「元聖女と影のクエリア」第2話

 特務聖女機関《リアフォーリア》、という組織がある。
 曰く、特務聖女機関《リアフォーリア》は影ながら聖女に自由を与える存在であり。
 曰く、特務聖女機関《リアフォーリア》は上層部の一部を除いて聖女にすらも素性を明かさない存在であり。
 曰く、特務聖女機関《リアフォーリア》に所属する人間は特別な力を有する存在であり。
 誰もが知っている聖騎士———聖女を傍で守り、剣を握る大聖堂の誇る警備団体とは真逆。
 聖女であろうが誰であろうが己の正体は隠し、ひっそりと聖女の危機を退ける。
 そのため、特務聖女機関《リアフォーリア》は世間的に噂だけで名前が出るぐらいだ。
 しかし、巷で流れる噂は……真実である。
「あいあい、今日も暗殺者二名ご案内っと」
 ブルド唯一の教会、そこの屋根裏にて。
 半身全てが影で覆われた少年は木箱の上に腰を下ろして疲れたように息を吐く。
 目の前には黒いモヤのようなもので縛られた黒装束の男が三人、力が抜けた姿で倒れていた。
「ソフィアは相変わらず人気者だな。気を抜けば勝手に招待状も持ってない輩がパーティーに参加しに来る」
 特務聖女機関《リアフォーリア》所属、サク。『影』を司る特務聖女機関《リアフォーリア》の一人。そして、この教会唯一の牧師である。
「仕方ないじゃない」
 その様子を興味がなさそうに壁に寄りかかりながら見守る紅蓮色の髪を携えた少女。
「聖女をほしがる人間なんて市場の特売以上にゴロゴロいるんだから」
 特務聖女機関《リアフォーリア》所属、リーゼロッテ・アスタルテ。『記憶』を司る特務聖女機関《リアフォーリア》の一人で、この教会のシスターだ。
「はぁー、やだやだ。そういうやつに限って購買意識が欠けてんだ。客を捌く俺達の身にもなってほしいぜ」
「ソフィアに対応させたら一瞬で売り切れるでしょうね」
「そりゃ、売り子が誘拐されるからな」
「そのために私達が派遣されたんでしょ? なら気合いをいれなさい」
「元から入ってるよ。やっと掴めたあいつの自由な人生なんだから」
 サクは元の姿に戻って立ち上がり、屋根裏の下階段へと足を進めた。
 その瞬間、捉えていた人間が黒く染まった床へとゆっくり落ちていく。
「相変わらず、あなたの聖力《クエリア》は便利ね」
 ―――聖力《クエリア》。
 信仰する女神がこの世の現象に干渉させ人々を守るために与える力である。
 本来、聖女である少女のみが持つものなのだが、ごく稀にその力が他者に流れてしまうことがあった。
 その理由は様々。しかし、最も有力な説として挙げられるのが『聖女に選ばれた瞬間、少女の傍にいる』ことだ。
 聖女が持つ聖力《クエリア》は十八で薄まり、二十になると完全に消えてしまう。しかし、他者が持つ聖力《クエリア》はその限りではない。
 癒すことはできず、その代わり賜った人間によって様々の力が与えられる。
 故に、聖力《クエリア》を与えられた存在は聖女を守る者と、そう役目が与えられたのだと言われるようになった。
「それを言うんだったら、リゼのも充分便利だろ」
「私は非戦闘員枠の力よ」
 サクの後ろを歩くリゼが陰りを含んだ表情を浮かべる。
「守れなきゃ、意味ないもの」
「…………」
 サクはその言葉に返事はしない。
 その代わりに、そっとリーゼロッテの手を握った。
「なに? セクハラ?」
「人が心配してんのに不名誉を与えるのはやめてくんない?」
「あらあら、ありがと」
 リーゼロッテが一緒に階段を降りながらおかしそうに笑う。
 すると―――
「あーっ! リゼさんとサクが手を繋いでますっ!」
 三角巾にエプロンを身に纏ったソフィアが二人を指差して大声を上げた。
「なぁ、わんちゃん誘拐犯が来たことに気づいたかな?」
「ないでしょ、あの反応を見る限り。もしも気づいていたならそれとなく記憶を消しておくわ」
「やっぱり便利だろ、お前の聖力《クエリア》」
 ソフィアに自分を狙う輩がいたなど知られてはならない。
 知ってしまえば、心優しい少女は心を痛め、迷惑がかからないよう行動を移してしまう可能性がある。
 ―――聖女として役目を終えた少女には敬意と感謝を込めて不自由のない生活を送ってもらう。
 これが特務聖女機関《リアフォーリア》の絶対的ルールの一つ。
 そのためには危機が存在したこと、自分達のような存在がいることは隠し通さなければならない。
「むぅー!」
 ヒソヒソと話す二人を見て、ソフィアは頬を脹らませる。
「ズルいですっ! 私もサクと手を繋いで内緒話とかしたいです!」
「甘え方が子供なのよね」
「子供じゃないですよ!? 私はれっきとした十八歳です!」
「俺もたまにソフィアが十八なことを忘れることがある」
「サクまで!?」
 子供扱いされたソフィアは更に頬を脹らませてポカポカとサクの胸を叩く。
「それで、お二人は屋根裏部屋で何をされていたんですか?」
「あぁ、ちょっと体を動かし───」
「二人、密室、運動……!?」
「やめろやめろ、そこだけ切り取るな」
 純真無垢なソフィアは頬を赤らめて頬を押さえる。
「そっちは掃除か?」
「え? あ、はい! 礼拝の前に綺麗な状態で信徒の皆様をお迎えしたいですから!」
 赤らめた頬を戻して満面の笑みを浮かべる。
「もうそんな時間か……めんどくせぇ」
「牧師が何言ってんのよ。いつもサボってるクセに」
「いや、いつもサボってるからやりたくないんだろ」
「むっ! 今日こそは参加してもらいますからね!」
 ソフィアはサクの腕を掴んで引っ張り、階段へと向かう。
「ソフィアに見つかった時点で詰みか……」
「あなた、牧師の体裁を取ってるって忘れてないでしょうね?」
 リーゼロッテのジト目が突き刺さる。
 とはいえ、先程も誘拐犯を捉えたばかり。
「この職場は労働に対してストイックすぎやいませんかね……?」
 サクは腕を引っ張られながら大きなため息を吐いた。

