「ヤクザの息子だけがお嬢様の秘密を知っている」第1話


桜が舞う学校の校門の前で、使用人が開けたリムジンから女子生徒(西条院柊夜)が降りてくる。
モノローグ「この学校では 一際有名な生徒が二人がいる」
靡く金髪を押さえながら歩いていると、周囲にいた生徒が茫然と見蕩れる。
生徒A「ねぇ 西条院さんよ」
生徒B「相変わらず綺麗な人…」
モノローグ「一人は世界三代財閥である西条院グループの愛娘」

後ろから走って追いかけてくる小柄で愛くるしい顔をする肩口まで切り揃えた茶髪の女子生徒(幾田美奈《いくた みな》)がやって来て、柊夜が笑う。
美奈「お嬢 一緒に乗ったメイドを放置ってどうなんですか?」
柊夜「ふふっ ごめんなさい」
モノローグ「品行方正 運動神経抜群 容姿端麗」「全てを兼ね備えているであろう美姫」

腰まで伸びた金の長髪を押さえながら笑う大人びた雰囲気を醸し出す柊夜の姿絵。
柊夜「私 せっかちな性格ですので」
モノローグ「───高校二年 西条院 柊夜《さいじょういん ひいよ》」「この学校で随一の人気を誇る少女である」

一瞬にして怯えるようにざわつき始める生徒達。
その視線の先には、少し長めに切り揃えた黒髪に金のメッシュが入っているイカつい顔の少年(竜胆優瑠)の姿があった。
モノローグ「そしてもう一人 柊夜とは違う側面で有名な人間───」

後ろから走ってくる美形の青年(神崎昴《かんざき すばる》)。
昴「待ってくださいよ 兄貴〜!」
優瑠「なんでお前を待たなきゃいけねぇんだよ」
昴「えー 兄貴の舎弟じゃないっすかー」

気だるそうに校門前を歩く優瑠の姿絵。
モノローグ「───高校二年 竜胆 優瑠《りんどう うる》」「柊夜とは正反対の学校一の不良であり ここ一帯を纏めるヤクザの一人息子」「周囲からは『孤王』と呼ばれる男である」

ヒソヒソと話す生徒達。
生徒A「ねぇ 聞いた?」「この前 隣の学校の不良を一掃したんだって」
生徒B「この前先輩相手に喧嘩売って病院送りにしたって話もあるぞ」
生徒C「怖いよねぇ…」「やっぱり ヤクザの息子は」
生徒D「隣にいる子も脅されて舎弟やらされてるんだとか」

周囲のヒソヒソ話を聞いて苛立つ昴の肩を掴んで止める優瑠。
昴「あいつら…兄貴の陰口を堂々と…!」
優瑠「待て待て待て 落ち着け」

振り向いて抗議する昴だが、優瑠はさもどうでもよさそうな顔をする。
昴「どうしてっすか!?」
優瑠「まぁ 事実だからな」

歩き出す優瑠の横に並ぶ昴。
昴「でも 病院送りにした奴も向こうから喧嘩売ってきましたし」「僕が兄貴の舎弟になっているのも 兄貴が僕を助けてくれた背中に憧れたからですし!」

昴の頭の手を置く優瑠。
優瑠「逆に言い返したところで 余計に変な噂が立つだけだろ」「スルーでいいんだよ スルーで」

しょんぼりとする昴。
昴「でも僕 悔しいっす」「そりゃ 確かに兄貴はこんな面で勉強もできるし こんな面で料理上手いし こんな面で猫が好きですけど」
優瑠「お前の方が言い返したくなるぐらい喧嘩売ってるぞ」
昴「それ以上に素晴らしい人じゃないっすか!」

照れ臭そうに頬を掻く優瑠。
そして、そのまま昴を置いて先に校舎へと入っていく。
優瑠「ありがとな 昴」「でも 別に今の環境が嫌いってわけでもねぇんだ」

優瑠の背中を少し言いたげな表情で見送る昴。
その後ろで、柊夜はジッと二人を見つめていた。
昴「兄貴…」
柊夜「…………」


教室で生徒が談笑している中、窓側の席で一人ポケットに手を突っ込んでボーっとしている優瑠。
モノローグ「本当に 別に今の環境は嫌いではない」「親しい人間が多いわけではないが 慕ってくれる後輩もいる」
優瑠(deserve は『値する』)(install は『導入する』)
モノローグ「無論 人を見て騒いでくる輩もいるが」「かといって何かあるわけでもない」

