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M. Horkheimer「歴史と心理学」(1932)

①歴史と心理学の関係は直近数十年の進展の中で多く論じられてきた。しかし、あなたがたは私に、文献においてなされてきた、一部には名高い議論についての報告は期待できず、今日問題を提供する、複数の観点を体系的に展開させることも期待しないでください。そうではなく、社会科学の現状に相応しい歴史理論の枠組みの中で心理学に与えられるべき役割を明らかにすることを期待してください。こうした目的のために、そこで用いられている歴史概念というものは解明されねばならない。つまり哲学では、歴史の、不均質で精神的な観点に組み込まれた多くの意義の妥当性というものは、あらゆる個々の問いについての理解をも困難にしてしまうのだ。

②とりわけ二つの論理的に異なった歴史概念は互いに対置される。一つ目の歴史概念はカントを引き合いに出すシステムに由来する。このシステムは、19世紀の直近数十年の中で科学と社会における唯物論的な諸傾向に対抗する反動として発生した。この諸傾向の教説の共通の性質(公分母)は、次のような点にあった。すなわち、自然・芸術・歴史の意味をこれらの領域それ自身の中に直接沈潜(深堀り)することからではなく、これらに対応した認識の分析から得ている、という点にあった。世界が主観的な根源をもっているというこれらの哲学の基礎見解から、存在領域の諸特性を認識主観の相異なる機能様式へと還元することが生じた。およそ自然の本質に従って自然が存在することは、自然科学の構成的な方法を体系的に導出することから明らかにされるべきであった。そして同様に、歴史学の方法の説明から、歴史とはなにかということは説明されるべきであったのだ。そこからこれらの哲学の歴史概念はその都度、歴史学の(所与の)事実に対応する。そして、原理的にこの哲学というものは歴史叙述に対して、歴史叙述がその諸方法・把握の仕方(アプローチ)でもって、認識の普遍的な状態に遅れを取っている時代であってさえ、本来的に批判的状態にあるのではなく、ただ弁明的(護教論的)な状態にあることができるだけである。

③もう一方の歴史概念の根底にある哲学は、現にある科学に対するそのような気遣いを保存することはない。この哲学は、いわゆる世界観的な問いについての決定を科学的な基準から独立させ、哲学一般を経験的な研究の彼岸で構築しようとする現在の熱心な努力の一部である。(第二段落で)言及された認識理論的な見解とは逆に、今や相異なる存在諸領域らはもはや全く科学から理解されるのではなく、むしろその見解の一体となった根っこ、つまり我々の時代が新たな入口(通路)を要請する根源的な存在から理解されることになっている。とりわけ、「歴史性」の新たな概念というのは、本質(die Wesen)の教えが根源的に完全に非歴史学的であった現象学派に由来していた。とりわけ晩年に、変転する歴史の出来事と現象学の非弁証法的な本質の教えを調和にもたらそうと試みたシェーラーがなおもその(変転する歴史の)もとで本質的に社会・政治的な歴史を理解していた。(一方で)ハイデッガーにおいて歴史性は、 “Da(「そこ」「現」)” として哲学は人間 “Dasein” を認識する必要があるものとして、存在の生起の様式を意味していた。こうした根源的な生起の様式から何よりもまず、歴史学の主題としての歴史は意味を獲得するとされる。それゆえ、(一見すると)基礎となる論究を手がかりに、今日この意義から出発することはふさわしいように思われる。

④とはいえここで論じられるべきテーマにとって、伝統的科学の歴史概念を基礎に置くことだけが問題を孕んでいるわけではない。内的な歴史性の概念を基礎に置くこともまた、それと同じくらい問題を孕んでいる。現象学の伝統に従う実存哲学は、〔自然・芸術・歴史といった〕様々な領域で得られる研究成果に依存しないことを目指している。つまり実存哲学は、〔何かに頼ることなく自分だけで〕完全に最初からすべてを始めること、現在の研究状況をいっさい顧慮することなく存在の意味を新たに規定することを狙っている。それゆえ、実存哲学の構想は、われわれの問題設定にとってはなおも狭すぎるように思われる。歴史とは現存在の内的な歴史性から初めて把握されることになるという〔ハイデガー流の〕見解に従うならば、現実の歴史過程に現存在が巻き込まれていることは、たんに表面的で仮象的なものと見做されざるをえないだろう。しかし、その都度の実存の分析が歴史の理解を左右するのと同様に、外的な歴史〔の分析〕に取り組むことこそがその都度の現存在を理解することを可能にする。現存在は外的な歴史のなかに解きがたく編み込まれているのだ。それゆえ、それ自体で〔als solcher〕自己の内部で運動しつつあらゆる外的な規定から独立して存在する根拠のようなものを、現存在分析が見つけ出そうとしてもまず不可能であろう。そうだとすれば、諸個人を覆い尽くす多層的な構造をともなった現実の歴史は、実存哲学が想定するような、たんなる派生的・付随的・客観的なものではないことになる。それとともに、あらゆる種類の哲学的人間学の場合と同じように、人間における存在にかんする教説は、〔いま指摘したような問題を孕みながらもなお〕静態的でありつづける存在論から離れて、特定の歴史時代に生きる人間たちの心理学へと変貌を遂げることになる。

⑤ここまで取り上げてきたいくつかの歴史概念はいざ活用しようとすると様々な困難に出くわすことになるわけだが、これらの歴史概念は心理学とは消極的な関係にあるので、〔心理学を歴史概念に組み込もうとする〕この文脈では困難はさらに増してしまう。現在の現象学には、心理学が果たすべき課題を科学的基準とはいっさい無縁の存在論に委ねてしまおうとする傾向があること、これについてはいましがた指摘したとおりである。われわれの問いにたいするカント主義の立場は、心理学など「無である」とフィヒテが主張して以来、ほとんど何も変わっていない。新カント主義の歴史理論家リッケルトは、「歴史科学は心理学によって推進されるのではないか、それどころか〔いっさいを心理作用に還元する〕心理主義によって推進されるのではないか」という希望を、「歴史の論理的な本質をまったく理解できないままでいる」思考のありかたを示す証拠とみなしている。それゆえ私は、現在の哲学の歴史把握の代わりに、皆さんに知られている歴史哲学、つまりヘーゲルの歴史哲学から出発したいと思う。次いで、心理学とヘーゲルによる歴史哲学の諸関係の輪郭を描いた後、経済的な歴史把握の中での心理学の役割はいくらか詳細に規定されることになる。この理論に基づいて問題を議論することで、歴史学的な問いを主観主義的哲学の相の下で見てしまうような皆さんにも刺激となることを願っている。

