読書記録

蒼月海里『水晶庭園の少年たち 翡翠の海』
2023/1/4
中学生の頃に好きだった「幽楽町おばけ駄菓子屋」の作者の作品。前作として『水晶庭園の少年たち』があるらしいが、それを見落とし、シリーズ二作品目から読んでしまった。(が、そこまで支障はなかった)
鉱物の醸し出す透明な鮮やかさ、「石精」という神秘的な存在が小説をきらきらと彩っている雰囲気を受ける。登場人物たちはどれも穏やかで、ストーリーも大きな波乱はないため、さらりと心地よく読むことができた。相変わらず蒼月さんの作り上げる世界観は素敵だと思った。
各所に散りばめられた鉱物や地学の知識も面白いが、やや説明が説明らしすぎるような気もした。セリフに関しては実際に大人たちが主人公に"教えている"シーンが多いので、この形で正解なのかもしれないが、地の文だったり主人公の問いかけについては、教科書に載っているような「お話の形をとった学習」というような印象を強く受け、物語からは少し浮いているような雰囲気をうけた。また解説部分に力を入れたのか、情景描写もそこまで凝ったものではないように感じた。
本作には全三話が収録されていたが、どれもストーリー展開が比較的スピーディーで、ともすれば少し物足りない気もした。だが言い換えれば先ほども言ったようにさらりと読めるということなので、鉱物の美しさを味わうには良いのかもしれないと思った。スラスラと読んでいく中で、それぞれの鉱物の煌めきが印象として残っていき、実物を見たいと思わせる。ストーリーを味わうというよりも、エピソードを交えた鉱物鑑賞という感覚で読むと一番楽しめるのかもしれない、と個人的には思った。
世界観の掘り下げに関しては、前作や続編(特に前者)を読んでから判断したいと思う……というより、前作を読まないと判断できないのだが。
全体的に、透明感と、いい意味での軽さが心地良い小説だった。ずっしり重い小説たちを読む合間の箸休めとして、たまにはこういう作品も良いなと改めて感じた。

蒼月海里『怪談喫茶ニライカナイ』
2023/1/4
そうそうこの感じだよ、蒼月さんの小説は!!……と、読み始めて数ページ、そんな偉そうな感想を抱いた。「夢の残滓」(本文p5)や、「やけに綺麗な浅葱色の蝶々」(本文p9)など、幻想的でややオーバーで、そして和を感じさせる表現と、それによって紡がれる怪異たち。一つ前に読んだ『水晶庭園の少年たち 翡翠の海』(以下、『水晶庭園』と略す)とは異なり、情景を思い浮かべるとともに、物語にぐっと入り込んでいけた。(ただ読みやすさは『水晶庭園』と共通しているので、こちらも割とさらっと読めるだろう。)
この違いの理由の一つには、主人公の年齢設定があるかもしれない。『水晶庭園』は中学生を主人公としていたのに対し、こちらは成人男性。主な登場人物も大学生だったり社会人だったりと、全体的に年齢層が高く設定されていた。思い返すと、かつてはまっていた「幽楽町」シリーズも主人公は大学生、物語のメインとなる駄菓子屋の店主も大人びた人物として書かれていた。となると、もしかして蒼月さんの得意分野はこちらの年齢層なのかもしれない……そんなふうに思った。中学生が「残滓」だとか「浅葱色」だとかの言葉を使っていたら流石に違和感があるし、薄暗く背筋がぞわぞわするような、人の闇を感じるような世界観は、ある程度の年齢の人物を主人公としたほうが作りやすい。蒼月さんの(私が思う)一番の魅力は、少年を主人公としたときには最大限発揮されていなかったのかもしれないと思った。
もう一つとして、『水晶庭園』のような理系知識の解説がほぼ登場しないものだったからかもしれないと思った。なんらかの知識、特に理系の知識の解説は小説に一気に現実味を与える、と個人的には思う。少なくとも、幻想的な雰囲気は多少薄れてしまうだろう。反対に、神道や伝説、民俗的な話題や知識で固めると、仮に説明チックになっていたとしても、その幻想的な雰囲気はあまり壊されない。むしろ、補強されることだってあるだろう。本作は「ニライカナイ」だとか「海神」だとか、あるいは「常世」だとか、全体的に神秘的な話題で満たされていた。そのおかげで、現実世界に引き戻されることなく、幻想的で怪しい「綿津岬」の空気に浸ることができたのかもしれない。
全体的にとても好きな雰囲気の小説だった。人の悪夢が、トラウマが怪異となって現れるという設定や、綿津岬の神社に、そして綿津岬自体に隠された秘密が暴かれていく時の悍ましさ。……とは言え、恐ろしくて目が冴えてしまうだとか、海や神社が怖くなるだとか、そこまでではない、あくまで楽しめる範囲の適度な怖さ(もちろん十分ホラーではあったが)であったため、同時に鍵を握る登場人物である「浅葱」や彼のいる喫茶店「ニライカナイ」の持つ、仄暗く、神秘的でありながも穏やかな雰囲気や、蒼月さんの綺麗な文章も楽しめた。
何より浅葱……彼がとても好きな人物像をしていて……良いね……。
続編があるとのことなので、是非とも読みたいと思っている。