頬杖をついて外を眺める。
モノローグ「家がヤクザにもかかわらず 勉強ができる環境が整っているだけでもありがたい方だ」
優瑠(元々騒がしいのは苦手だしな)

ふと話で盛り上がっている柊夜達の姿が目に入った。
クラスメイトA「ねぇ 今日一緒にカラオケ行かない?」
クラスメイトB「西条院さんが行くなら私も行く!」

その中で一人お淑やかに笑う柊夜の姿。
柊夜「ふふっ ありがたい申し出ですが」「生憎と今日は予定が入っておりまして」
クラスメイトA「えーっ」

柊夜に視線を向けていたが、優瑠は再び窓の外に視線を戻した。
ボーッと外を眺めながら、脳内で復習を始める。
優瑠(complain 『不満を言う』)(rely 『頼る』…)


クラッカーを鳴らし喜び昴。
昴「兄貴 ついに地区制覇おめでとうございます!」

その姿を、優瑠は路地裏で気絶している不良達の山の上に座りながら単語帳片手にジト目を向ける。
優瑠「お前 クラッカー鳴らすようなシチュエーションじゃねぇだろ」
昴「単語帳片手に人の山に座る兄貴の方がシチュエーション違いっすよ」

クラッカーを置いて優瑠に近寄る昴。
昴「なんで勉強なんかしてるんっすか 兄貴!」「ようやくこの地区の不良全部を潰してトップに立ったって言うのに!」
優瑠「馬鹿を言うな 勉強は大事だろう」
昴「不良が言うセリフじゃない!」

優瑠が諭すように真面目に語り出す。
優瑠「いいか 不良なんて所詮高校生までだ」「いずれ社会に出れば馬鹿は淘汰される ならいい大学にいって多くを学び 将来の選択肢を増やした方が建設的だろ?」
昴「すっげぇ現実的なことを考える不良っすね」

不良の山に腰を下ろして顔を覗き込む昴。
昴「でも 兄貴は将来親の組を継ぐんじゃないんですか?」
優瑠「まぁ そうなるな」
昴「だったら 別に勉強しなくてもいいような気がしますけど」

単語帳を学ランのポケットにしまう優瑠。
優瑠「ヤクザ業は何も映画で観るような仕事だけじゃねぇ」「今のご時世 ほとんどの金は夜の街で稼いだ金だ」

そして、そのまま立ち上がって人の山を降りる。
優瑠「だからいい大学に行って経営学を学ぶ」「そしたら うちの組も安泰だろ」

そんな後ろ姿を見て関心する昴。
昴「ほぇー ちゃんと考えてるんですねー」
優瑠「だからお前も勉強した方がいいぞ」
昴「やっぱり 不良に似合わないワードっすよね…」

歩き出す優瑠の横に並んで顔を覗き込む昴。
昴「あ そういえば知ってます!?」
優瑠「関数か?」
昴「一回勉強から離れません?」

昴がガバッと目の前に両手を広げて立つ。
昴「そうじゃなくて 『女帝』のことですよ!」

優瑠は首を傾げる。
優瑠「『女帝』?」
昴「はいっす!」

スマホをいじり始めて探す昴。
昴「最近よく名前が出てくるんっすけどね」「腕っ節が強く 容姿も綺麗で最強の女性として界隈では有名で」「ついこの間 ここの地区の女不良を制圧してトップに立ったみたいっす!」

興味深そうに顎を摘んで頷く優瑠。
優瑠「ほぉー」「詳しいな」
昴「兄貴と一緒にいるからには こういう部分で情報通になっておかないと!」「腕っ節はまだまだっすからね」

