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『ひよこエンジニアのためのお仕事サバイバルガイド2023』を読んでデスクも家も片付けた一年

12/23
午前中は書く。アンチヒロインという設定に変えたので、そうでなかった時に書いた第一稿をどんどん書き直していく。高学歴で仕事もできるけど「社会規範なんかない」と語るヒロインである。社会を信じる心なんてものはとうに捨てたのだ。焼き鳥食べたいとTwitterで言ったら、友人がLINEで「行こう」と言ってくれたので行ってきた。他にも誘ってくださった方たちがいたのだが、来年になったらぜひ行こうね。お店は田町にあった。なんとカルロス・ゴーンが行きつけだった店だった。トイレにはゴーンの妹さんからの推薦の言葉を掲載した雑誌記事(日本におけるゴーンの人気が絶頂だったときのものだろう)が貼られており、カウンター席の脇にはドキュメンタリー「逃亡者 カルロス・ゴーン 数奇な人生」のポスターが貼ってあった。いい時も悪い時もどこまでもゴーンとともにあるという宣言のようだった。

私は会社員時代時からゴーンが好きだった(この場合の好きというのはラブではなくインタレストだ)。なのでドキュメンタリーも見た。私が見たのは「逃亡者 カルロス・ゴーン 数奇な人生」ではなく、「カルロス・ゴーン 最後のフライト」の方だ。

しかし、イーロン・マスクなど創業者の伝記を読んだ後では、雇われ社長としてのゴーンへの興味は色褪せる。日産を作ったわけじゃないし、イノベーションを起こしたわけじゃなくて、なんかこう、現場の社員を切り捨てて、自分の報酬だけをどんどん釣り上げて、結局行き着くところは金と権力かよ……としか思えないのだ。でもそういうところが団塊世代の男性たちにウケたのだろう。当時はあらゆるリーダー論でゴーンは称賛されていた。コストカットしてそれを成果と言い張って「俺は冷酷…組織のためには厳しい判断をする必要があるのだ…(だが自分には甘いので辞めない)」って劣化版ゴーンみたいなことをしていた人たちを正当化してくれる存在でもあった。
イーロン・マスクも人を切り捨てる男なのだが、コストカットのためというより「無能だから」なんだよな。どっちの部下になるかと言われたらイーロンだが、本音はオードリー・タンの部下になりたいです。

12/24
午前中は仕事。最近は平日土日関係なく仕事をしている。冷蔵庫脇に山崎実業の紙袋ホルダーをくっつけて、キッチンの収納をやり直し、玄関ドアに山崎実業のアンブレラホルダーを取り付けて古い傘を捨てた。洗面台にももっと山崎実業がほしい。歯ブラシもコップも歯磨き粉も浮かせてしまいたい。
夜はパートナーが鶏の丸焼きをつくってくれた。その周りに並ぶのは私が自転車を漕いで買ってきた野菜たち。旬のものならスーパーよりはるかに安くてたくさん買える八百屋を見つけたのだ。
夕飯後、クリスマスプレゼントでもらったモノポリーをやらされる。モノポリーは性格が出る。普段は穏やかな性格の家族が、交渉になるとめちゃくちゃ強かったりして面白い。

12/25
最近美容整形をしている。といってもシミをとるくらいだ。近所に住んでいる同世代のママ友はもともと主婦だった。なので節約上手で、ローカルに落っこちてる情報(補助金情報とか、地域限定クーポン情報とか)とかをくれるのである。そのママ友が「最近、美容整形している」という。といってもリーズナブルなクリニックで、デパコスを買うくらいの価格のメニューをやっている。なんでも私が酔っ払ったときに「氷河期世代は雇用不安が強すぎてお金が使えない」とか「たまには自分のために使ってもいいのではないか」という話をしたからだという。覚えてない……。
同世代がどのくらいお金が使えないかというと「高い眼鏡を買ってしまった」というのでメーカーを聞いてみるとゾフだったりするレベルだ。ゾフはいいメーカーだがあなたの年収や地位からすると決して高い眼鏡ではないよ!と思う。私たち世代はいつ奪われるかわからない人生に無意識のうちに備えてしまっているのかもしれない。自分のために生きるリハビリが必要だ。

12/26
地域パトロールのシフトを決めなければならない。作業自体は大したことはないのだが気が重い。さらに気を重くさせるのがLINEのアカウント名が本名でない人がけっこうな数いることだ。いやどんなアカウント名にしても自由なのだが、学校関係のグループラインで、例えば朱野帰子が「laber」というアカウント名をにしていたとしよう。「作家仲間に本名をバラしたくないがプライベートな人間関係では筆名をバラしたくない」とかの事情があるのだろう。が、しかしだ! 大勢の親が所属するグループラインを統率している身にもなってほしい。タイムラインに「laber」と出てくるたび「誰?」と思うし「すみませんが、シフトを変えていただきたいのです」と「laber」に言われるたびこう思う。「まず名乗れ!」
表示名をこちら側で「laber」から「朱野帰子」に変えることもできるのだがなにしろ人数が多いし、なぜ私がそのような徒労をせねばならないのだという思いが高まる。ちなみにおしゃれに「kaerukoakeno」みたいなアカウント名も中年の目にはきつい。どこからが名字かがわかりづらい。「kaeruko.A」に至ってはやっぱり「誰?」になる。子供の苗字と紐付けできない時点でニックネーム表示と同じなんだ。
このネタだけで短編が書けると思うくらい大変。