恩田陸『不連続の世界』
2023/1/7
良い温度感の小説を見つけてしまった……! 
というのが第一の感想。
主人公は冷静で、どちらかと言えば「冷めている」ようなキャラなのだろうが、世界を斜に構えて見ていたり、人々との関わりを極端に嫌ったり避けたりすることもない。友人は普通にいるし、仕事(レコード会社のプロデューサー)もきちんとこなしている。だがどこか浮世離れしていて、人との間に何かしらの距離がある。ただその距離感は決して不快なものではなく、あくまで彼が色々なものから自由な人間なのだ、という印象を与えるだけで、むしろ心地良い。そんな彼の人柄が小説全てに行き渡り、小説自体もちょうど良い温度感と距離感で読者に物語を語ってくれているような、そんな印象を受ける小説だった。ある意味では優しい小説かもしれない。無干渉な優しさというか、そんな感じ。
もう一つ、主人公多聞の特徴として、飛躍しがちな連想、というのがある。本文p11に「多聞の連想には脈略がないとよく言われる。」と書いてあるように、時に主人公の多聞の連想はかなり自由に広がっていく。だがそれも、読者がぎりぎり追いついて行ける自由さであるので、訳のわからなさだとか、突拍子のなさと言ったものはあまり感じない。前段の距離感の話と同じように、こちらも「あくまで彼が色々なものから自由な人間なのだ、という印象を与えるだけ」だった。むしろそのふわふわと自由に飛んでいく思考についていくのが楽しいくらいだ。ちなみにこの楽しさは一編目の冒頭部分でもっともよく味わえると思うので、もし気になった方は手に取ってみてくださると良いと思う。
裏表紙のあらすじ部分には「トラベル・ミステリー」と記されていたので、てっきりなにか一つの事件を旅をしながら解決していく、という形の小説なのかと思っていたら、実際は五つの短い怪奇譚が集まっている形の短編集であった。こちらの形の方が好きなジャンルなので、思わぬ幸運というか何というか。ちなみに内容としても、各短編の始まり方、また、解決の対象となる謎自体はミステリーというより怪奇譚、都市伝説と言った方が近いような気がした。一見怪奇現象のような謎が、結末ではきちんと現実の現象としてうまく説明がつき、着地している。だが全てが解決しきるわけではなく、謎の一部は謎のまま、薄気味悪く、薄寒く残ったままだったりもする。特にはじめの二編、「木守り男」と「悪魔を憐れむ歌」はその印象が強かった。そのせいか、やはり「ミステリー」という表現はあまりしっくりこないな、と思った。ミステリーとホラー小説の中間と言ったところだろうか。(もっとも、あとがきで恩田さんご本人が「私なりのトラベルミステリー」とおっしゃっているのだから、これはミステリーなのだろうが。)ちなみに、この雰囲気は大好物である。
さて、本小説内でとても気になった箇所があった。以下に引用する。

