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日系移住地 ピラポ

日本から飛行機で39時間、真裏に位置する
パラグアイにピラポという町がある。
ピラポとはパラグアイのグアラニー語で、魚がたくさんという意味だ。

パラグアイには日系の移住地がいくつかある。
ピラポはそのうちのひとつで、アルゼンチンに近いイタプア県にある。

日系の移住地で初めて行ったのがピラポだった。
パラグアイの移動は基本陸路だ。
大きな都市間は高速バスが走っていて、結構快適🚌
バスによっては水とちょっとしたお菓子がもらえる🙌
ピラポまでは首都アスンシオンから
①Ruta1でエンカルナシオン→Ruta6、シウダデルエステ行きで北上
②Ruta2でシウダデルエステ行き→㎞30地点で乗り換え、エンカルナシオン行きでRuta6を南下
という2つのルートがある。
①のほうが安く行けて、日本円で4000円あれば行ける。
(曜日などで相場が変動する)

Ruta 6という大きな道を行くとピンクの門が見える。
パンデミックの際は入り口に土のうが積まれて、人の出入りを止めていたそうだ。Pórtico de PirapóがGoogle上の名前で、現地では色んな名前で呼ばれているらしい。この門が一番ピラポ市中心に近い。

中心地まで11㎞ほどあり、停留所にタクシーの番号があるよと教えてもらい中心地まで行った。20MilGs(400円くらい。ちょっと高い)

その日がセマナ・サンタ最後の日曜だったこともあり、基本的にはどの店も閉まっていた。
空いてる店を探そう、と歩いた。
ツーリストが多いのか、ツーリスト注意の標識を見つけた。
歩いていたから見つけられた針金でできた魚のオブジェ。
なぜそこに、、?と思う。控え目な魚ちゃん。

ぎょぎょぎょ


やっと1軒だけ開いている店を見つけて中に入る。
家が接した商店で入って正面のショーケースにはアイス、後方には飲み物が売ってあった。店のお母さんの祖母は福岡の方だそう。
「私はここで育った人間だから日本はよく分かんないの。」
お母さんはパラグアイが好きだ、と話していた。
アイスと水を買って、テーブル席でいただく。
抹茶だと思って買ったけど、抹茶味じゃなかった。
甘くて、発泡スチロールのカップが珍しい。
日本語で会話していると頭の感覚が日本になる。

お母さんは予防でマスクを着けられて、パンデミックのときは大変で今もまだ怖いと話していた。その後、ピラポに関する資料を見せていただき資料館があることも教えていただいた。
外観だけでも見てみようと思い、また歩いた。暑い。
ロータリーや移住記念石碑を通る。南に下って小川を渡り、運動器具がある場所を通った向かいに資料館があった。隣にグラウンドもあって、中には入れないので戻ることにした。

もしかしたらスーパーが開いてるかもしれない、とSupermercado Pirapóに行くと開いていた!やった!
日本のものも少し見かけた。店員のお兄さんは日本語で返してくれる(スペイン語で話したとしても)。別にいいんだけれど、ちぇっって気持ち(うまく表現できない笑)。
韓国の世界遺産の入場券を買いに行ったとき、
受付のおばちゃんに英語で聞いたのに日本語で返されたのを思い出した。
ちぇっ。(別にいいんだけれど)

現地の通貨で3 mil Gs(グアラ二ー)、100円もしない葉巻10本を見つけ買ってみた。
夕方になり、やることもないので帰ろうと思った。
行きに乗せてくれたタクシーのおじちゃんに電話するが
上手く擦り合わない。長い事店前で待っていた。
日本人の女性2人が道を通り、その後店に来られたので少し話をした。
宗教関係で来られているのだという。
日本から来た日本人は、分かるもんだなぁと感じた。(自分もそう見えているんだろう)
タクシーのおじちゃんが来て、Ruta6まで送ってもらった。
行ったり来たりしてたんだよー、って言われて
「ずっとスーパーにいるって言ったのになぁ」と思ったけれど
無事に乗れたし、カタコトで申し訳なかったので少し多く払った。
そして16時くらいのバスに乗って帰った。
初めての冒険は無事に終わった。
たまたまバスに乗れたけれど、日曜は17時には最終便なんてこともザラだ。日曜移動される方はご注意を。

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