かけがえのない人を失った時に読んでください

出会いが突然訪れるように、別れも突然訪れる。
多くの人は、とても楽観的に生きるため、目の前にいる人と再び会えることを当然のようにして、ひと時の別れを告げ、再びの再開を待ち望む。
大抵の場合は、再びの再開が無事に果たされるため、人は誰かと過ごす時間を当然のように再び経験できるものとして日々を過ごす。

だが、運命というものは時として残酷である。

昨日までは、前に会ったときまでは、当たり前のように元気であった人についての、突然の訃報を受けることがある。
そんな時、人は初めて後悔するのだ。
もっと、ああしておけば良かったと。

人間は都合の良い生き物で、自分の都合の良いように考えるため、例え誰かと何かがあっても、それは自分の責任ではなく、次に会った時にはうまくいくはずだと考える。

筆者は楽観主義者だという認識はあるが、人との出会いや別れについては悲観主義者だ。
毎日会うような人でも、ある日突然、前に会ったときが最後であることを告げられるとも限らないと思っている。

筆者もそれなりの年月を生きてきたので、これまでかけがえのない人との永遠の別れを経験してきた。
残念ながら、筆者が永遠の別れをした人の中に、その人が亡くなる前に十分な会話や別れの挨拶をした人はいない。
永遠の別れをした人は全て、「また次に会える」と思ってひと時の別れと、近い再会を誓ったにもかかわらず、再びの再会は果たされなかった人ばかりだ。
特に筆者の祖母との永遠の別れについては、「もしかしたら、これが最後かもしれない」と悲観的に思ったものの、いざ永遠の別れのときを迎えると、「まさか」と思ったものだ。

そんな筆者なので、筆者は近親者だけではなく、友人に対しても、可能な限りの精いっぱいの接し方をする。
また会った時に恥ずかしくない別れ方と、また会えなくなるかもしれないための最大限の接し方をしようと・・・


2020年の新型コロナワクチン騒動の際に、筆者はいち早く、このワクチンの危険性に気付いて身の回りの多くの人に警告を鳴らしたが、その大半は「陰謀論者」として片付けられてしまった。
本当に陰謀論であれば良かったが、中には本当に一生の別れになってしまった大切な友人や仲間もいた。

筆者は新型コロナワクチンに限らず、様々な分野の世の中の闇に触れてきたため、その闇に飲み込まれて、本来生きられる寿命を全うできない人を数多く見送ってきた。
新型コロナワクチンを多くの人が接種するようになった2021年からは、筆者にとっては地獄が始まったかのように、多くの人が早すぎる死を遂げるに至っている。

この記事を書いている2024年8月20日には、声優の田中敦子さんの訃報が報じられた。
田中敦子さんは、低くて落ち着いた声で渋くてカッコいい女性の声を演じた素晴らしい声優だ。
彼女が演じた、葬送のフリーレンのフランメは筆者に多くの教えを授けてくれた人生の師匠のような存在であり、その声を担当してくれた田中敦子さんはまるで筆者の師匠のような人だと思っている。
田中敦子さんは実際に筆者が会ったことのない人だが、毎日のように彼女の声を聞き、次の作品でも彼女の声を当たり前のように聞けると思っていた人の中の一人だ。
田中敦子さんは、その落ち着いた、いわゆる、「いい女」声で魅了してくれたアーティストであり、61歳で生涯を終えたという早過ぎる死に涙するしかない限りである。


筆者は社会の様々な闇を暴く活動を細々とやっている。
その理由は、社会の闇によって、あまりにも多くの人々が犠牲になっているからであり、それらの犠牲者は、本来であればもっと長く人生を謳歌出来たはずであるにも関わらず、その人生を短く閉じてしまうからだ。

多くの人が本来生きられるべき天寿を全うせずに早くに命を落とす例が散見される。
新型コロナワクチンの接種が始まってからは、それが幾何級数的に加速してしまった。
今日も一つ、かけがえのない命が早々に失われてしまったということに涙せざるをえず、このような死をひとつでもなくしたいと願い、それを実現するための活動をしながら、この記事を書いている次第である。


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