⑥哲学的に考察することは、出来事のもつれ合った多重性において一つの動態的な構造を認識することとかかわらねばならない。この課題は、ヘーゲルの意味において、理念やその契機の弁証法的論理に由来する精密な認識なしには解決されえない。というのも、哲学的に歴史を考察することは、現実の中で自分自身を貫徹し具体化するための理念の力という信念を人間世界に適用することにほかならないからだ。その際、歴史哲学者は単に生の素材(原料)だけでなく、すでに広範に形成されているその(原料の)歴史的構成の成分を、経験的な歴史学から受け取っている。ヘーゲルによれば、自然研究者は自然哲学者に諸事実を単に羅列することを委ねるのではなく、自然哲学者に自身の知を理論的に定式化することを通じて大幅に歩み寄り、仕事の手本を見せている(vorarbeiten)。それ(自然研究者の努力)と同じように歴史哲学の歴史学も現実の出来事についての認識に加えて、因果連関、時代(区分)、種属や部族ないし国家の中で歴史的に行動する人間の区分のような本質的かつカテゴリー的な規定を、 (自然哲学者に)差し出してしまう。しかし、我々が時代区分を自己展開する理念の時代として把握することではじめて、時代区分は生き生きとした意味を獲得する。世界史的な国民が、その都度新しく、固有であり、理念に相応しい原理の担い手として自己を示すことによってはじめて、そうした国民は秩序概念から意味ある現実になり、この国民精神つまり民族精神は複数の特性を一つにまとめることからまさしく形而上学的な力になるし、諸国民の闘争は偶然の結果をもたらす嘆かわしい争いから対立の中で行われる最後の審判に変容するのだ。

⑦ヘーゲルは経験的歴史学と歴史哲学のこうした相互作用を極めて真剣に受け取っている。ヘーゲルはその観点に基づいた経験的な歴史をあとになってから解明しようとは決してしていないし、そうした歴史とは全く無縁な尺度でもってその歴史を測ることも決してしない。彼の理性概念はむしろ、そこまで抽象的ではない。例えば、ヘーゲルの言う論理学において現れるような自由の契機の意味は、歴史家が立証するような、国家における市民の自由によってはじめて完全に規定されうる。東洋的な専制王朝において単にたった一人の人間のもとでのみ、もしくはごく少数の人々によってのみ実現されてきたような、それゆえ奴隷性と真っ向から対立するような自由が(ヘーゲル)論理学において問題となることが知られてはじめて、この自由は(概念的に)把握されうるのだ。ヘーゲルの体系は実際には一つの円環をなしている。つまり、時代が完成されるときにのみ、そして未来を含んでいるかもしれないあらゆる本質的なものが、すでに現在の本質規定の内に先取りされている限り、彼によれば(ヘーゲル)論理学の抽象的思考は完結されている。それゆえ、現在についての信仰の終焉(を終わらせること)ないし現在を(マルクスのように?)ラディカルに変革することへの意志は、完結したものが後期ヘーゲルの形態において明らかに固有のものとなった彼の体系を必然的に体系として止揚せざるをえなかった。しかも新たにヘーゲル自身固有の原理とは一致しえない新しい意味において。

⑧それとともに歴史の認識にとっての心理学の意義も変化してしまった。あるフランス啓蒙家と同様にヘーゲルにおいては、確かに人間の欲動や情念は歴史の直接的な原動力である。人間は自身の行為への利害関心によって規定されているが、大衆と同じくらい、偉大な人々(人物)も「理念一般の意識」というものを持ち得ない。むしろ人間たちにとって問題なのは彼ら固有の政治的かつそれ以外の目的であり、彼らは自身の欲動によって規定されている。しかしヘーゲルによれば、そうした人間の心的構造を追求することは、啓蒙とは対照的に、重要ではなくなるどころか、低級なものとなっている。というのも、歴史を貫通するような本来的な力は、根本的に個人の心理からも大衆の心理からも理解されえないからだ。ヘーゲルの教義は以下のようなものである。すなわち、英雄たちというのは「その内実が隠され、居合わせている現在の状態の結果にはならない」《ある種の根源》、「未だに隠れており、外殻のように外的世界を(内側から)叩いてそれらを粉砕する内的な精神」から創造する。「というのも、この精神というのは、こうした外殻の核とは異なる核であるからだ」。それとともに、ヘーゲルは現代心理学の無意識を考えているのでは決してなく、そうではなく、理念それ自身、つまり心理学ではなく哲学によって概念的に把握されるべき歴史の内的なテロス(目的因)を考えているのだ。このテロスは、結果がその都度単に合成された総和などではなく、理性の力について証言している。そしてこのテロスは、歴史認識が単に出来事を確認し最大限包括的に明らかにすることではなく、その認識が神の認識であるということを生じさせる。

⑨ヘーゲルの体系が挫折した後、リベラルな世界の見方(世界観)は再び部分的に支配の地位に足を踏み入れることになる。この見方は同時に、歴史の内で作用する理念の力についての信仰とともに歴史における包摂的で動態的な構造についての理論を退け、自らの利害関心を追求する諸個人を、歴史的な推移における最終的なそして自立的な単位として打ち立てるのだ。リベラリズムを意味に即して歴史把握することは、その本質によれば心理学的である。自らの自然本性の内に確固として基礎づけられた永遠の欲動をともなった諸個人は、もはや歴史の直接的な行為者〔Akteure〕というだけではなく、社会的な現実における出来事の理論にとって最終的な審級でもある。このような混沌とした基盤にもかかわらず、いかにして社会は全体として存続することができるのか、あるいはむしろ、いかにして社会の存続〔Leben〕はこうした基盤をつうじてますます損なわれてしまうのか、こうした問題は無論リベラリズムには解決する〔lösen〕ことができなかった。封建的な障壁が撤廃されたのち、諸個人の欲動は文化の単一性に向けて調和するに違いないという18世紀の未来信仰は、19世紀のリベラリズムにおいて利害関心の調和というドグマに変わってしまった。

