酒場のカフカ

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ネッシーは生きていた! 24.07.27

東京のど真ん中に大きな湖がある。 真夜中だって車が行き交い、高層ビルが不健全な眩さを放つこの町で、 ポカンと穴が空いたみたいにその湖は存在する。 湖の淵に佇んでいると、心は穏やかだ。 暗くて静かなのが、いい。 ぼーっと体育座りをしていると、ゴポゴポゴポ……っと音がして、 湖底から何かが近づいてくる。 硝子のネッシー。 みんなが想像するよりは小さくて、せいぜいスワンボートを一回り大きくしたくらいの、透明な"ネッシー"だ。 ネッシーは、私をみつけると嬉しそうに頬擦り

    • 17%フィクション 20.5.11

      夜の梅田の街は、人が多くて賑やかで、孤独だ。 「おったわ」 その喧騒の中で、見知った声と匂いを見つけた瞬間は何にも代えがたい安心感がある。 大阪駅の連絡橋出口。 ガラス張りになったフロアからは、駅のコンコースを行き交う人々やその人々を乗せて駅を出入りする車両を見下ろすことができる。 「探したんやで」 そんなことは分かっていた。 何度も掌の中で震えていたスマートフォン。 途中で電源を落として、鞄の中に押し込んだ。 「ほら、行くで?」 生暖かい風の吹く真夏の夜。 差し

      • 祈り 2024.6.21

        あなたのことが大好きです。 会ったこともない、あなたのことが確信を持って好きです。 私の知るあなたはすごく断片的で、知っていることと言えば、 アジカンが好きなこと、園芸が好きなこと、 競馬が好きなこと、おしゃべりが好きなこと、くらい。 あなたが私に会いたいと思ってくれているかどうかは分からないけど、 私のことを素敵だとほめてくれていたことは知ってる。 きっと、会いたいと思ってくれてるよね? 昨日ちょうど、話していたの。 あなたと電話してみたいなーって。 目の前に

        • 家族になろうよ(笑) 24.6.9

          母が上京してきた。 久々、親子揃って近所の焼き鳥屋に行った。 鶏肉よりも、なぜか鯖の燻製が美味しかった。 私と母の舌は似ていて、母も同じことを言っていた。 こういうところで血筋を感じる。 やっぱり酒には燻製なのだ。 ふいに焼き鳥屋で母が口にした。 「あなたの育て方が合っていたのか、正直なところ分からない」 愛情という点において、母は絶対だった。 異性と恋愛をするようになって、私の感じた戸惑いの多くは、 もしかすると母から私に与えられてきた愛情との「差異」だっ

        ネッシーは生きていた! 24.07.27

          無力の気づき 24.4.15

          さっきまで、シュワちゃんの『コマンドー』を観て、ひとりでゲラゲラ笑ってた。 思ったより大きな声がでて、自分でもびっくりした。 気ままな一人暮らし生活も3年目に入った。 便利な街で、気に入ってるけど、あんまり好きになれる人間はいない。 だから、恋愛したいなー、とぼんやり思ってて、たまにお酒を飲んで本音を話せた気になって、小説に救われたつもりになったりしてるんだろうな。 大学生の頃は、活発に動いているコミュニティにいくつも属していたから、あまり寂しいとは思わなかった。 仕事以

          無力の気づき 24.4.15

          冬空と受動喫煙と炙りしめ鯖 24.1.31

          冬の空の灰色をみると、気が滅入る。 誰かも似たようなことを言ってた気がするし、 たぶんそれは私の感性じゃなくて、 低気圧のせいだってうっすら気づいている。 そういう、私のものだと思ってたのに、 私のものじゃなかったんだな、と落胆する瞬間がよくある。 よくありすぎて、それに慣れっこになってしまっているのが、俯瞰でみたときに悲しい。 そう、俯瞰でみたときに悲しい。 逆にいうと、もう主観で何かに怒ったり、悲しんだりが上手くできないような気がする。 出来事と感情の間にワン

          冬空と受動喫煙と炙りしめ鯖 24.1.31

          浮遊 21.08.04

          生温い空気。 夏の夜に、私の体温が溶ける。 輪郭を失った身体。 嬉しくて、嬉しくて、少し怖くなる。 欲しくて、欲しくて、少し悲しくなる。 今なら夏の空気になれるのに。 誰も私に気づかない雑踏のなかで。 私だけに聞こえる音。 聞こえないように栓をしたイヤホン。 世界は音に溢れてる。 鼓動の音が騒がしくて煩わしい。 私は私でしかない。 この矜恃と呪縛から逃れたい夏。 記憶で塗り潰されたココから逃れたい夏。 対価とか相場とかよく分からないから、困るね。

          「破局」遠野遥 20.09.01

          何か空恐ろしいものを見た気がした。 夏の暮れの昼下がりに、人で賑わう某有名チェーンのフラペチーノを飲みながらページを開いて、心から良かったと思った。 「28歳の鬼才の放つ、新時代の虚無」 この表現があまりに言い得て妙だと感じた。 率直に感想を言うなら、私はこの手の小説が嫌いだ。 いや、「陽介」という人間が嫌いだ。 むしろ、作品としては自分が評価するのもおこがましいほどの出来だと思う。 簡素で淡々とした文体でありながら、主人公独特の感性で日常が切り取られていく、そ

          「破局」遠野遥 20.09.01

          「一人称単数」村上春樹 200729

          村上春樹の新刊、「一人称単数」を読んだ。 今回は些か踏み込んだ内容に触れるかもしれないので、ネタバレを回避したい人はココでUターンを推奨します。 さて。 「一人称単数」、なんて素敵なタイトルなんだろう。 店頭で平積みされている本を手に取ってまず初めに抱いた感想だ。 そもそも「一人称単数」=「I」はとても不思議な概念だと思う。 英語では自分を表す表現は「I」しかないけれど、日本語には「私」だったり「僕」だったり「俺」だったり「我」だったり……いくつもの一人称代名詞が

          「一人称単数」村上春樹 200729

          君の言葉が好きだ

          私のことを好いてくれる人たちは、よく「君の言葉が好きだ」と言う。 顔でもなく、性格でもなく、言葉が好きだと。 ただ、ここにあまり意味はない。 彼らは私の喜ばせ方をよく心得ているのだ。 重要なのは、「なんで?」とか「どういうふうに?」とか野暮な質問返しをしないことだ。 ただ「ありがとう」と、それだけでいい。 私も彼らの喜ばせ方をきちんと心得ているのだ。 言葉は繊細で曖昧で脆い。 私は言葉を信じたくないし、信じられない。 それでも、今、この瞬間、私はキーボードを

          君の言葉が好きだ