瞳を輝かせる昴。
昴「っていうわけで ちょっと会いに行きませんか!?」
優瑠「は?」

両手を握り、彼方へ瞳を輝かせながら語る昴にため息を吐く優瑠。
昴「男のトップである兄貴と女のトップである『女帝』!」「互いにこの地区の玉座に就いた者の異色コラボレーション!」「是非ともこの目で拝みたいものっす!」
昴「あのなぁ」

しかし、すぐさま優瑠は考え込む。
優瑠「でも 一回ぐらいは顔は拝んでおきたいな」
昴「おっ! 本当っすか!?」
優瑠「あぁ」

真剣な顔を見せる優瑠。
優瑠「美少女なんだろう?」
昴「…兄貴がちゃんと男の子してて安心しました」

片手を挙げて先を歩き始める昴。
昴「では 早速向かいましょー!」
優瑠「場所分かってんのか?」
昴「もちっす!」


ボロボロのマンション、廃墟。ところどころ黄色いテープが貼り巡らされており、窓ガラスも割れている。窓からは何人ものスケバン姿の不良女子の姿が見える。
そんなマンションの敷地の入り口にて、昴と優瑠は見上げていた。
優瑠「不良って総じて廃墟好きだよな」
昴「兄貴もその不良っすけどね」

二人が話していると、敷地からスケバンの不良女子が二人近づいて来る。
優瑠「んで ここに例の『女帝』様はいるのか」
昴「僕が仕入れた情報だと間違いな」
不良女子A「おいゴラ!」

二人の顔を覗き込みながらガンを飛ばしてくる不良女子達。
不良女子A「おうおう うちらの島になんの用だ?」
不良女子B「男が来ていい場所じゃねぇんだよ」

ヒソヒソと話す優瑠と昴。
優瑠「あんまり歓迎されてないっぽいな」
昴「アポなしっすからね」

警戒心を剥き出しにしながらガンを飛ばす不良女子A。
不良女子A「まさかとは思うが―――」

乙女な顔をして照れ始めた不良女子達に真顔でツッコみを入れる二人。
不良女子A「ナ、ナンパ…」
不良女子B「困るよ そういうの…」
優瑠「おい いきなりスケバン姿のまま乙女になったぞ」
昴「カチコミの前にナンパだと思うって不良としてどうなんですかね」

そっぽを向いてツンデレムーブをかます不良女子達。
不良女子A「れ 連絡先ぐらいは交換してあげてもいいけど!」
不良女子B「そっちがどうしてもって言うからだかんね!」
優瑠「まだ続けんのか」
昴「男に飢えてるんですかね」

ため息を吐いて手を横に振る優瑠。
優瑠「すまん 俺達は『女帝』に会いに来たんだ」

唾を吐き捨てる不良女子達。
不良女子A「ケッ」
不良女子B「姉御に会わせるわけねぇだろ」
優瑠「そんなにナンパがよかったのか」
昴「意外と年相応なんですね」

不良女子達にガンを飛ばされながら背中を向けて歩き出す二人。
昴「無駄足になっちゃいましたね」
優瑠「結構気になってたんだがな」

暗い夜道を歩きながら優瑠は尋ねる。
優瑠「そういや 写真とかないのか?」

優瑠に尋ねられて昴がスマホを操作し始める。
昴「これが意外とないんですよね」「情報統制されているのか 実際に噂が独り歩きしてるのか」「情報でも「可愛い!」「強い!」ってぐらいしか流れてこないっす」
優瑠「ふぅーん」

昴がスマホをポケットにしまう。
昴「だから会いに行ったっていうのもあるんですよねー」「色々情報が回ってくる割には素性が分かんないですから―――」

目の前からゆっくりとバットを持った不良達が現れる。
それを見かけると、優瑠は昴の前に立つ。
優瑠「…昴」「今日はもう帰れ」

目の前に現れた不良達と優瑠を交互に見て狼狽える昴。
昴「え でもっ」
優瑠「学生はもう帰る時間だろうが」
昴「兄貴も学生っすけどね…」

そそくさと帰り始める昴。
昴「な 何かあったら絶対連絡してくださいね!」「すぐ駆けつけますから!」

振り返ることなく不良達を見据える優瑠。
不良達はゆっくりと優瑠に近づき、ガンを飛ばす。
不良A「『弧王』 だな」
不良B「てめぇのせいでうちの島がめちゃくちゃだ」
不良C「どう落とし前つけてくれんだ?」