⑩他方でマルクスとエンゲルスは唯物論的な意味で弁証法を〔ヘーゲルから〕受け継いだ。その際彼らは、歴史の展開の内には個人を超えた動態的な構造と傾向があるというヘーゲルの解釈は堅持していたものの、歴史の中で作用する自立的な精神的力への信仰を手放した。彼らによれば、歴史の基礎には何もなく、一貫した意味や統一された力、〔自己〕運動する理性や〔歴史に〕内在するテロスとして解釈されるであろうものは、歴史の中では何も明らかにはならない。そうした〔歴史を根底で動かす〕核の存在を信用することは、彼らによると、むしろ転倒した観念論哲学の付属品にすぎない。こうした思考、それゆえ概念や理念もまた人間の機能様式であって、自立した力などではない。歴史においては一貫して自己自身へともたらされるような思考〔精神の自己回帰〕など存在しない。というのも、人間から自立した精神など存在しないからである。自己の意識をともなった人間は、あらゆるその知、記憶、伝統、自発性、文化、精神にもかかわらず儚い存在である。生成し消滅しないものなど何も存在しないのだ。

⑪しかし、そのさいマルクスは決して心理学的な歴史理論に行き着くことはない。マルクスによれば、歴史的に行為する人間は単に——人間の自然本性であれ人間自身の内で発見されるべき存在根拠であれ——内面性から理解できるものなどではない。むしろ、歴史的に行為する人間は、それ固有のダイナミズム〔推進力/力動性〕を有する歴史的な形成物のなかに組み込まれている。方法論的にマルクスはここではヘーゲルに従っている。後者〔ヘーゲル〕はあらゆる偉大な歴史的な時代にかんする独自の構造原理を主張していた。〔ヘーゲルによれば、〕諸民族の体制についての原則は、一つの内的な法則性に従って変転する。つまり諸国民は、世界史の闘争の中で互いに対立し合っているのであって、しかも個々人の心理どころか多数の個人の心理のうちに確固たる基礎を発見することもできないまま、自身の運命を甘んじて受け入れるしかないというのだ。とはいえ、ヘーゲルによるこうした弁証法の文節の仕方〔明確な区分け/Artikulation〕が絶対精神の論理つまり形而上学からはっきりと見て取れる一方で、マルクスによれば、歴史を論理的に上位に置く洞察〔Einsicht〕は、その〔洞察の〕理解への鍵となるようなものを何ら提供しない。むしろ、正しい理論というのは、その都度特定の条件のもとで生き、特定の道具の助けを借りて自らの生を維持する人間を考察することから生じる。歴史の中で発見されうる〔されるべき〕法則性というのは、アプリオリに構成されるものでもなければ、自立的なものとして考えられた認識主観を通じて諸事実を記録することでもない。そうではなく、その法則性というのは、それ自体が歴史的実践の中にさえ組み込まれ、歴史の動態的な構造の反映にほかならない、思考〔思惟/Denken〕によって生産されているのである。

⑫このような〔マルクス主義的な〕立場において基礎づけられている経済的ないし唯物論的な歴史把握というのは、同時にヘーゲル哲学の継続であると同時にその反対物でもあることが明らかになる。後者〔ヘーゲル哲学〕では歴史は、本質的に支配権をめぐる世界史的な帝国の闘争として描写される。その際、諸民族や諸国家と同じく諸個人にとって重要なのは、力であって精神ではない。しかし、この闘争は意識を伴って遂行されるわけではないにもかかわらず、その結果は精神的意味を欠いているわけではない。ヘーゲルによれば、その内的な体制が負けた民族の自由の形態よりも、より具体的な自由の形態を描き出すような民族は常に支配の座につく。【〔意訳〕支配の座につく民族の内的な体制はつねに、闘争に敗れて支配される民族の自由の形態に比べて、より具体的な形態の自由を表現しているという。】そうであるがゆえに世界史というのは、ヘーゲルによって最後の審判と見做されている。国家がどの程度〔Maß〕まで展開しているのか、どの程度まで「理性の図像〔イメージ〕と現実」へと近づいているのかということこそ、国家の勝利を決定する。ただし、絶対精神の論理〔の展開〕に対応して戦闘活動で進展するこの段階的進行〔Stufengang〕は実際に達成されるということ、換言すれば、自らの国家が理念やその契機を適切に表現しているような人民は、より良い戦略ないし優れた武力を備えねているにちがいないということは、もはやヘーゲルによって何ら説明されることはないのであって、このことは世界史的な成り行きとして、観念論哲学に必然的に属する〔仕組まれた〕予定調和の一つとして現れている。一連の媒介の条件への科学的な研究は、単に主張されただけの並行〔パラレルな〕関係の代わりに〔an Stelle〕、はっきりと〔研究によって〕認識された歴史学的な連関を置くことを可能にする。その限りにおいて、理性の狡知の神話は無駄なものとなり、同時にこうした歴史哲学の形而上学的な中心部もまた無駄なものとなる。そのとき我々は、なぜかなりの程度分化した国家・社会諸形式がまだそれほど発達していないそれら国家・社会諸形式に代わって登場したのかの本当の原因、すなわち、ヘーゲルの言葉を借りれば、自由の意識における進歩の原因を、知ることになる。現実の諸連関を認識することは、自律的に歴史を形成する力としての精神を玉座から引きずり下ろし〔entthronen〕、自然と対決する中で成長する〔自己実現する〕様々な種類の人間的な諸力〔=生産力〕と〔他方で〕時代遅れになった社会諸形態との間の弁証法をこそ、歴史の原動力として組み入れることになる。

