インターネットは多様化ではなく、むしろ画一化を進めるのではないか

Pretenderと、白日と、紅蓮華と、炎と、夜に駆けると、香水と‥ストリーミングランキングが代わり映えしない日々に慣れてきた。まだシングルCDランキングの方がよく変動していたように思う。インターネットは多様化をもたらすと、一般的には考えられているが、本当だろうか。僕はインターネットによって、誰しもが同じ正解に行き着いているような気がしている。

例えばゲーム。本気でゲームをする人なら、今やインターネットで情報収集しないということはあり得ないが、インターネットで情報収集をするならば、ポケモンのパーティも、モンスターハンターのスキルも、テンプレと呼ばれる最適解にたどり着くことになる。そこから個性あるプレイを見出していくプレイヤーも中にはいるが、ほとんどはテンプレから抜け出せない。結果として、ポケモンは今や1000匹近くいるが、対戦で見るモンスターの顔ぶれが、金太郎飴のように同じになる。昔はこうではなかったように記憶している。

例えば転職。僕は求人広告の仕事をしているが、9時5時の事務職には応募が殺到する一方で、同じ条件の清掃の仕事には数件、ということはザラにある。インターネット掲示板なんかを見れば「どの仕事、どの会社が正解なの?」という相談をよく見かける。その正解目掛けて、応募が殺到していくのだろう。

つまり、みんながすぐに正解や最適解をググるという世界だ。インターネットによって地方が輝くと言われて久しいが、逆に東京一極集中が進むという謎現象も、画一化の影響だと思う。

なんだか息苦しい。みんなの正解よりも、自分だけの正解に辿り着く方が楽しいのにな、と思う。インターネットとかいう、ただの高速の図書館&郵便局は過大評価されている。あんなの、大したことないんだよ、きっと。

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