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航空機で使用されるフォント(書体)には規格があるのか?


まえがき

揚げ足を取りたがるのはオタクの習性である。例えばアメリカはソマリアに善意で介入したんだとでも言おうものならとんでもない流れ弾が飛んでくる。オルブライトやバーネットの言った事やクリントンの政策やTombstone Agencyを持ち出して、堕ちたブラックホークに群がる蟻のように攻めてくる。そんな彼ら(我ら)にはこう言うしかない。あれは(モンティパイソン的)冗談で言ったんですよ?

しかし、その批判を「空気読めない奴」で片づけるのは如何なものか。そんな態度が20世紀終わりに受け入れられたせいでSonyのデザインは角張った物から丸くヘナヘナになってしまったのではないのか?

Advisor Circular 25-11B

結論から言うとそんなものは無いです。
特定の「この」フォントを使用せよというTC(Type certificate)の指示はありませんが、一定の要項は存在します。例えばFAAのAdvisor Circular 25-11bがそれです。

AC_25-11B 5.2.2
AC_25-11B 5.4.2

前半はテキストは大文字のみを使用せよ(後述)とか短縮形、略語の使用禁止とかの基本的な指示。
5.4.3.2にExtremeな照明環境で視認するディスプレイにはサンセリフフォント(例:Tutura, Helvetica)を使用せよと書いてあります。強いて国際標準とするのならばこれでしょうか?

USAFの飛行計器で使用されるフォント

軍では納入の規格にMIL(よく米軍MIL規格、ミルスペック、ミリタリースタンダードとかいう)が使用される。飛行計器の用字(電子機器内で使用、表示されるフォントには適用されない)に関すするものはMIL-M-18012で、その中の3.1.1.1でMS33558(これはフォント名ではなく規格名)に準拠せよ、このフォントはArtype S-274として貼り付けレイアウト作業用に指定されたサイズの2倍で製作されると書いてある。

MS33558

そしてこの仕様でカバーされている機器に対してMIL-M-18012で指定されたサイズ比を持つ次の商用フォントを使用可能である。

(a) Fonts for engraving:
(1) Gorton extended
(2) Groton normal
(3) Gorton condensed
(b) Fonts for printing and other reproduction methods:
(1) Airport semibold
(2) Futura demibold
(3) Vogue medium
(4) Lining Gothic No. 66
(5) Alternate Gothic No. 3

MIL-M-18012B

有名なフォントが出ています。特にGortonがそうでしょう。Gorton NormalはMS33558に比べCの開口部が狭く、Kの交差位置が低く、Mの谷が深く、Qのひげの処理が曲線的で、4、6、7、9の字形が全く違う事で識別が可能です。
 現在でも軍用機はパネルの文字(LAUNCH BARとかFLAPとか)にはGortonが使用され、アナログ計器内の数字等はMS33558規格のフォントが使用されているのをよく見かけます(なぜFutura等を使用しないのかは分からない。わざわざ古い図面を変えたくないだけかも)。

F/A-18のパネル

NASAの宇宙機で使用されるフォント

NASAでも多分MILあたりの規格を使用していると思いますが自分で作ったりもしています。

LM 8 Main Console

LMのパネルはすべてFuturaで作られています。スペースシャトルでもこれは同様で、船外の「United States」はHelveticaで描かれています。
 しかし、外側から見えない機器にはGortonがよく使用されます。図面での指定に加え、図面自体の文字がLeroy Letteringで書かれる為当然と言えば当然だ。

NASA図面番号200301より
NASA図面番号200301より
AS-202の誘導コンピュータGortonをステンシルにしている
アポロのロジックモジュール(2001年のLMCの元ネタだと思う)
1902年のGorton社の書体見本。この頃は書体に名前すらない
STS-127

上の写真はSTS-127でのエンデバーの後部FDのコントロールパネル。Futuraが使用されているが「Canada」はHelvetica。そしてSonyのDVCAMのテープ。

STS-115

上の写真はアトランティスのMDDKアクセスパネル54G付近のEMU再充填用の水バッグ。紙の説明書きはHelveticaが多い気がする。

KSCの規格

NASAの規格(NASA Center Technical Standards)でこんなものがある。

3.1.1 Character Style

a. Unless otherwise approved by the design activity, all characters shall be uppercase Gothic, straight line (i.e., sans serif) as shown in Figure 1.

b. Roman numerals shall be uppercase serif as shown in Figure 1.

c. Lowercase characters and Roman numerals shall not be used except in cases where uppercase nomenclature would be ambiguous.