⑬経済的な歴史把握は、形而上学から科学的な理論への方向転換を遂行する。この歴史把握によれば、社会的な生を維持し更新していくことは、人間にその都度特定の社会での集団秩序を強いることになる。単に政治的・法的な諸制度だけでなく、文化という高次の〔höher〕諸秩序をも条件付けるこうした集団秩序は、〔自由民/奴隷のような〕様々な職分〔Funktion〕をつうじて一種のモデルとして人間にあらかじめ示される。職分とは、特定の時代の人間の諸能力に対応する経済過程の枠の中で遂行されざるをえないものなのである。例えば社会が古代ローマでは自由民と奴隷へと分割され、中世では荘園領主と農奴へと分割され、産業システムでは企業家と労働者へと分割されること、それと同じように、国家の内部でこうした関係が分化すること、さらにいえば〔人々が〕複数の国民へと分裂し、国民の中では複数の権力集団が対立するということ——これら全ては善なる意志からも悪しき意志からも明らかにされえないし、〔ヘーゲルが言うような〕何らかの単一の精神的な原理からも明らかにされえない。そうではなく、様々な発展段階にある〔auf seinen verschiedenen Gestaltungsstufen〕物質的な生活過程の必要条件から説明することが可能となる。人間の発展度合いに基づいて人間の道具や共同作業の技術はどのような性質をもっているのかということ次第で、すなわち生産過程の様式次第で、依存関係およびそれに属する法的・政治的組織もまた生み出されるのだ。人間の生産力が成長することによって、古い時代の生産様式と比べて社会全体の必要をよりよく満たしうるような新しい生産様式が可能になるのだが、しかしそうしたなかで所与の社会構造がそのまま存続することは、こうした構造に対応するような制度と硬直化した人間の諸性質〔Dispositionen〕とともに、この新たな生産様式が支配的なものとして広がっていくことを当面のあいだ〔zunächst〕妨げる障害となる。そこから、歴史的な闘争の中で表面化し〔zum Ausdruck kommen〕、いわば世界史の基本テーマを形作ることになる、〔階級対立という〕社会的な対立関係が生じるのだ。

⑭増大する人間的な諸力と社会的な構造との間の対立、これら連関の中で歴史の原動力として示される対立が、具体的な調査に代わって普遍的な構成〔≒解釈〕図式〔Konstruk-tionsschema〕として登場してくるのならば、もしくは、それらが必然性でもって未来を構成している力へと持ち上げられるのならば、今しがた概略を示した歴史把握というのは、完結した〔閉じた〕教条的な形而上学に変化しかねない。しかし、そうした歴史把握が、我々に知られている歴史的な経過についての正しい理論、つまり、言うまでもなく理論一般の認識理論上の問題性を免れない正しい理論であると見做されているとしたら、そのときそうした歴史把握は、歴史学的な経験を現在の認識に対応するような形で定式化することになってしまう。我々が心理学とこうした定式化の関係を規定しようとするのならば、そのときこの定式化は、自由主義的な見方とは対照的に、心理学的ではないということがさしあたって示されることになる。このリベラリズム的な見方というのは、意味に即して〔sinngemäß〕歴史を、孤立して想定される諸個人、そして諸個人の本質的に一定不変の心理学的な諸力、つまり諸個人の利害関心の相互作用から明らかにせざるをえなかった。しかし、歴史が、人間社会の生活過程が生じる様々な仕方に応じて区分されるとき、心理学的ではなく経済的なカテゴリー〔こそ〕が歴史学的に根本的なものとなる。心理学は基礎科学から、無論、歴史に不可欠な補助科学となる。こうした機能の変化を通じて、心理学の内容も打撃を与えられることになるのである。心理学の対象はこうした理論の枠内で統一性を失っていく。心理学はもはや人間一般を相手にしているわけではない、そうではなく、あらゆる時代において、個人の中で展開可能な心の〔seelich〕諸力全体、諸個人の身体的及び精神的な能力の根底に横たえる努力、さらに社会と個人の生活過程を豊かにする心の諸要因を、その都度の社会の構造全体によって決定され、比較的平衡している心的体制、つまり個人・集団・階級・人種・国民といった〔カテゴリーの持っている〕こうした心的体制から区別されねばならない。要するに、これら〔社会的〕性格〔byフロム〕から区別されねばならないのだ。

⑮事実、心理学の対象はそうした尺度の対象を歴史の中に巻き込んでしまうが、他方で諸個人の役割は経済的諸関係の単なる機能の内に解消されえない。この理論は世界史的な人格を意義付けることを否定するものではないし、異なる社会集団の構成員によって心理的に構成することの意義を否定するものでもない。異なる生産様式、共通の需要により適合した生産様式によって劣っている生産様式の放棄を描き出す認識、いわば我々に利害関心を起こさせる歴史の骨組みを描き出す認識は、人間の活動のための統一的な表現である。こうした表現を含む主張、つまり社会の生活プロセスすなわち社会の分析が自然とともに生じるような方法から文化が独立するという主張、それどころかこうした社会の全部分が文化の根底にある関係の索引を引き受け、そして人間の経済活動でもって自身の意識が変わるという主張は、人間の自発性を決して否定せず、そうした自発性の歴史的な有効性の形式と条件の洞察を与えようとする。無論、人間の活動はその都度前の世代によって形成されてきた生活必需品を受け継がねばならないが、手許にある諸関係を保存することも変化させることも目指す人間のエネルギーは、この独自の、心理学によって究明されうる性質を持っている。とりわけ、次の点で経済的な歴史理論の諸概念は根本的に形而上学的な歴史理論の諸概念と区別される。つまり、経済的な歴史理論の諸概念は、確かに歴史的なダイナミズムをそのできるだけ決められた形式の中で反映しようとするが、全体性の完結している視点を差し出すことを必要とせず、逆に、その結果がこの概念それ自体に逆効果を与えてしまうような広範な研究への命令を含意しているという点で区別されるのだ。