カバンを地面に落とす。
優瑠「面倒くせぇ」

そして前髪を搔き上げる。
優瑠「いいからさっさとかかって来い」「ぶっ倒せば 面倒事も終わるんだろ?」


黒スーツにサングラスをかけたイカつい男(ヤクザ)が、校門前でリムジンの窓越しから、顔のところどころに怪我の痕がある優瑠の顔を見上げる。
ヤクザ「坊ちゃん ここまででいいんですか?」

面倒くさそうにため息を吐く優瑠。
優瑠「これ以上どこに進むんだよ」
ヤクザ「で ですが…」
優瑠「いいから帰れ 送ってくれてありがとな」

リムジンが走り去るところを見送り、優瑠は人気の少ない校門前を歩き始める。
優瑠「ったく 別にいいって言ってんのに」「たかが喧嘩したぐらいで心配性なんだよ…」

すると、もう一つのリムジンが校門前に止まる。
優瑠「って やっぱり遅刻ギリギリじゃねぇか」

リムジンのドアが開き、ゆっくりと降りてくる柊夜と美奈の姿。
柊夜「今日もありがとうございます」
美奈「お嬢早くしてください」「初遅刻獲得になっちゃいますよ」

その様子を眺めていると、思わず柊夜と目が合ってしまう。
柊夜「あっ」
優瑠「あっ」

優瑠の横に並び始める柊夜。
柊夜「おはようございます 竜胆さん」
優瑠「…おう」

柊夜が横を歩きながら優瑠の顔を覗き込む。
柊夜「また喧嘩ですか?」

優瑠は端麗な顔立ちが近づいたことに少し照れてしまい、少し顔を逸らす。
優瑠「…転んだ」「って言っても信じねぇだろ」
柊夜「ふふっ そうですね」「どう見ても喧嘩の怪我みたいですし」

急に柊夜が怪我をして絆創膏を張っている部分を触り始める。
優瑠「ちょ おい!」
柊夜「ここは壁にぶつかった時に擦れた痕 これはバッドで殴られた痣ですね」「口の中も切れているようですし 相手は大人数だったのでしょう」

気恥ずかしくなった優瑠は柊夜の手を払う。
優瑠「気安く触んな!」

振り払われたにもかかわらず、柊夜はお淑やかな笑みを浮かべた。
柊夜「失礼いたしました」
優瑠「お前 マジ気をつけろよ…」

頭を掻きながら、笑う柊夜を見る。
優瑠(こんな美少女が距離近かったら 男共も大変だろうな)

校舎に入り、靴を履き替える二人に美奈は手を上げる。
美奈「お嬢 私はここで」
柊夜「えぇ では後ほど」

背中を向ける美奈に少し興味を示しながら尋ねる優瑠。
優瑠「いっつも一緒にいるよな あの子」
柊夜「私の専属メイドです」
優瑠「流石はお嬢様」

人の視線が集まる廊下で並んで歩く二人。
優瑠「っていうか いいのかよ?」
柊夜「何がでしょう?」
優瑠「俺と一緒に歩けば 噂されるぞ」

こっちを見てくる生徒を一瞥する。
モノローグ「俺は悪評 西条院は好評」「並んで一緒に歩けば周囲からの評判にも影響が出るだろう」

一瞬呆けた顔を見せたあと、柊夜がクスッと笑う。
柊夜「あら 気遣ってくれるのですね」
優瑠「かといって自分の行動を曲げる気はねぇがな」
柊夜「私とて わざわざ道を譲っていただくようなお願いはしません」

それに、と。柊夜も周囲の生徒を一瞥する。
柊夜「周囲の評価に合わせて己の行動を曲げるのは」「私としても好きではありませんから」

教室の前へ辿り着き、教室の扉を開ける。
柊夜が何事もなかったかのように自分の席へと向かった瞬間、一斉にクラスメイトが二人話し掛けに行った。
その光景を目にして、優瑠もまた自分の席へと向かう。
優瑠(関わることはないと思っていたが…)

