「ヤクザの息子だけがお嬢様の秘密を知っている」第2話


畳と屏風などがある和室の部屋。
ここで布団に入っていた優瑠は目を覚まし、枕元にある時計を確認する。
優瑠(まだ5時か…)
そして、再び枕へ顔を埋める。
優瑠(…まだ寝られる)

その時、いきなり優瑠の住んでいる家から大きな声が聞こえ、優瑠の背中が跳ねた。
ヤクザA「坊ちゃんに春が来たぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

バタバタと足音が聞こえ、部屋の障子がいきなり開かれて黒スーツを着たイカついヤクザの男が顔を出し、優瑠は額に青筋が浮かんだ。
ヤクザA「坊ちゃん 春到来おめでとうございます!」
優瑠「うるせぇよ」

ゆっくりと体を起こし、眠たそうに頭を搔く。
優瑠「マジでお前」「今何時だと思ってんだよ…」
ヤクザA「しかし坊ちゃん」

ヤクザの男の言葉に、呆けた顔を見せる優瑠。
ヤクザA「可愛いお嬢さんがお迎えに来てますぜ」
優瑠「…は?」


和風チックな玄関先で笑みを浮かべる柊夜と、その後ろで眠たそうに肩を落とす美奈。
柊夜「おはようございます 竜胆さん」

首を傾げる柊夜に、優瑠は額に青筋を浮かべる。
柊夜「眠たそうですね」
優瑠「今5時だからな」

優瑠がもう一度頭を搔く。
優瑠「んで 朝っぱらから迷惑度外視で押し掛けてきたお嬢様は一体何用で?」

柊夜が瞳を輝かせて語る。
柊夜「お友達の間では『一緒に登校』をするらしいのです!」
優瑠「…それをしに来た と?」
柊夜「はいっ!」

後ろにいる美奈に視線を投げる優瑠。
優瑠「…なぁ 友達文化の前に常識ってやつをどうして教えなかったんだ?」

欠伸をしながら答える美奈。
美奈「お嬢は気兼ねない友人ができて嬉しいんですよ」「私だってこんな朝早くから叩き起されて…ふぁぁっ」

目を輝かせながら、柊夜が優瑠の腕を掴む。
柊夜「というわけですので 早速学校に向かいましょう!」
優瑠「待て待て待て」

首を傾げる柊夜。
柊夜「お手洗いですか?」
優瑠「その前に俺の格好を見ろ」

諭すように目を伏せて口にする優瑠。
優瑠「俺は寝起きなんだよ」「見ての通り まだ着替えもしてねぇし まず朝食すらも」
ヤクザA「坊ちゃん」

嬉しそうに涙を流し、親指を立てながら、制服と弁当箱、おにぎりを持つヤクザA、B、C。それを見て固まる優瑠。
優瑠「…………」

両手を合わせて喜ぶ柊夜に、もう一度固まった姿を見せる優瑠。
柊夜「準備万端ですね」
優瑠「…………」
柊夜「では早速 学校へ向かいましょう!」


人気の少ない早朝の住宅街を歩く三人。
大きく溜め息をつく優瑠を見て首を傾げる柊夜。
柊夜「溜め息をつくと幸せが逃げてしまいますよ?」
優瑠「その前に俺の溜め息を誘発させてんじゃねぇよ…」

眠たげな瞼を擦って後ろを歩く美奈。
美奈「私はもう学校に着いたら速攻で寝てやるです…」
優瑠「俺はもう目が覚めたからなぁ」

大きく背伸びをする優瑠。
優瑠「せっかくだし 英語の復習でもするかね」

ドン引く二人へ額に青筋を浮かべたままツッコミを入れる優瑠。
美奈「見え透いた嘘を...」
柊夜「女の子の前で背伸びをしたい気持ちは分かりますが…」
優瑠「てめぇら 張り倒すぞ?」

何かを思い出したかのように柊夜は顎に指を当てる。
柊夜「あ でも竜胆さんは毎回テストの順位はトップでしたね」
美奈「マジですか!?」
柊夜「えぇ」

何か納得したような顔をする柊夜。
柊夜「皆様は「どうせ張り出された瞬間に名前を変えた」など「目立ちたくて悪戯している」などと仰っていましたが」「どうやら 違ったようですね」
優瑠「普通はそうだろうが」

頭を掻いて横を歩く柊夜に目を向ける。
優瑠「別に意外性はあるだろうが 勉強なんて学生の本分だろ」「そんなこと言ったら お嬢様が喧嘩好きの方が意外性高い」

見惚れるようなお淑やかな笑みを浮かべる柊夜に、一瞬ドキッとしてしまう優瑠。
柊夜「ふふっ それもそうですね」
優瑠「ッ!?」

視線を逸らし、今度は頬を掻く優瑠。
優瑠(見た目だけは一丁前に整ってんだよな)

嬉しそうな顔をする柊夜の後ろで額に手を当てる美奈、横でドン引く優瑠。
柊夜「放課後 隣町の子から呼び出しがありましたので」「とても楽しみです」
優瑠(…ほんと 見た目だけは整ってんだよなぁ)