⑯特にこの結果は心理学に適用される。経済プロセスによる人間と人間集団の歴史的な行為を理論の中で主張されているように規定することは、個々の行為の中で次のようにして科学的に解明することによってはじめて理解されうる。つまり、人間や人間集団の一定の歴史学的な段階でその都度固有の反応様式を科学的に解明することで、である。経済的生を構造的に変化させることは、相異なる社会集団の構成員のもとに所与の時点で存在している心理的な組織〔Verfassung〕によって、彼らの全生活の表出を変化させることに変わってしまう、そうしたようなものが未だ認識されない限り、後者の〔変化の〕独立性についての教説は、前者〔の変化〕に関して、次のような教義的諸要素を包摂している。すなわち、この教説の仮言的な価値を、現在を解明する〔Aufklärung〕ために真面目に侵害するような教義的諸要素である。経済発展とそれ以外の構造的発展の間を心理学的に調停することの暴露は、たしかに次のような言明、合理的な経済変革に合理的な文化変革が従ってきたという言明を耐え抜かせようとしている。しかし、この暴露は、事情によっては、両方の系列の間にある機能的な諸関係を把握することの批判に向かいうるだけでなく、一連の秩序が未来においていつか変化するか、それとは正反対の未来に変えることになる、という予想を強めうるのだ。そのとき、経済と心理学の位階関係も歴史に関して変化せねばならないだろう。それゆえ、そこでは歴史把握など弁明にすぎないということが示され、このことは、人間の欲動それ自身と同じ程度に科学の秩序、そしてそれと同時に、科学に固有のテーゼを歴史に含めるのである。

⑰言うまでもないことだが、現在、両方の科学の関係を規定しているリアルな実態は、心理学のアクチュアルな形態にも自己投影している。人間は、自身の諸力や欲求が凌いできた経済諸関係を、それら力や欲求を高次かつ比較的合理的な組織形態で置き換えることをせず、実直に含んでいるということは、ただ可能であるだけである。というのも、数字に顕著に現れている社会諸階層による行為は、認識によってではなく、意識を偽造する欲動の運動によって規定されているからだ。イデオロギー的な煽動が、このような歴史学的にとりわけ重要な契機を形成するだけでは決してない―その意義は啓蒙とその歴史学的状況の合理主義的な人間学に相応しいのかもしれないが―。それだけではなく、こうした集団の心理的な全構造、つまりその集団の構成員の性格は、経済プロセスにおける彼らの役割との連関の中で絶え間なく更新される。それゆえ、心理学は、こうした深く横たわる心理的諸要因、それを用いて経済が人間を決定するような心理的諸要因へと突き進む必要があるだろうし、広範に無意識の心理学となろう。所与の社会的諸関係によって条件付けられたこの形態の中で心理学は、相異なる社会諸階層に同一の様式において適用されることは決してない。人間や人間集団の歴史的行為が認識によって動機づけられればそれだけ、歴史家は心理的解明に手を付ける必要がなくなるのである。英雄の心理的意義をヘーゲルが軽蔑することは、そこでは〔ヘーゲル〕自身の法に向けられている。しかし、行為が現実に対する洞察に基づくこと、それどころかこの洞察と矛盾することが少なければ少ないほど、無理やり人間によって規定され、不合理である諸力を心理学的に暴き出すことはいっそう必然的となるのだ。

⑱歴史の補助科学としての心理学の意義は次の点において基礎づけられている。すなわち、この世を支配してきた社会のあらゆる形式が、人間諸力による一定の発展度合いを前提とし、それゆえ心理的に共に条件付けられているのと同様に、とりわけすでにそこに存在している社会の機能や、他の機能の下で常に機能不全を起こしている組織形態を保持することは、心的諸要因に基づいている、という点において基礎づけられている。特定の歴史時代の分析のもとで特に問題となるのは、心理的諸力と気質〔Dispositionen〕、相異なる社会集団の一員の性格と変わりやすさを認識することである。しかし、心理学はその〔問題の〕ために大衆心理学になることは決してない。そうではなく、心理学は自身の洞察を、諸個人の研究から得るのである。「社会心理学の根底には常に個人の心理があり続けるのだ」。大衆心理も大衆意識も存在しない。通俗的な意味での大衆概念は、刺激的な出来事が生じた際に、人間の集積〔群衆〕を観察することから形成されうる。事実、そうした偶然的な集団の一部としての人間が、とある特徴的な様式に反応するかもしれないが、このことに対する理解は、その様式を形成している個々の成分の心理、あらゆる理解のもとで言うまでもなく社会における自身の集団の運命によって規定されている成分の心理の中で探求されうる。大衆心理学の代わりに、異なった集団心理学つまり、生産プロセスにおいて重要な集団の一員にとって共通であるまさにその〔大衆心理学の〕欲動メカニズムの研究が進出してくる。この研究はとりわけ次のような疑問を追求する必要がある。すなわち、どのようにして生産プロセスにおける個人の機能は、決められた性質を持つ家族内での自身の運命や、社会空間の代わりに社会的な形成力の作用、しかしまた、経済における自身に固有の労働の方法や様式を貫いて、自身の性格形式ないし意識様式を形作るための決定権をもつのか、という疑問である。この疑問は、経済状況に基づいて葛藤に押し付ける社会諸階層間の分裂が隠れたままになりうる、ということが可能である心理的メカニズムは、どのように成立するのか、ということを探求しうるのである。事実、心理学に関する少なからぬ表現の中では、似たような諸対象によって、頻繁に指導者や大衆が口に出されているが、そのとき次のことが表現されうるのである。すなわち、歴史において意義のある関係というのは個々の指導者への無調の大衆による服従を表現するよりも、社会諸集団による所与のヒエラルキーや支配的な社会諸力の安全性や必然性への信頼を表現している、ということが考慮されうるのである。心理学は次のことを観察してきた。すなわち、「民主的形式下にせよ貴族的形式下にせよ、効果的に社会的組織化を完全なものにすることは、入念で筋が通り、個人的である目的を純粋に僅かにしか変化させなかったし、比較的安全で短い道の上でより深く社会の構成員の脳髄へその目的をもたらす必要がある」ということ、そして反乱の指導者は、より完璧なものに近づいた組織が欠けているために決して自身の部下を意のままにすることはできないが、それに対して司令官はほとんどいつでも完璧に自身の部下を意のままにできている、ということを心理学は観察してきたのである。しかし、指導者と大衆の関係を特別な問題として包摂する、こうした著しく入り組んだ問題は、なおも心理学的な溝を必要としている。フランス人〔ブルデュー〕による研究が社会心理学的な問いを扱うに際して重要な機能を割り振っている「性向」〔habitude〕概念は卓越して教養プロセスの結果を示している。その結果とは、社会的に要求された行為へと促す心的な気質である。しかし、〔それを〕より深くまで推し進め、こうした結果の発生やその再現、変化し続ける社会プロセスへの持続的な適応を概念把握することが必要である。このことは、個々の人間の分析において獲得されうる諸経験に基づいてのみ可能となるのだ。