椅子を引いて腰を下ろす。
優瑠(まさか 偶然で話すことになるとはな)

まぁ、と。優瑠は外の景色を眺め始める。
優瑠(もう話すことはないだろ)
優瑠「住む世界が 違いすぎる」


人気の少ない薄暗い商店街を一人で歩く優瑠。
猫が通り過ぎ一瞬立ち止まるが、逃げられたことに頬を掻いて足を進める。
優瑠(どうやったら猫に好かれるんだろうな)

遠くを見ながら考え込む優瑠。
優瑠(顔か服装か)(マタタビでも常備すれば話は変わるか?)

路地裏前を歩いていると、スケバン姿の不良女子が路地裏から吹き飛ばされて姿を見せた。
優瑠「そろそろ動画だけじゃなくて実物も触ってみ」
不良女子C「ぎっ!?」

倒れて意識を失う不良女子を見下ろして首を傾げる。
優瑠「あ?」

路地裏の方へ視線を向けると、そこには四人のスケバン服を着た不良女子に囲まれる少女二人の姿があった。
不良女子D「調子乗ってんじゃねぇぞ!」
不良女子E「あんたのせいで うちのチームはボロボロだ!」
不良女子F「『女帝』って呼ばれてるからって調子乗ってんじゃないよ!」

こっそり身を隠して覗き込む優瑠。
優瑠(まさかこんなところで噂の『女帝』を鉢合わせるとは)(しかし───)

スケバン姿でマスクをつけている柊夜の姿。
優瑠(なんかどっかで見覚えがあるような…)

そう思っていると、柊夜がすぐさま不良女子Dの頭を掴んで地面を叩きつける。
その姿に、残っていた不良女子達と優瑠までもが驚いた。
不良女子E・F・G「「「ッ!?」」」
優瑠(いっ!?)

叩きつけた姿勢からゆっくり体を起こす柊夜。
柊夜「…ごちゃごちゃうるさいですね」

スケバン姿で見守る美奈の前で、柊夜は手をこまねいて挑発する。
柊夜「楽しめない遊びはさっさと終わらせましょう」

不良女子Eを素手で殴り、突進してくる不良女子Fを回し蹴りで倒す。
その光景を見た不良女子Gは「ひっ!」と、腰を抜かしてその場へへたりこんだ。
柊夜「まだやりますか?」

見下ろして口にする柊夜に不良女子Gは首を横に振ってそそくさとその場から離れていった。
通り過ぎる姿を見送る優瑠。そして、取り残された柊夜はため息を吐いた。

そこへ、美奈はタオルを柊夜へ手渡す。
美奈「お嬢はどこに行っても人気者ですね」
柊夜「群がる人間の毛色が違いますけどね」

その様子を物陰からこっそりと覗く優瑠。
優瑠(すげぇな)(女とはいえ あそこまで圧倒できるとは)

柊夜がタオルで顔を拭くためにマスクを取ろうとする。
その姿を見て、思わず食いついてしまう。
優瑠(おっ!)

脳内にシーン③で話した昴との会話が思い浮かぶ。
昴『腕っ節が強く 容姿も綺麗で最強の女性として界隈では有名で』

タオルで顔を拭こうとする柊夜。
優瑠(腕っ節云々に興味はないが)(噂の美少女の姿は拝顔させてもらうぜ───)

ふぅ、と顔を拭き終わったあとの柊夜の顔。
優瑠「…は?」

そして、柊夜の視線が優瑠と合ってしまう。
柊夜「あら」
優瑠「ッ!?」

一瞬にして角に身を引っ込め、内心の動揺を隠す。
優瑠(やべっ 目が合った!)(っていうか なんであのお嬢様が…ッ!)

