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むかしむかし、まだ労働がなかったころ【アンチワーク哲学】

お金も、国家もなく、みんなが好きなように耕し、好きなように家を建て、好きなように道をつくり、好きなように分け合い、好きなように食べ、好きなように歌い、好きなように眠っていた街がありました。

誰かが誰かに命令するようなことはなく、みんなが好きなことだけをやっていました。食べ物も家もみんなにいきわたっていて、みんなが平等で、みんなが自由で、みんなが幸せでした。

あるとき、そこに力の強い乱暴な男が生まれました。

乱暴男は、同じ街の友達に殴りかかるふりをしながらこう言います。

俺のために小麦をつくれ

友達はこう言って断りました。

「そんな風に命令しないなら小麦をつくってあげてもいいよ。それに一緒に協力してつくってもいい。でも、その態度を改めないのなら君の言うことはきかないよ」

すると乱暴男は友達に殴りかかってきました

怪我をした友達は、街の人たちに看病をしてもらいながら、乱暴男に殴られたことを話しました。

すると、みんなは乱暴男に怒り、みんなで横暴男を懲らしめることを決めました。

いくら強くても、団結されれば敵いません。乱暴男はみんなに懲らしめられ、しぶしぶ、これからは誰にも命令しないと約束しました。

ところが乱暴男は、反省しませんでした。

なんとかして自分の命令に従わせるために知恵を絞りました。そこで、「自分を手伝ってくれたら、お前にも略奪品を分けるよ」と仲間を集めて回ることにしました。

仲間を集めた乱暴男は、ふたたび街の人たち命令しました。

俺たちのために小麦をつくれ

ひとりなら押さえ込められたのに、仲間をたくさん引き連れていると太刀打ちできません。街の人たちは、仕方なく乱暴男に従いました。そして、毎年毎年、小麦をつくっては乱暴男に献上しなければならなくなりました。

こうして、労働が誕生しました。

そして、これが税のはじまりであり、国家のはじまりでした。乱暴男は世界で最初の王様になりました。

しかし、国民は一人また一人と街から離れていきます。乱暴王の命令に従って労働したくなかったからです。

逃げた人たちは、ほかの街に迎え入れられました。そして「こんな乱暴な男がいたんだ」と話をしました。するとほかの街の人たちはこう言いました。

「それは酷い男だね。でも、この街にはそんな男はいないから安心してほしい。食べ物も家もみんなで分け合ってから心配しないで。労働なんてする必要はないんだよ」

さて、乱暴王はと言えば、次々に逃げ出す国民に頭を悩ませていました。そして思いつきました。

そうだ。壁をつくらせてみんなを閉じ込めて、労働させよう

ところが、国民は不満を口にします。

「どうして壁なんかつくる必要があるんだ?」

乱暴王は「お前たちを閉じ込めるため」だなんて口が裂けても言えません。そこでこう言いました。

国を襲ってくる蛮族からお前たちを守るためだよ

それでも納得しない国民はたくさんいます。乱暴王は強引に壁つくりの工事を始めさせたものの、逃げ出す国民は増え続けています。

そこで乱暴王は、とある秘策を思いつきました。

頑張って労働してくれた人には、頑張った分だけ小麦をあげるよ。だから頑張って働いてね

乱暴王は頭のいい部下に国民の働きを記録させました。そして、それを証書に書き出して、国民に渡しました。

国民はなにも貰えないよりはマシだと思って、しぶしぶ証書を受け取りました。

そこにはこう書かれていました。

小麦の収穫期にこの証書を持ってきたら、ここに書かれている分だけ小麦を分け与えるよ

さて、国民は壁をつくるのに忙しくて、自分で食べる分の小麦をつくることができません。ほかの人たちも同じで、誰も小麦をわけてくれません。

かといって乱暴王のところに証書を持っていっても「小麦の収穫期まで待て」と言われて相手にしてくれません。

こうして街はお腹を空かせた人で溢れ返りました。

そんな中、ある人がアイデアを思い付きます。

のちに商人と呼ばれるその人は、証書はあるのに小麦がなくて困っている人から証書を買い取り、乱暴王の代わりに小麦を渡そうと考えました。

渡す小麦は、証書に書かれている量よりも少なく渡します。その後、証書を収穫期まで大切に保管しておけば、渡した量よりもたくさん小麦を乱暴王から受け取ることができます。そして、その小麦でまたたくさんの証書を受け取り、もっとたくさんの小麦を受け取り、もっともっとたくさんの証書を受け取るのです。

