる。
結論としては放射性物質は放射線を出す度に徐々に減っていくし、半減期の長い放射性物質はそんなに強い放射線を出さない。これだけ理解してもらえれば幸いである。
正しい知識を身に着けて不安に立ち向かう
福島第一原発事故は悲惨な事故であり、絶対にあってはならないことだ。これは私も強く思う。しかし、もう干支が一回りしようという今日において、事故直後のような怖がり方をする必要は一切ないのも同時に正しい。放射性物質は自然に現象してゆき、いずれ安定同位体に置き換わる。
正しい知識を身に着けていれば、一生不安に駆られる必要はない。この記事がその手助けになればと小さく願っている。
興味のある人向け:1秒間あたり放射線を打つ回数
ではこれを1秒間あたり放射線を放つ回数になおすとどうなるだろうか。
ここからチマチマした計算をするので、本文中の解説で満足したひとは無理して読む必要はない。
物理屋がよく使う便利な近似として、1年~円周率×1000万秒というものがある。興味のある方は厳密な計算と比較してみてほしい。今回はそこまで厳密な計算をしないので、1年は3000万秒くらいとしておこう。
1570万年を秒に直す。するとだいたい4.7×10^14秒くらいと出る。まあ5×10^14秒でいいか。で、1570万年で半分になるものは、1秒あたりどれくらい減るか。1秒あたりx倍(0<x<1)になるとして、xの5×10^14乗が1/2に等しいと計算しよう。すると答えは1/2の5×10^14乗根となる。要するに2の5×10^14乗根分の1ということだ。
こんなチマい計算は全部Wolframという優秀な電卓にやらせよう。結果はこうなった。
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まあほとんど1に近い。ではこれを1の分母にもってくるとどうだろう。
![](https://assets.st-note.com/img/1693801182494-Lj3Ys27o0i.png)
Wolframがサジを投げた。まあでもこれで計算するしかない。
例えばヨウ素129が129gくらい集まった瓶を考える。1モルは、高校で習ったひともいるだろうが6.02×10^23個という個数を表す。129gのヨウ素129=1モルのヨウ素129というのは、要するに6.02×10^23個のヨウ素129原子が集まったものと考えて良い。
では1秒間にこの中のどれだけが崩壊し、放射線を放出するのか?
ここで有理近似があるのでそれをありがたく使わせていただくことにしよう。Wolfram曰く、5000000000000006931個のヨウ素129があったら、それが一秒後に5000000000000000000個に減っているとのことだ。とすると、1モルのヨウ素129があったら800000000個ほど減っていることになる。つまり1秒間に800000000発(8億発)の放射線が飛んでくるだろう。
これが多いか少ないか? これを判断するのにベクレルという単位を使う。ベクレルとは、もはやそのまま1秒間当たりに放射性物質の原子核が変化する回数(回/秒)を表す単位だ。とすると1モルのヨウ素129は800000000ベクレル(8億ベクレル)ということになる。ああ、まあまあな数字になったな。
これだけでは半減期とベクレルの関係がわからないので、別の核種で計算してみたい。しかしWolframのサポートがあるとはいえもうこんなチマい計算はしたくない。
と、ここで便利なサイトをみつけた。
なんだ、これでいいじゃん。
試しに1モルのヨウ素129は何ベクレルなのか計算させると
![](https://assets.st-note.com/img/1693803398140-dpQsSuk479.png)
8億4300万ベクレルと、とりあえず手計算と矛盾しないことはわかった。
それなら、もっと半減期の長いやつと、もっと短いやつを比べてみよう。
長い半減期の代表としてはカリウム40が挙げられる。たいていバナナとかにたっぷりはいっている。(とはいえバナナ1本程度では影響が計算できないほど小さい)
![](https://assets.st-note.com/img/1693803448447-KxNTSTT4zE.png)
ヨウ素129と比べて1モルあたり1000万ベクレルと随分減った。やはり半減期は長いほうが1秒あたりの放射線発射数が少ない。
では半減期が短いものはどうか。ストロンチウム90は半減期が29年くらいなので、ヨウ素129やカリウム40と比べてもダントツで短い。計算してみよう。
![](https://assets.st-note.com/img/1693803540483-HAQUzcVDmt.png)
ざっくり450兆ベクレルということになった。やはり半減期は短いほうが1秒あたり崩壊数は大きい。
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