頭の中がパニックになっていると、路地裏から柊夜に声をかけられる。
柊夜「覗き見とは失礼ではありませんか 竜胆さん」

申し訳なさと動揺からおずおずと身を出して柊夜と向き合う優瑠。
優瑠「いや…すまん」「盗み見るつもりはあったんだが」
柊夜「あったんですね」

顎に手を当てながら柊夜は考え始める。
柊夜「ということは 私に会いに来たのでしょうか?」
優瑠「まぁ 噂の『女帝』とやらに興味があってだな…」

頭を掻きながら頬を引き攣らせる。
優瑠(まさかその中身が西条院だとは思わなかったがな)

少し嬉しそうな顔をする柊夜の横でため息を吐く美奈。
柊夜「ふふっ あの『弧王』に興味を示されるとは」「私も有名になったものですね」
美奈「あまり有名になってほしくねぇんですが…」

ゆっくりと二人に近づきながら、優瑠は尋ねる。
優瑠「んで お嬢様がなんでまた不良なんかやってるわけ?」
柊夜「そうですね 話せば短いのですが」
優瑠(短いのかよ)

静かに語り始める柊夜。
柊夜「昔 不良に絡まれたことがあるのです」「この容姿のこともあり 目的は私のことが気に入ったトップの下に連れて行くことでした」

語る柊夜の話を黙って聞く優瑠。
優瑠「見た目だけで気に入るような輩に連れて行かれるなど言語道断です」「当然 抵抗しました」
優瑠「そりゃそうだろうな」
柊夜「するとですね なんと私一人で不良達を倒すことができたのです」

柊夜が先程見せた戦闘シーンを思い浮かべながら納得する優瑠。
優瑠(あの戦闘能力があれば男だろうが普通に倒せるだろうな)

柊夜が神妙な顔を見せる。
柊夜「その時 私は気づいたのです―――」

いい笑顔で口にし始めた柊夜にドン引く優瑠。
柊夜「意外と楽しいな と」
優瑠「狂気」

柊夜の言葉に真剣な顔で納得する優瑠。
柊夜「ですが 面倒事を解決するのには暴力が手っ取り早くはないですか?」
優瑠「ふむ 一理ある」
美奈「ねぇですよ」

しゃがんで倒れている不良女子Dの頭を柊夜は指でいじる。
柊夜「まぁ そのようなこともあって今度は腕っぷしを確かめたい女性が私に会いに来ました」「無論 返り討ちにしてやりましたが」「それからは同じことの繰り返しです」

両手を合わせ、笑みを浮かべながら語り終える柊夜。
柊夜「というわけで 色々絡まれているうちに私は『女帝』とまで呼ばれるようになりました」

笑みを浮かべる柊夜を見下ろして考える柊夜。
優瑠(なるほどなぁ)(だから俺が怪我した時に詳しかったのか)
(にしても 普段からはまったく想像がつかんな)

苦笑いを浮かべる優瑠。
優瑠(学校の連中に言っても信じらんねぇだろうな)

柊夜に視線を合わせながら尋ねる優瑠。
優瑠「しかし これだけ有名になれば学校の連中の耳にも話が届きそうなものなんだが」
美奈「そこは情報統制をしてきましたから」

優瑠を見下ろしながら答える柊夜。
美奈「お嬢は西条院グループの一人娘です」「そんな人間がスケバン姿で喧嘩を楽しむ人間だと知られれば色々問題なんですよ」
優瑠「なるほど」

「あっ」と言う柊夜を他所に、優瑠は倒れている不良女子Dを壁際に寄せて体を起こしてあげる。
優瑠(世界三大財閥ともなれば 情報統制も容易ってことか)(フィクションみたいな話だが 昴が素性を知れなかったのも納得する)

ジト目を向ける優瑠に柊夜は頬を脹らませて拗ねる。
優瑠「っていうか それなら喧嘩やめろよな」
柊夜「...そういうの あまり好きではありません」

シーン⑤であった会話を思い出す。
柊夜『周囲の評価に合わせて己の行動を曲げるのは』『私としても好きではありませんから』

思い出して少し申し訳なくなる優瑠。
優瑠「…………」

頬を掻き、頭を下げる優瑠に戸惑う柊夜。
優瑠「...すまん 軽率な発言だった」
柊夜「い いえっ!」「謝ってもらうために言ったのではなく...!」

柊夜は誤魔化すように苦笑いを浮かべる。
柊夜「私もこれに関しては理解していますし」「単に喧嘩しているのは 絡まれてくるから仕方なくって感じですので」
優瑠「そっか」