 ♦️♦️♦️

 礼拝で行うことは大きく三つ。
 聖典を読み、信徒と一緒に祈りを捧げ、オルガンの音に合わせて聖歌を歌う。
 聖典を読むのは牧師、オルガンを弾くのも牧師。シスターが行うことなど正直あまりない。聖歌を皆の前で歌うぐらいだ。
 逆に礼拝における牧師の役割は意外と多い。
 神父ほど仕事量があるわけではないが、男性一人の職場なため全てサクが行わなければならない。
(面倒臭い)
 礼拝堂に置いてあるオルガンの前に座りながら、サクは楽譜に沿って聖歌を引いていく。
 礼拝堂の中はブルドに住んでる信徒の人間が席を埋め尽くし、リーゼロッテとソフィアが中央で歌っている。
(歌自体は嫌いじゃないんだが)
 サクは信徒ではない。
 大聖堂の特務聖女機関《リアフォーリア》に所属しているが、それはあくまで聖力《クエリア》が与えられたから所属しているだけ。
(あの時、気まぐれでソフィアと一緒に祈りなんか捧げなければ、女神からの恩恵ももらわなかったのになぁ)
 所属してしまったからこそ、大聖堂から牧師としての仕事を与えられた。
 もしソフィアが辺境の別荘でゆっくり過ごしたい言っていれば、恐らく牧師になどなることはなかっただろう。
(はぁ……面倒くさ)
 耳心地のよい歌に包まれながら、サクは内心でため息を吐く。
(本当に、面倒臭い《・・・・》)
 ステンドグラスに一筋の影が伸びる。
 歌に集中しているからか、誰もその存在に気がついていない。
 加えて、ソフィアの真上の天井に潜む一つの人影にも、だ。
「…………!」
 歌に紛れて、どこかからか声が聞こえた。
 物音も聞こえたような気がしたが、聖歌が綺麗に消してくれる。
(ソフィアの人気者っぷりには相変わらず頭が下がるよ)
 ステンドグラスから伸びた影が人影を飲み込む。
 抵抗など無駄───人影は、誰にも気づかれぬまま姿を消した。

 ♦️♦️♦️

「シスター・ソフィア、またねー!」
「はい! またお会いしましょうね!」
 礼拝が終わり、親に引かれ帰っていく子供が見送るソフィアに手を振る。
 その様子をサクとリーゼロッテは入口で見ていた。
「そういえば、礼拝中に一人襲ってきたでしょ?」
「襲ってきたっていうか、誘拐しようとしていた奴だな」
 欠伸を一つ、疲れた表情を浮かべるサクが見せる。
「最近、増えてきたわよね。前まではこんな頻繁じゃなかったはずなのに」
「聖女にまつわる何かしらの噂が豚の間で広がったのか、はたまた偶然なのかは分からんがな」
「上に聞いてみる?」
「いや、もう聞いた。そんで分からんから調べるってさ」
「なら今は待ちの状態ね」
 そんなことを話していると、最後に残った信徒を見送ったソフィアが二人の下に駆け寄った。
「お疲れ様でした、リゼさん!」
「えぇ、ソフィアもお疲れ」
「あれ、俺は?」
 二人よりも労働力が大きかったサクは綺麗に除け者にされた。
「サクはもう少しお仕事をしてください。今日だって一週間ぶりの礼拝ですよ?」
「いや、礼拝なら昨日───」
 そう言いかけて、サクの口が止まる。
 ユリスがいた時の記憶はリーゼロッテのおかげでソフィアにはない。それどころか、この前礼拝に参加した信徒の記憶すら聖力《クエリア》によって消えている。
 そのため、余計な発言で消した記憶が蘇ることがあるし、そもそも首を傾げられるだけだ。
「昨日の?」
「い、いや……なんでもない」
「ふふっ、サクはたまにおかしな発言をしますね」
「そんなことはないだろ?」
「この前だって「ユリスがいるかた俺って働かなくてもいいんじゃね!?」って───」
「リ、リゼさ……ん、やめ……ッ! 目は、グーで潰す……もの、じゃ……ッ!」
「目はチョキでも潰しちゃダメですよ!?」
 突然サクの目に拳を振り下ろし始めたリーゼロッテに驚くソフィア。
「っというより、何故いきなりサクを殴ってるんですか!?」
「いや、この軽い口にお仕置しただけよ」
「なら口でいいだろう!?」
 そう訴える頃には、サクの目はパンパンに腫れ上がっていた。

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