大きな溜め息を吐く美奈。
美奈「はぁ…」「マジでほどほどにしてくださいよ お嬢」「ただでさえ 今日もヤクザの家に行く時にぐちぐち言われたんですから」

頬を脹らませて可愛らしく柊夜が拗ねる。
優瑠「そりゃそうだろうな」
柊夜「…私はただお友達と一緒に登校がしたかっただけですのに」

その時、ふと背後から昴の声が聞こえた。
昴「や やっと追いつきましたよ…!」

振り返り、息を荒らした昴を見る優瑠。
優瑠「…なんでお前がいんの?」
昴「あ 兄貴といっつも一緒に登校してるじゃないっすか…」
優瑠「まぁ そうなんだが…」

食い気味に顔を近づけてくる昴。
優瑠「今 6時だぞ?」
昴「そうっすよ!」「なんで今日はこんなに早いんっすか!?」

拳を握り締めて悔しがる昴。
昴「兄貴の組の人からの電話がなければ」「僕は今頃一人悲しく登校することになっていたっす…!」

優瑠の後ろからひょっこりと柊夜が顔を出す。
柊夜「あら」「そちらの方は」

柊夜の存在に今更ながら気づいて驚く昴。
昴「うわあっ!」「な ななななんであのお嬢様が兄貴と一緒にいるんっすか!?」

驚いて視線を優瑠へと向け、優瑠は真顔で首を横に振る。
昴「しかも こんな朝早く…」
優瑠「俺が聞きたい」

どうしようかと、悩みながら頭を掻く優瑠。
優瑠(しかし どう説明したもんか)(もちろん このお嬢様が噂の『女帝』で喧嘩好きってことは言えないし)(そうなってくると どう話すようになったかっていう経緯も説明できん)

見えないように背後から美奈がハサミを突きつけ、小声で話す。
美奈「変なことを言ったら コロス」
優瑠(それに 迂闊な発言はできないし)

チラリと柊夜に視線を向けた。
優瑠(さて どうしたもんか―――)

しかし、柊夜が驚く昴に向かって鼻を鳴らす。
柊夜「ふふっ よく聞いてくれましたね」

そして、得意気に胸を張って高らかに言い放った。
柊夜「竜胆さんは 全てを曝け出した私を受け止めてくれた男の子なのです!」
優瑠「待て待て待て」

顔を真っ赤に染めてチラチラと見てくる昴に背を向けながら、優瑠は柊夜の肩を掴む。
優瑠「おいコラてめぇ」「何言ってんだ あァ?」
柊夜「ですが 竜胆さんは私の秘密を知ってお友達になってくれた人ですし」
優瑠「抽出する単語に悪意があんだよ」

気恥ずかしそうに口にする昴。
昴「あ 兄貴にもついに春が訪れたんですね…」「しかも あの学校一有名で人気な西条院先輩をまさか自摸《ツモ》るなんて」
優瑠「違う違う」

大きく溜め息をついて説明をする優瑠。
優瑠「単純に昨日話す機会があって」「そん時に仲良くなったんだよ」
昴「なーんだ そうだったんっすねー!」

頭に手を当てて大きく笑う昴。
昴「そうっすよねー!」「孤独こそかっこいいって思ってるちょっとイタい兄貴が一日で女の子を落とせるわけないっすもんねー!」
優瑠「俺はたまにお前が尊敬してくれているのか疑問に思うよ」

優瑠と柊夜が並んでいる姿絵。
昴「しかし 凄い光景ですよね」「漢の中の漢である兄貴と 女性の全てを兼ね備えたお嬢様がこうして並んでいるなんて」「正反対の二人が並んでいるのを見ると―――」

腕を組んで二人をまじまじと見つめていると、昴が後ろにいる美奈にようやく気がつく。
昴「…ん?」

美奈に勢いよく指をさす昴。
昴「あーーーーっ!!!」「なんてお前がここにっ!」
美奈「そりゃ こっちのセリフでいやがりますよ」

美奈に視線を向ける柊夜と、昴に視線を向ける優瑠。
柊夜「お知り合いですか?」
美奈「何かと私に突っかかってくるクラスメイトです」
優瑠「知り合いか?」
昴「何かと僕に突っかかってくるクラスメイトっす」

顔を近づけ、眼を飛ばし合う昴と美奈。
昴「突っかかってくるのはお前の方だろ このお嬢様のコバンザメ」
美奈「こっちのセリフでいやがりますよ この虎の威を借る雑草が」

馬鹿にするように笑う昴を見て、額に青筋を浮かべる美奈。
昴「あー そういえばこの前「不良の舎弟ごときが点数取れるわけがない」とか言って」「ボロクソに点数負けてたっすよねー」
美奈「...ッ!」
昴「実は兄貴直々に教えてもらったんっすけどー」「その不良の舎弟ごときに負けた気分はいかがっすかー?」

美奈が昴の足を払い、倒れたところへ馬乗りになり、拳を振り下ろす。
昴「ちょ まっ...!」「ぼうりょ く...はん た...ッ!」

その光景を微笑ましそうに見つめる柊夜と、どうでもよさそうな顔を見る優瑠。
柊夜「ふふっ」「お二人は仲良しなのですね」
優瑠「喧嘩するほど仲がいいって言うしなー」

ハッ、と。何かに気がつく柊夜。
柊夜「もしや 私も親睦を深めるために竜胆さんと喧嘩した方がいいのでは...!?」
優瑠「お前は馬鹿か」

目を輝かせ、鼻息を荒くしながら優瑠に顔を近づける柊夜。
柊夜「ですが 一度『孤王』と名高い竜胆さんと手合わせしてみたいですっ!」
優瑠「落ち着けお嬢様!」「どんどんキャラ振れが激しくなってきてる!」

昴にマウントを取って拳を振り下ろす美奈と、柊夜に顔を近づけられ困っている優瑠。そんな光景を、犬を連れて歩いている女性とランニングをしている男の人が不思議そうに見つめていたのであった。
通行人A「…………」
通行人B「…………」

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