⑲歴史学に対して多くの実りをもたらす心理学の方法論上の諸要綱の下で、例えば社会集団の構成員の適応力というのは、特に彼らの経済状況に対して重要なものとなるだろう。言うまでもないことだが、こうした適応を連続的に可能にするその都度の心理学的メカニズムは、それ自身歴史の経過の中で生じるが、我々はこのメカニズムを、およそ現在における一定の歴史学的出来事を解明するに際して、所与のものとして前提せねばならない。そうすることでこれらメカニズムは、現代における心理学の一部分を形成するのである。ここまでで例えば、固有の集団の経済状況から生じる利害関心を充足することが、事物の本質と調和している世界を眺める人間の能力というのは、世界が客観的な道徳の内に基礎づけられているということの中に数えられている。捻じ曲げられ欺かれるかもしれないことは、合理的に起こるわけがない。客観的道徳の心理学的装置に基づいて人間はむしろ、世界を自身の行為が自身の知に合致可能である認識として利用するのが常である。カントは、その仕事が本質的に経験的な意識における自身の始まりを前にした我々の印象の普遍的な前成説〔Präformation〕の中で存続している「図式論」〔Schematismus〕を論究することによって「我々がその真なる操作を自然から察知し、自然が視野を遮ることなくその真なる操作を固定させておくような」魂の奥深くに存する、歪曲された芸術を口にした。それに対し、経済的に要求行為と世界像の一致を結果として伴うあの特例的な前成説は、心理学によって明らかにされうるが、また、その際にカントによって考えられた図式論を超えて何かが処理されることは、一度たりとも不可能になっていない。というのも、世界を意識の中にもたらし、それに続いて世界が数学-機械的自然科学のカテゴリーの中に埋没してしまう図式論の機能は、―カテゴリーそれ自身についての決定から完全に独立して―歴史的に条件付けられた心理的効果として現れてくるからである。

⑳それなりに多くの歴史家が心理学に示している不信感に対し、当然ながら合理的な功利主義に固有の心理学的体系を確定することが寄与している。それによれば、人間は専ら検討に基づいて自身の物質的利益を取り扱うのである。そうした心理学的な諸表象は、―言うまでもなく労働の仮説の意味において、しかしそれでも決定的な様式において―自由主義的な国民経済を規定した。確実に私的な利害関心は、特定の時代の社会において、ほとんど高く評価されうる役割を果たしていない。しかし、現実に行為する人間についてのこうした心理学的抽象化に相応しいもの、つまり経済的エゴイズムはそれ自身、原理がその解明に引き寄せられるような社会的状態に負けず劣らず歴史的に条件付けられ、ラディカルに不安定である。事実、非個人的な経済秩序の可能性についての説明の中でいくつかの論証は、エゴイスティックな〔egoistisch〕人間本性についての教説が根底にあるような役割を果たすのが常であるが、〔この教説の〕支持者も経済理論の反対者も誤っている。ただし、彼らが、問題含みな原理の普遍的妥当性を自身の論証の根拠にしている限りではあるが。近代心理学は長きにわたり次のことを認識してきた。すなわち、人間における自己保存本能を自然のそれとして主張し、個人的かつ社会的な行いが見たところその本能に還元されえないらしいようなところで、いわゆる「中心的」〔zentrale〕諸要因を取り入れることが反転してしまったということを認識してきたのである。人間や、思うに動物でさえ心理的に、それらあらゆる根源的な欲動の運動が必然的に、物質的な安定についての直接の喜びに適用されてきたことを個人的に組織化したことなど決してなかった。例えば人間は、志を同じくする者たちとの連帯〔Solidarität〕の中で、苦しみと死を考慮して連帯を甘受させる幸福を体験することができる。戦争と革命は、この明らかな目印をこうした体験に差し出す。非-エゴイスティックな欲動の運動はこの明らかな目印をあらゆる時間に差し出してしまった。また、この運動は、実際には真面目な心理学によって否定されるものではなく、せいぜい問題含みな解明によって個人的な動機に還元されようとしてきた〔にすぎない〕のである。心理学的かつ哲学的思潮によって人間に関する教説をあのように経済的に歪曲することに直面して、少なからぬ社会学者たちは、自分で欲動に関する教説を立てることを試みてきた。しかし、これら教説は、あらゆることをいくつかある点の一つから説明する功利主義的心理学とは対照に、あらゆるものを同じように生来のものとして見做す本能と欲動の巨大な石版を包含し、特殊な心理学的機能諸関係をお粗末にするのが常である。

㉑いずれにせよ人間の諸行為は、単に彼らの身体的自己保存本能に相応しくないだけでなく、また、その直接の性欲に相応しくないというだけでもない。そうではなく、人間の諸行為は、例えば攻撃的な諸力さらに固有の人格を承認し操作すること、共同ないし他の欲動の運動の中に隠されたものに従った欲求に相応しいのである。近代心理学(フロイト)は、空腹が直接かつ恒常的な充足感〔Befriedigung〕を求めることと空腹についてのそうした主張はどのように区別されるのか、ということを示した。その一方で、こうした主張は、広範に延長可能つまりモデル化可能であり、空想の安定性にとって都合がいいのである。しかし、欲動の運動の2つの方法、すなわち延長不可能なそれと「可塑的な」〔plastisch〕それとの間には、歴史的推移の中で偉大な重要性からできている諸連関が存在している。直接身体的な欲求を不十分に充足させることは、その欲求がかなり緊急性を帯びているにも関わらず、部分的かつ暫くの間、少なくとも他の命令への喜びでもって取り替えられるのである。あらゆる方法の円形闘技場〔サーカス/circenses〕は、多くの歴史学的状況の中で広範にパニ族〔panis〕に代わって登場してきたし、このことを可能にしている心理学的メカニズムの調査は、明らかにされつつある具体的な歴史学的経過へこのメカニズムを専門的に適用することと並んで、心理学が歴史研究の枠内で果たす必要がある差し迫った課題であるのだ。

