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書物巡礼 2021.6.6


「わかったさんのアップルパイ」
寺村輝夫


「このリンゴで、アップルパイを、作ってください。」
「えっ?」
「きょうは、五番地のナガオさんのけっこんしきです。おいわいに、アップルパイをもっていきたいんです。」
「ナガオさん?」
「いそいでください。ぼく、十二番地のシロタです。とどけてください。」
おかしいのです。ナガオさんも、シロタさんも、おとくいさんです。番地もあっています。でも、シロタさんはウサギじゃありません。

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昔から好きだった。音楽や本や映画を通して現実では無い世界に想いを馳せることが。
どこでその愉しさを覚えたのだろうか。物心ついた時からその趣味は始まっていた。
特に好きだったのはリアルにファンタジーが紛れ込む設定のモノ。現実を全うして過ごしてる主人公の元に何食わぬ顔して非現実が入り込む。その唐突で太々しい展開がたまらなかった。
そういった「ありそうでなさそう、なさそうでありそう」な世界に身を投じると固形化された脳細胞がスライムのようにグニャリと柔らかく溶けて所定の位置から広がっていく感覚がする。自分の思考回路が凝り固まっているような気がするとこの感覚をつい求めてしまうのだ。
その感覚をくれる大切な存在のひとつ、それが寺村輝夫さんのお話で、特にお気に入りなのがこの「わかったさん」シリーズ。
子どもの時は図書室で何度も何度も読んだし、大人になってからは全巻購入し定期的に読み返している。
ページをめくる度に脳細胞がシュワシュワと音を立てるワクワク感は今も健在。そして大人になって気付いたのはイラストがとってもお洒落だということ。全体の色彩のPOP感は勿論のこと、「わかったさん」のファッションがどれもかわいい。60年代な装いでセンスばっちり。
お話にもイラストにも胸高鳴るのだ。
わたしが特にときめくのは今回紹介している「わかったさんのアップルパイ」。
クリーニング屋さんのわかったさんが配達に向かっていると車が突然故障。そんな時、助けに現れたのはウサギのシロタさん。お礼を言うわかったさんにリンゴを渡しアップルパイを焼く様に頼むのだ…….。

アップルパイを作るためにわかったさんはあちこち材料集めに翻弄するのだが、途中立ち寄った雷様とのやりとりは何度読んでもトキメいてしまう。寒さ対策で着せてもらった氷ジャケットがとってもオシャレ。そして気付けばわかったさんは花嫁に変身。その展開が絵本らしくてウキウキするし、ウエディングドレスのかわゆいことったら…….。
最後の結末もいつものわかったさんとは違ってちょっとミステリアスなのも印象的。

気付けば一年以上旅を楽しめない状況が続いている。景色が変わらないと頭も心もリフレッシュしづらくて困ったもの。
体は移動を許されづらい今だからこそ、脳内であちこちを冒険し、新しい発見や懐かしい感情で自分を豊かに過ごさせてあげたい。

(楓幸枝Exhibition書き下ろし)

#寺村輝夫
#わかったさんのアップルパイ
#書物巡礼
#読書

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