12/27
担当編集者さんにメールを送った。年内に出すと約束していた原稿が年内には到底無理なことを伝える。連載なら原稿を書いている時点から収入が入るが、書き下ろし原稿は刊行されてようやく現金が入るのでしばらく無収入ということになる。「いつまで無収入で耐えられるか」「出版社側の事情が変わって出せませんということになるかもしれない」という二つの緊張に耐えながら、長く売れるものになるまで書き直していく作業をしている時の心理状態は博打に近い。夜中に不安で何度も目が覚める。

12/28
近所に住むフリーランスの人たちと新しくできたコワーキングスペースで事務作業の仕事をする。最も気が重い作業、パトロールのシフト作りの作業を持っていく。たまに雑談しながらの作業。「あ、その申し込みしてなかったわ」と自らの事務作業の漏れに気づけるのも良い。
途中、詐欺電話がかかってきた。NTTの関連会社を名乗るもので「docomoで契約されている光回線ですが、今度から携帯電話はdocomo、光回線はNTTと、別々の請求になるのだが、月千円ほどの割引になる」という連絡から始まった。一応最後まで聞いてみたのだが「長ったらしい話をした上に、担当者が変わってもまた同じ話を繰り返す」といういかにもNTT系の話し方を完コピしていた。「十分後にサポートセンターのものから電話をかけさせます」と詐欺ではないかと検索する余裕を与えないところもよく考えられているのだが、さらに「私とお客様との話に問題がないか確認するためコンプライアンス部の者からも電話させます」とも言っていて(しかもかけてくるのは全部同じ人)そこはなんかおかしかった。「問題がないか確認」するなら録音でいいはずが、わざわざコンプライアンス部を登場させるのはなぜだろう。「コンプライアンスという言葉を出すと本物っぽい」と思ったのだろうか。そしてこのイラつく気持ちが何かと似ているとなと思ったら、自分の書いた仕事小説をチェックしている時の気持ちだ。「現場の人が本当にこんな言葉をこんなニュアンスで言うかな」というところでいつもひっかかってしまう。詐欺電話から学ぶことは多い。

12/29
午前中は書く。パートナーが外出していたのでワンオペ育児。

12/30
午前中は書く。夏に書き殴った二章をずっと直している。咀嚼できないことが多すぎて100枚予定の原稿が300枚くらいに膨らんでしまっていたのだ。改めて見ると、地の文に登場人物たちの心の変化の説明を書きすぎている。主人公のキャラクターを決めかねていたのだなとわかる。地の文はざっくり削除。就活生のときに、日本社会に(そしてそのマジョリティである人たちに)に見捨てられた主人公なのだ。相手の価値観に合わせてキュレーションやコミュニケーションができてしまう広報パーソンでもあることだし、考えていることと言っていることが同じとも限らない。
そもそも他の世代の人たちに「わかってもらおう」として書いてきたこと自体が失敗だった。他の世代に愛されようとすればするほど「弱い人」として描くしかなくなってしまう。でも不利な状況を生き抜いている人たちが本当に「弱い人」なのだろうか。
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』で、主人公の水木は出征先で玉砕を命じられたことからPTSDを抱えている。つまり共同体の歪みを押しつけられた犠牲者として描かれている。だが、自分だけ逃げることもできたのにゲゲ郎のために村に戻れるのは彼が修羅場慣れしているからであり、共同体から見捨てられた後も一人で生き抜いてきた強さを持っているからでもある。
一方、搾取側にいられた人たちは圧倒的に弱い存在として描かれている。共同体に依存している彼らは、権力者にとりいって(たとえ若者や子供を犠牲にしてでも)ポジションを取り合っていくしか生きていく道がない。そしてその悪事がバレて共同体が瓦解するのと同時に彼らも生きる手段を失う。
どっちが弱くてかわいそうなのかと考えてしまうし、今年はそうした「悪事がバレて共同体が瓦解」事件があまりにも多かった。

12/31
今年は仕事を本格再開した年だった。といっても単行本を文庫にしたり、すでに発表済みの短編が収録された共著を出したり、しかしていない。その他の時間は長編を改稿(という名の書き直しなのだが)をしていた。大きな仕事といえば同人誌を二冊出したことくらいだ。片方は1600部、もう片方は400部くらい売れている。ざっくりした数字なので間違ってたらごめんなのだが「もう片方はまだ400部なんですよ」というたびに同人経験のある作家さんたちに「それすごい部数だから」「感覚がバグってるから」と言われる。それもこれも買ってくださったみなさんのおかげです。ありがとうございます!
同人誌の収益は何に使ったかというとひたすら設備投資だ。窓を二重にして冬季うつの軽減と光熱費削減をした。デスク環境も整えた。ついでに家中の片付けを始めた。技術書典で購入した『ひよこエンジニアのためのお仕事サバイバルガイド2023』に「大失敗をやらかす行動パターン」の一例として「使わないタブを開きっぱなしにする」「デスクトップがごちゃごちや」が挙げられていたのが大きいと思う。「まさに私じゃないか」と思って両方ともやめてみたところ、仕事してるときの脳が軽くなったのだ。

「じゃあ、家全体を片付けてみたらもっと軽くなるのか?」と思って、収納改善を始めたのだが、本当に脳が軽くなっていく。仕事場だけよくしたんじゃだめなんだ、家全体が使いやすくないと、仕事のパフォーマンスは上がらないんだという当たり前のことに気づいたのが2023年だった。
大晦日は子供達のおもちゃを「捨てるもの」とそうでないものに分別してもらう作業をした。その過程で失くしていたものがいくつも見つかった。こういうのは定期的にやらないとだめなんだな。