㉒経済原理は、こうした業績のもとでは損害しかもたらし得なかった。この原理はおよそ次のことへと誘惑しうる。すなわち、社会階層未満がその社会的立ち位置を直接高めることを待ち受ける必要がないような社会全体の諸活動、例えば戦争への社会階層未満の参与

を理論的回り道をしつつも物質的な目標設定に還元することへと誘惑しうる。しかし、その際、追放されたが権力のある共同の統一〔共同体〕への従属が人間に対して持っている偉大な心的な意義が誤認されている。事実、これら意義は教育によって、個人の妥当性や向上、保護された実存を指摘され、こうした価値秩序の発展は、諸個人としてのその偉大な心的意義にとって、自身の社会的立ち位置のために不可能である。自尊心を高め、好都合であるような労働は身体的不自由を容易に耐えさせ、すでにその成果の単純な意識は、不健全な食事への嫌気を広範に渡り埋め合わせることができる。もし重苦しい物質的実存のこうした埋め合わせが人間に禁じられているのならば、尊敬を手に入れ成果を手にしている超個人的な統一と自己と幻想の中で同一化する可能性は、それだけいっそう生命に不可欠となっていく。根底に存する欲求の充足というのは、その強度を頼りに物質的享楽よりも劣っている必要などない心的現実性である、ということを我々が心理学から学ぶとき、世界観的な現象の一連の関係に対して、すでに多くのものが獲得されることになるだろう。

㉓私は歴史理論の枠内での心理学の役割に広範な例を挙げた。それゆえ、微かに組織された諸個人の意識における異なった出来事や葛藤、つまり諸個人の良心という諸現象は、社会の存続にとって必要不可欠な粗雑な活動が諸現象から取り除かれたものとしての経済的分業の製品である。社会の生は、諸現象がそれを導くように、監獄や畜殺場が存在し、所与の諸関係の下での残忍さ一般なしにその活動は考えられえないような労働の完全な系列が詳説されるということから独立しているにもかかわらず、それでも諸個人は、生活プロセスの粗野な形式からのそれら〔諸個人の〕社会的な隔たりの結果として、これら出来事を自身の意識から排除することができるのである。無条件の道徳的葛藤が諸個人に固有の生の中で最大級の震撼を生じしめる結果として、その諸個人の心的装置は僅かな反応を示す。その排除メカニズムも諸個人の意識的な反応や障害も心理学によって把握されうることになるだろうが、それに対して、諸個人の実存を条件付けることは経済的であるのだ。経済的なものは包括的なものや第一義的なものと見做されているが、個々の経済的なものにおける条件性の認識や仲介する成り行きそれ自身の徹底究明、それゆえ結果の概念把握もまた、心理学的な労働から独立しているのである。

㉔しかし、経済的先入観へと固定されている心理学を拒絶することで次のことがそこから転じねばならないということはない。すなわち、人間の経済状況が自身の心的生を最小限に細分化することにまで有効であるということである。単にその内容だけでなく、心的装置の振れ幅の強さも経済的に条件付けられている。最小限の嫌がらせもしくは無条件に好都合な気分転換が、心情の運動を、部外者たちに対してほとんど理解できないような強度から引き出すことを必然的に伴う諸関係が存在する。小さな生活集団への制限というのは、愛や喜びに相応しい配置、性格に反作用し性格に質的な影響を及ぼす配置を条件付ける。それに対し、生産プロセスにおいて比較的有利な状況、例えば巨大な向上の管轄というのは、他の人間に対して自身の生の大きな不安定さを意味している享楽と悲嘆が重要でなくなる、そうした展望を認めるのである。社会的な諸連関が明白でないものによって確固として固く保持され、人間の生を規定する世界観的かつ道徳的な諸表象は、高度な経済状況からその条件と変動において評価される。その結果、人間の強固な性格は溶解してしまう。事実、生来の身体的相違が極度に大きいということを我々が前提したとしても、誰からでも自身の運命を通じて子供時代から強い影響を残されてしまう根本の利害関心の構造、つまり誰からでも社会における自身の機能を通じて指示されてしまう地平は、ほとんどありえない場合でも、あの根本的な相違をくじけることなく具体化することを許容することになる。それどころかむしろ、この具体化の機会は、人間が属している社会階層に従って区分される。障害がはじめから生活状況によって設定されることが少なければ少ないほど、とりわけ知識階級やそれ以外の有能な人々の多数はそれだけますます容易に発展することができる。現在というのは、未だ意識された経済的動機によるよりも、生活の型全体上で経済諸関係を識別不能なくらい作用させることによって特徴づけられている。