KSC-STD-E-0015 Revision B, Change 2

この規格はKSC-STD-E-0015。これはジョン・F・ケネディ宇宙センター(KSC)で使用される地上システムのマーキングの要件と方法を規定したものだ。(また小文字使うなって書いてある…)

KSC-STD-E-0015 Fig.1

上の図はGortonが使用されている。


航空機等でよく使用されるフォントまとめ

MS33558規格

エアバスはこの規格の書体を使用しているが直接MS33558規格ではない。C、K、1、3、6、7等の処理が違う。

A320シリーズのオーバーヘッドパネル
A320-200のMCDU

MS33558規格の代替として使用可能なフォントは以下の通り。

(a) Fonts for engraving:
(1) Gorton extended
(2) Groton normal
(3) Gorton condensed

(b) Fonts for printing and other reproduction methods:
(1) Airport semibold
(2) Futura demibold
(3) Vogue medium
(4) Lining Gothic No. 66
(5) Alternate Gothic No. 3

MIL-M-18012B

Groton

書体名というか会社名。MIL-M-18012Bで指定された代替の機械彫刻書体。

Futura

Advisor Circular 25-11bに例として記載。ボーイングの機材でよく使用される。

因縁があるB737-800のキャビン与圧パネル(Futura)と抽気制御パネル(MS33558規格)
コックピットボイスレコーダーはHelveticaを使用している
B747-8Iのプロトタイプ機のFMC(Futura)

Helvetica

Advisor Circular 25-11bに例として記載。

B612

2010年にエアバスとトゥールーズ III - ポール・サバティエ大学が共同で製作したフォント。OFLライセンスで使える。かなり小さくラスタで表示してもアンチエイリアスに適したTTFなので読みやすい。

B612


MCDUで使用されているフォント

MCDUは1970年代後半にB757/B767向けに開発された第1世代のFMSにまで遡る。MCDUの機器特性はARINC委員会によって開発されARINC 739として公開された。ARINC 739/739Aでは特定のフォントは指定されていない。FAAでも前述の通り判読しやすいサンセリフフォントとしか定められていません。
 初期のMCDUはディスプレイの都合により大きさが14x24文字の大きさで作られており、これは90年代にLCDディスプレイに切り替えられた現在の MCDUにも引き継がれている。

737のFMCのディスプレイテスト

今日の高解像度ディスプレイでもMCDUのレイアウトは14x24文字のままだ。そのうち気が向いたらライセンス料がかからない何か(B612とか?)に変わっていくのかもしれないが当分はこのままだろう。


表示に小文字は使うべきか

Advisor Circular 25-11bには小文字は使うなと書いてあるが、人間は小文字を使った方が読みやすい。これは普段から小文字で組まれた文章を読んでいることや大文字の単語を読む際は文字ごとに認識が行われるため単語全体の読みやすさが低下することに起因する。

読みにくさによる事故

1987年5月26日、中部夏時間16:45時Air New Orleans BAe3101がニューオーリンズ国際空港の滑走路19からフロリダ州エグリン空軍基地へ向け離陸した。962便はその日エグリン空軍基地には到着せず高度200ftを超えることもなかった。機体は激しいヨーイング運動とエンジントルクの変動により滑走路をオーバーランし隣接する高速道路を横切り数台の車両に衝突し高速道路の反対側で停止した。NTSBは「離陸前にエンジンRPMレバーが完全に前進していないか、まったく前進していなかったため起きた事故であり、クルーのチェックリストの規律が欠けていた」と結論付けた。この報告書には「Air New Orleansのチェックリストの書体は人間工学基準で推奨されている書体より57%小さい。この小さい書体では最適な条件下でも印刷物の判読性が低下する。チェックリストの判読性がこの事故の要因であったという証拠はないが、この欠陥がチェックリスト本来の目的を損なう可能性があると考えられる」とある。
 このことからNTSBはFAAに「商業運航者に対して人間工学設計基準を組み込んだ手順チェックリストの使用を推奨する通達を発行する」よう勧告した。
 詳細はNASA CONTRACTOR REPORT # 177605 ON THE TYPOGRAPHY OF FLIGHT-DECK DOCUMENTATIONを参照。

Air New Orleans 962便のチェックリスト


リンク集

FAA AC 25-11b
https://www.faa.gov/documentLibrary/media/Advisory_Circular/AC_25-11B.pdf

LM 8 Main Console
https://www.ninfinger.org/karld/My%20Space%20Museum/pjlmpics.htm

STS-127でのエンデバーの後部FDのコントロールパネル
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:S127E011071_-_STS-127_-_Control_Panel_in_the_aft_FD_of_Space_Shuttle_Endeavour_-_DPLA_-_9b58abc05904b0b65ed29367f0af9039.jpg

MDDKアクセスパネル54G付近のEMU再充填用の水バッグ
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:S115E06573_-_STS-115_-_Water_for_EMU_Recharge_Bag_near_MDDK_access_Panel_54G_of_the_Space_Shuttle_Atlantis_-_DPLA_-_8fb4b4a3339dfc3d266a04396db8921e.jpg

A320シリーズのオーバーヘッドパネル}
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Overhead_panel_of_an_Airbus_A320_during_cruise.jpg

A320-200のMCDU
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:CP_MCDU.jpg

B737-800の与圧パネルと抽気制御パネル
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Cabin_pressure_and_Bleed_air_control_panels_on_a_Boeing_737-800.jpg

B787-8Iのセンターコンソール
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Center_panel_of_747-8I_prototype_aircraft.jpg

737のFMC
http://www.b737.org.uk/fmc.htm

Routed Gothic Font
https://webonastick.com/fonts/routed-gothic/

メモ


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