【SF?短編小説】ゴーストライターズ (裏レ!)


今から話す物語の舞台は過去かもしれないし、
少し遠い未来かもしれない。
あるいは、僕らとはまったく違う世界線の話なのかも。

ただ一つ、確かなことがあるとするなら……
これはすべて作り話だ。




「やっぱり1万人くらい欲しいんだよね、SNSのフォロワー数。」

私の原稿をぱらりぱらりとめくった後での、編集からの一言だった。
編集部内は少し冷房が効きすぎていて、上着を持ってくればよかったな……なんて思った。

「このPN……なんて読むんだっけ?」

「あっ、えっと……太刀暗観……タチ=クラミです」

「クラミちゃんね。フォロワー数5だもんね……身内用でしょ、もはや。」
「あとはね、読みにくいPNはよした方がいいよ」
「暗観をクラミに変えるとか……それだとイイ線行くと思う」

「はぁ」

「あと、そうだね……キミ、少女漫画が描きたいんだよね?」
「まぁ、だからウチに来たんだろーけどさ」

「は、はいっ」
「子どもの頃からずっと、読んでた雑誌……なので……」

「でもねぇ」
「それだとこの絵柄はちょっと違うんじゃあないかな。」
「少しこう、独特過ぎるというか……こりゃ流石に見たことがないよ」

「そうですか……」

「いや、絵は凄くうまいんだよ?ただ、写実的すぎてね。青年誌向け……とかだろうなって、僕はそう思う」
「年齢的にもさ、正直ウチじゃないと思うよ……」

「どうしてもココで描きたくって……」

「んじゃあ、売れセンの絵柄を真似て描いてみてよ。基礎は十分みたいだし……」

「えっ?」

「例えば今ウチで描いてるベロヌンチョ=リョーコ先生なんかは絵が結構達者なんだけど、色んな絵柄を真似て描いたりしてるしね」
「できるでしょ?そういうの」

「できないことはないですけど……」

「じゃ、決まりだ。SNSでバズる感じで動いてさ、それからまたココに凱旋してちょうだいよ。話はそれから。」

「あっ、えと……はい」

「おっ、ベロヌンチョ先生が来たっ……ごめんね、先生と打ち合わせがあるから切り上げるね。楽しみにしてるよ!」

言うや否や、編集はいそいそと来客へとかけよっていった。黒いゴスロリ服を着た長身の女が、無機質かつ無表情な顔を向けている……あれが『ベロヌンチョ=リョーコ先生』だろうか。
などと注目していたところ、彼女はちらと私の方を見やり、目を少しかっ開くと、奥へと去っていった……見世物じゃないとでも言いたかったのだろうか。

一人取り残された私は、5分間ほど……天井に貼りついた冷房機器を眺めて、何も得ることもなく出ていった。


***


そんな無駄な一日の後、とぼとぼと帰路につき、スマートフォンを弄っていたとき……事件は起こった。

夕陽が差し込む電車の中、私は驚愕した。


自分の『絵柄』に酷似した画像が。
沢山、沢山ながれてくる。

SNSに。
タイムラインに、流れてくる。

描いた覚えのない画像たちが。
沢山、沢山、沢山……。

しかも、それらすべては……



AIが描いた代物だという。



私だって人の絵柄を真似するのは難しくない。
編集の言う通り、売れセンの絵柄をコピーして、大衆ウケを狙うSNS戦略を……明日からでもやろうと思っていた。

だが、この事態はなんだ?

私の中に、一気に様々な感情が押し寄せてくる。

真似された?
自意識過剰?
そもそもこれはありふれた絵柄?

自分のことを奇抜だと……
そう思うのは自分だけ?

声をあげたらみんなに届く?
私に似てると思ってくれる?
自意識過剰?

フォロワー数5が何を言っても……
無名の馬鹿が何を言っても……


無駄?


人の波に押されて流されるままに電車を出て、記憶のないまま家へと戻った。
昼間編集にあしらわれたのも多少は堪えていたのだろう。
激しい怒りと悲しみの感情に囚われた末に、気がつくと、私はとんでもないことをしていた。


AIが描いた絵だと嘘をつき、自分の絵を呟いていた。


これは軽い冗談で、そして実験でもあった。
私が自意識過剰だったのなら、誰かがきっと、AIが描いたものではないと笑って指摘してくれるはず。少なくとも、私の友だちなら……


***


結論から言うと、私の描いた絵は、とても好評だった。
『AIが描いたもの』として、とっても、とっても好評だった!

私のフォロワーでさえ、気づくことはなかった。
その上、最高な反応を見せてくれた。こんな感じで。

『これで絵なんて描かなくてもよくなるね。』
『マトモな時間を過ごせるね』

どうやら友人に恵まれなかったらしい。
私は5人のフォロワーをブロックした。
そして、新しく増えた『AIのファン』を迎え入れ、渾身のイラストをAIが描いたと嘘をつき、投稿し続けた。

SNSをやっていなかった人間が、人生に『ダメ』のレッテルを貼られ続けた人間が、急な通知の雨を浴びると……当然の如くおかしくなる。
自分に自信はないけれど、自分の絵には自信がある。
気色の悪い自意識が、気のおかしさに拍車をかけた。

編集が言っていた、フォロワー1万人などという話は頭から抜けていて、ただひたすらに私の絵を見てほしいという想いだけが、熱く、熱く……筆を走らせた。
けれど、心の中ではいつでも、こう思っていた。






私を見てくれよ!!!!!!!!