㉕心理学と歴史の関係を効果的に哲学的討議の対象へと高めた功績は、ディルタイに相応しい。この問題に彼は自身の著作の進展の中で繰り返し戻ってきている。彼は、精神科学の諸欲求に歩み寄り、学校心理学〔Schulpsycholigie〕のいくつかの欠陥を乗り越える新たな心理学を要求したのだった。彼によれば、個々の精神諸科学を発展させることは、この心理学の形成に結び付けられる。心理学の対象が基礎づけられる心的連関なくとも、精神諸科学は「集合体〔ein Aggregat〕、束〔ein Bündel〕」を形成するが、「体系」は形成しない。「体系はそのようにしてある」と彼は述べるが、「そして、諸学科を遮断しても体系を妨げることはできない。つまり、文化、経済、法、宗教、芸術そして科学の諸体系や家族、自治体、教会、国家の諸連合における社会の外的組織体が人間の心の生き生きとした連関に由来しているように、これら体系は結局、この連関から理解されうるのである。心的事実はそれらの最も重要な構成要素を形成する。それゆえ、それらは心的分析なしでは識別されえないのである」。しかし、もしディルタイの言うように心理学が歴史に対する補助科学としての機能を果たすとしたら、彼にとって歴史それ自体は本質的に人間の認識のための手段と見做されてしまうことになる。ディルタイにとって、歴史の偉大な文化時代において単一な人間の本質というのは、根本的にあらゆる人間の中に割り当てられているその相異なる側面に従って具体的に示してきた、ということは確実である。あらゆる時代における代表的な人格性など彼にしてみれば、こうした異なる側面のそれぞれ一つに対する最良の表現様式でしかない。「人種、国民、社会階級、職業形態、歴史的段階、個性、これらすべては、[…]一様な人間本性の内部にある個人的な違いを局限している」。この一様な人間本性は、あらゆる時代において、特定の方法で姿を現すものである。

㉖歴史研究の諸欲求に歩み寄る心理学のディルタイによる研究がどれほど正当であったとしても、単一の心的連関がある時代の文化体系を根底に据え、それどころか、この一貫して筋が通り心的である連関が、歴史の発展全体の中ではじめて完全に具体化させるような全体的な〔total〕人間の本質の一側面を描くことは、正しいように思われないはずである。ある時代や相互に重なり合った時代における、文化体系のこうした単一性は、本質的に精神的な単一性であらねばならなかった。というのも、そうした単一性の諸表出はかつて、理解可能な心理学の方法によって到達可能で筋の通った諸表出として主張され得なかったからである。ディルタイが要求した心理学は、なるほど了解〔Verstehen〕の心理学であり、それゆえ歴史はその〔了解の〕哲学の中で本質的に精神史となる。しかし、そこで説明されたことによれば、時代もいわば世界史も、個々の文化領域の歴史でさえも、そういった単一性から理解されえない。仮に、例えば哲学史の多くの立場、あるいはソクラテス以前の哲学者の帰結が単一の思惟傾向の中で、自己を表現させているのかもしれないとしても。心的なものや精神的なものに歴史的変化がその都度いわば潜り込み、諸個人の集団内や幾重も条件付けられた社会的対立諸関係〔Antagonismen〕の内部における諸個人こそが心的な本質であり、それゆえその本質は、歴史における心理学でさえ必要としているのである。しかし、歴史を任意のそれに代わって普遍的な人間本性の単一的な内面の生活〔Seelenleben〕から概念把握しようとすることが、広く欠けているのかもしれないが。

㉗また、精神史としての歴史の関係は、次のような信仰〔Glauben〕と結び付けられるのが常である。すなわち、人間は見て、感じて、判断したもの、要するに自己自身についての自分の意識と本質的に同一である、という信仰である。精神科学者の課題と、経済学者、社会学者、心理学者、物理学者などの課題とのこうした混合は、観念論的な伝統に退くことになるが、現在の認識状態とぎこちなく一致されうる歴史的地平の偏狭さを形成する。また、諸個人と見做されるものは、概して人類〔Menschheit〕とも見做される。つまり、仮に、諸個人であるものが知られようとしたとき、諸個人から自身を守るものは信仰される必要などないのだ。

㉘このことを詳説するとともに私は、貴方がたに、現在の状況に相応しい歴史理論における心理学の論理的地点への問いを若干の歴史時点以上に差し上げていない。経済把握についてのこうした説明にもかかわらず、この問いは、ある程度完結した輪郭でさえ描かれることは決してない。しかし、どのようにして心理学的労働はその詳細一般の中で歴史研究に対していくらか意味をなすのか、という問いは些細なことなどではない。というのも、この心理学的問題は社会学者や歴史研究者によって原理的な根拠づけからおろそかにされているからであり、とりわけ、そこからの帰結として、多くの歴史的表現の中で原始心理学はコントロールされないまま役割を果たす必要があるからである。また、心理学は現在、言うまでもなくうわべだけかもしれない特別な意義を未だに包含している。すなわち、経済によって直接条件付けられた人間の反応様式の変化、つまり経済生活から直接生じている習慣や流行そして道徳的かつ美的な表象は、経済発展の加速と次のことを軽はずみに交換している。すなわち、硬化し、人間の正しい性質になるための時間がそれら〔習慣や流行、表象〕にもはや留まることがないこと、である。そして、相対的に恒常的である諸契機は、心的構造の中で勢力を増し、それに応じて普遍的な心理学も認識の価値を得るのである。比較的安定した時代において、社会的な性格諸類型の単なる相違は十分であるように見えるが、今や心理学は、そこから人間の存在様式〔Seinsweise〕について何かを知りうるような最も重要な源泉になっている傾向にある。すでにプシュケーが批判的諸契機の中で、かつて決定的な契機になっていた以上のものになっているのは、どのような意味の外そして中で、過ぎ去った歴史時代の一部である道徳的体制が、相異なる社会諸階級によって維持され、もしくは変化しているのか、ということをそれ自身あっさりと繰り返し経済諸要因が決定することなどないからである。

㉙問題の意義も理論の意義も、歴史の状態や人間が歴史の中で果たす役割から独立していることなどない。また、このことは歴史の経済体制と見做されている。つまり、歴史が他の側面を向けているいくつかの実存、もしくはこの歴史一般が構造の性質を持っていないように見えるいくつかの実存が存在しているのである。そして、こうした問いの中で合意を育てることは難儀である。そして、それはたしかに物質的利害諸関心が理由などでは決してなく、理論的な利害諸関心がうわべだけの並行性の下で相異なる方向に向かうことが理由で難儀ではある。しかし、このことは意思疎通の困難さに関わるのであり、真理の単一性に関わるのではない。また、利害諸関心のあらゆる相違に際して、人間の認識における主観的な契機というのは、人間の奔放などではない。そうではなく、この契機は人間に備わる素質の分け前であり、彼らの教育であり、彼らの労働であり、要するに社会の歴史との連関の中で概念把握されうる、人間に固有の歴史なのだ。


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