しかし、昨今ますます実録怪談が隆盛を極めているのは、むしろ古典的なゴーストストーリーや呪いの話が、郷愁をそそり誰もが共有できる安心感を持っているためなのではないだろうか。これだけ世界が細分化されてしまい、世代間やグループ間の価値観の差異が顕著になってしまうと、共有できるのは恐怖感だけなのかもしれない。

恩田陸『不連続の世界』本文p265〜266

恐怖というのは防衛機能の一つなのだから、人間の本能的な部分にかなり近い感情なのであろう。そう考えると、価値観が違う人同士でも、恐怖感なら共有できる、というのことはとても納得できる。ただし日本と欧米の恐怖感にはズレがあるので、欧米の人が日本の怪談を聞いたところで、郷愁や安心感を覚えるとは思えない。となると、本能的な部分ではないところ、例えば小さい頃の親からの話だとか、それこそ読んできた怪談だとか、そういう経験からも郷愁や安心感を覚えるのだろうが、「これが怖いものですよ」と誰かに教えられた記憶もないし、どこかでその恐怖感を体得した、みたいな記憶もない。「これこれこういうシチュエーションの後では、登場人物が何らかの害を受ける」という経験の繰り返しで恐怖感が身に付く、ということだろうか。そうなると、ジャパニーズホラーを見まくって育った欧米人(欧米で生活している人、という意味で)は、日本人と同じ恐怖感を抱くようになるのだろうか?考えたり、調べたりしてみたい話だな、と思った。
恩田さんのホラー・ミステリーはやはり肌に合うなと思った一冊だった。人にお薦めする本の本棚に、また一冊本が増えたのが嬉しい。
主人公が登場する別作品もあるらしいので、そちらも読んでみたいと思う。

鯨井あめ『晴れ、時々くらげを呼ぶ』
2023/1/22
全体的な透明感はそれなりに好きだった。ラストのミズクラゲが降った時の街の描写も美しく、なかなかに良いと思う。また、自分の人への向かい合い方について、見つめ直させられるような箇所もあった(これについては後述する)。

筒井康隆『旅のラゴス』
2023/2/10
旅程で『旅のラゴス』を読み終えた。なんだか良いですね。
文明が一度崩壊したあと、人々が超能力に目覚めた世界を旅する一人の男、ラゴスの物語。語り手であり旅人であるラゴスは理性的で、旅慣れていて、頭も良く性格もなかなかに良さそうだ。

川端康成『古都』

森見登美彦『きつねのはなし』

安部公房『砂の女』

内田百閒『第一阿房列車』

背筋『近畿地方のある場所について』
2024/5/27
話題になりすぎなくらい話題になっているホラー作品。いわゆるモキュメンタリーの部類だと思う。断片的な資料・記録・合間に挟まる語りによって、事件や現象の全貌や正体が見えてくるタイプ。
いやあ面白かった。モキュメンタリーにはまっているというのもあるのだが、「この人物ってさっきの新聞記事のあの人か……?」とか、「ここに出てくるこのアイテムってあれで言及されてたやつか……?」とか、追っていくうちに自然と読者にも真相の輪郭が見えてくるような書き方、すごく上手いなと感じた。没入しながら、時に十数ページ遡って前の記述を読み返しながら、頭をフル回転させて考察して読んでいく読書体験。ただストーリーを追うだけでなく、自分もその事件を追いかけているような感覚になれて、(怖いながらも)ワクワクしながら読むことができた。
あとは怪異の内容。詳しい正体は言えないが、単なる人間の恨みつらみの幽霊騒動ではなく、人間が逆らえない、圧倒的な”ナニカ”の存在を匂わせる作品、「ああ、これはもう人間如きじゃどうしようもできないね……」となるようなものが好きな自分にはとても刺さった。(民俗学的ホラーというのだろうか)
文庫本ではない本を一日で読み切ってしまったのは久しぶりだった。それくらい没入でき、面白い作品だった。少しでも小耳に挟み、気になっている方にはぜひ、最後までの購読をおすすめする。

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