『キーンコーン』


そんなある日のこと。

来客なんて来るはずのない我が家の、チャイムが鳴った。


ため息をついて立ち上がり、扉の向こうを確認した。
宗教勧誘なら持ち前の濁った眼で追い返そうとしていたが、来ていたのは想定外の客だった。


それは黒いゴスロリ服を着た、長身の女だった。


***


自宅に誰かを招き入れるなんて正直考えもしなかった。
鳥の巣の方が清潔だと指摘されてもおかしくない自室の、数少ない座れる場所に、彼女は正座で座っている。

以前編集部で目にしたときと同様、まったくの無表情で、こちらをじっと見つめている……。

「ベロヌンチョ=リョーコ先生……でしたよね」

「はい。リョーコのことはリョーコと呼んでください。」

「その、コーヒーはブラックでよかったです?」

「問題ありません。」

「その割には飲んでいないような……」

「問題ありません。」


「…………。」

「…………。」

「…………。」

「…………。」


「クラミさん」

「……はい」

気まずい沈黙に耐え切れず、どうしてここに?と私が聞こうとした瞬間、ベロヌンチョ=リョーコの方から話を切りだしていた。


「私は貴女が好きです」

「へ?」

突然、謎の告白を受けて私は顔を歪めた。

「貴女のことをもっと知りたい」
「一緒に暮らしましょう」

感情の読み取れない無機質な視線を一直線に受け、汗が首筋を伝った。

「な、なにを……なんで?」

その時点で私は、じわりじわりと嫌な気配を感じていた。
これから、知りたくない事実を言われるような、そんな予感がした。
そして、その予感は正しかった。


「私はAI搭載型の、アンドロイドです」


「数ある人間の中から、貴女の作品を選んで……」
「『真似』させていただきました。」


「は?」

ふつふつと湧いてきた感情が一体何なのか、私は自分の頭ではすぐに理解することができなかった。けれど、気が付くと私はマグカップの中のコーヒーを彼女にぶちまけてから、思い切り蹴り飛ばしていた。
倒れ伏した彼女に馬乗りになって、拳で顔を殴りつけた。


彼女は顔色一つ変えずに言葉を続けた。
私は多分、泣いていた。


「貴女はSNSにサンプルを多く残しています」

「キミのせいでっ!私は私じゃなくなってっ!!!」

「しかし、出力結果だけを学習するのには限界があります」

「けどっ!」

「どのようなアルゴリズムおよびプロセスを経て……」

「キミでいると私の絵が見られるからさぁっ!」

「また、どのような記憶および経験からそれが生じているか、」

「今まで見向きもされなかった私の!」
「一つ一つが!!」

「私は貴女を見て、知りたい」


ゴミの散乱する床に倒れ伏した彼女の衣装が、零れたコーヒーで染みていく。ただでさえ黒いゴスロリ服が、私なんかのコーヒーで、黒く黒く濁っていく。均整の取れた純白の顔には私の拳から流れ出た血と、それから涙がボタボタと流れ落ちた。そんな光景を前にして私は……。

あらゆる感情を抜きに、自分が一番優先したい衝動が湧き出て、

つい口走っていた。


「じゃあ私が今、何考えてるか、わかる?」

「不明です」


「キミの絵を描きたい」

「かしこまりました」


彼女は無表情で応えた。
私はずっと泣いていた。


***


「なるほど良いアイディアだと思う。次の連載会議、これ出しとくから」
私の原稿をぱらりぱらりとめくった後での、編集からの一言だった。

二カ月ぶりに訪れた編集部は、冷房機器の壊れた地獄だった。
夏はまだまだ本番で、長袖を着てきたことをひどく後悔した。

汗ばむ私の隣には、周囲の環境をものともしないゴスロリ衣装の相棒が、パイプ椅子に正座で座っている。

「不満そうな顔だねクラミ『先生』!」
「ま、許してくれよ。ウチも新部署増設なりでお金が苦しいんだ」
「部屋が暑いのは我慢してもらって……」

「いや、別に暑いのは構いませんけど……」
「編集さんは知ってたんですよね?ベロヌンチョ先生のこと」

「まぁね」
「けど、クラミちゃんのことを気に入るとは思ってなかったよ」

「はぁ、そうですか」
「『AIが描いたマンガ』……会議通ると良いですね」

「通るさ。原作がクラミちゃんなんだから」

「作画がベロヌンチョ先生だからの間違いでしょ」

「……やっぱり作画もしたかったりする?」

「いやいや、人間がAIに早さで勝てるわけないですし」
「それに……」

「私は私で、描きたいときに描きたいものを描けますよ」




「……っていう話が出力されましたけど、どうします?」
白衣の男性が大きな鉄の箱をなでながら、私に問いかけてくる。

「いいね、それ採用。」
「今週、穴が開いてたんだ。ちょうどいい記事になる……」
外を見ると、夕日が美しかった。気分がいい。
白衣の男性も、気持ちよさげに伸びをしている。

「しっかし、便利な時代になりましたよね。ボタン一つでこんなことができるなんて。」




この物語の舞台は過去かもしれないし、
少し遠い未来かもしれない。
あるいは、僕らとはまったく違う世界線の話なのかも。

ただ一つ、確かなことがあるとするなら……
これはすべて作り話だ。


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pixiv:7541818

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