悔しがる柊夜。
柊夜「私としてはもっと絡んでほしいのですが...!」
優瑠「理解してんじゃねぇのか?」

親近感を感じるように目を伏せる優瑠。
優瑠(まぁ 俺も絡まれて喧嘩するタイプだからな)(少しぐらいは理解はできる)

美奈がため息を吐いて、柊夜の汚れた顔を布巾で拭う。
美奈「いちいち喧嘩を買うから次々と絡まれるんですから」「たまにはスルーという言葉も覚えてほしいものです」

その姿を見て、優瑠はふと思い出す。
優瑠「ってか その子はメイド...なんだろ?」「なんでスケバン着てんの?」

キツく睨みつける美奈。
美奈「私だってメイド服を着て闊歩していいならしたいですよ」
優瑠(メイド服で闊歩もアウトだろ)

目を輝かせる柊夜にジト目を向ける二人。
柊夜「女性の不良はスケバン!」「これは俗世の常識なのです!」
優瑠「だからお前の手下がスケバンだったのか」
美奈「いつの漫画に憧れたかよく分かる一言です」

スケバンをヒラヒラさせながら優瑠の横で口にする美奈。
美奈「まぁ お嬢は今まで厳しく育てられてきましたから」「こういうやんちゃに憧れがあるんでしょう」
優瑠「...そんなもんか」

立ち上がろうとしたところで、柊夜が手を掴んでくる。
優瑠「今日は勝手に覗いて悪かったな」「事情があるだろうし 今日のことは誰にも言わ」
柊夜「待ってください」

柊夜に手を握られたことに一瞬ドキッとする優瑠。
優瑠「な なんだよ...!」
柊夜「あの 竜胆さんは不良ですよね?」

頭を搔いて少しそっぽを向く。
優瑠「...絡まれているうちになっちまっただけだがな」
柊夜「それはお家ことでですか?」
優瑠「どいつもこいつも 家がヤクザってだけで俺をそのカテゴリに入れるからさ」「かといって現状と家に不満があるわけでもないが」

グイッと顔を近づけてくる柊夜。
柊夜「つまり 不良ということでよろしいのですよね?」
優瑠「そう だな?」

勢いよく両手を握ってくる柊夜に驚く優瑠。
柊夜「でしたら 私とお友達になってくれませんか!?」
優瑠「はぁ!?」

気恥ずかしそうに柊夜が喋る。
柊夜「私 家のこともあってあまり不良であることを明かせていなくて」「その そういうのを気軽に話せるお友達がほしかったといいますか...」

柊夜の後ろにいる美奈を見る。
優瑠「い いいのかよ...?」
美奈「このことを明かさなければ別に」「学校での交友関係までは西条院様も口出しはしないでしょう」

少しの間だけ、優瑠は葛藤する。
しかし、すぐさま柊夜の切実そうな顔を見てため息を吐いた。
優瑠「はぁ...」「分かったよ」
柊夜「本当ですか!?」

嬉しそうに両手を合わせる。
柊夜「嬉しいですっ!」「私にも気兼ねないお友達ができましたっ!」

喜ぶ柊夜を見て、思わず苦笑する。
優瑠(人気者でも そういう悩みがあったんだな)(もう関わることはないと思っていたんだが まさか友達になるとは)
美奈「言っておきますが───」

その時、ふと横から美奈が現れ、さり気なく腹部にハサミを当てられる。
美奈「このことはあなた以外お嬢の舎弟も誰も知らない事項です」「口外したら...容赦はしませんよ」

もう一度苦笑いを浮かべ、喜ぶ柊夜の姿が映る。
優瑠(これから大丈夫 か...?)
モノローグ「───学校一有名なお嬢様と学校一有名な不良」「正反対な二人の関係が 片方の秘密の共有によってこの瞬間に始まった」

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