こうして商人は証書をたくさん溜め込むようになりました。

一方で国民はどんどん苦しくなりました。小麦を受け取るために、証書を受け取るために、ガムシャラに労働しました。

証書のために、国民はいろんなことをしました。家を売ったり、奥さんや子どもを売り飛ばしたり、泥棒をする人もいました。

気づいたときには証書は、お金と呼ばれていました。こうして世界にお金が誕生しました。

そして、壁は完成しました。乱暴王は壁を「千里の長城」と名付けました。これでいよいよ国民は外に逃げるのがむずかしくなりました。

さて、乱暴王の願いはある程度は叶いました。しかし、壁や道路を維持したり、小麦を取り立てたり、それを計算したり、やることが増えて人手が足りません。

そこで乱暴王は考えました。

奴隷を捕まえに行こう

かつて乱暴王のもとから逃げていった人たちが身を寄せる街へ、乱暴王は仲間を連れて略奪をしに行きました。

たくさんの仲間をつくり、国民に武器をつくらせている乱暴王には誰も敵いません。たくさんの人が奴隷として連れ帰られ、壁や道路、小麦をつくらされました。

乱暴王にもはや敵なし。と思いきや、遠くの街で、乱暴王の真似をする人が現れました。

彼は乱暴王と同じことをしていましたが、もう少し国民に優しいフリをしていました。また、自分は神に任命された優しい王であり、国民の敵を倒すために生まれたのだと宣言しました。もちろん、それは小麦や壁をつくらせるための嘘でした。

嘘つき王も、乱暴王も、たくさんの街を征服していき、いつしか二人は出会いました。嘘つき王も、乱暴王も、相手の国民を奪って働かせたい。譲り合うことはなく、戦いになりました。こうして戦争が誕生しました

しかし、戦争は勝てればいいけれど、負ければ失うものが大きすぎます。それに、勝ったとしても相手の国民を殺したり、国民を働かせる畑が荒れてしまっては本末転倒です。

乱暴王と嘘つき王は何度か戦争をしたあとにそのことに気づきました。そして、「もう、これ以上は戦争しないでおこう」と約束を結びました。こうして、お互いが自分たちの国民を働かせるだけで、満足することに決めたのです。

国民たちは戦争がなくなって喜びました。乱暴王も嘘つき王も、戦争を止めてくれたいい王様だと褒められました。

それでも、国民たちはたくさん労働しなければならないことに変わりません。でも、そのころ国民たちは、それは仕方ないことだと思い始めていました。

もともと小麦をつくるのは楽しい遊びでした。みんなで協力してつくって、みんなで美味しく食べる。それだけで幸せでした。そのときは、誰がどれくらい貢献したかなんて、いちいち記録する必要はなかったのです。

しかし、乱暴男によって命令され、嫌々労働させられ、それをお金で測られるうちに、国民は小麦や家、道路をつくること自体が辛くて大変で嫌な仕事なのだと思い込むようになりました。本当は強制される労働が嫌なだけなのに、人の役に立つことが嫌なことだと思い込んでしまったのです。

だから、国民はお金をもらわないとやりたくないと思うようになりました。

また、お金がなくて苦しんでいる人が泥棒になってしまい、乱暴王はそれを懲らしめる役割も果たしていました。だから、国民は乱暴王が必要な存在だと思い込むようになりました。

乱暴王がいなければ、お金がなければ、誰も小麦や家や道路をつくらず、街は泥棒で溢れかえってしまう。そんな誤解は乱暴王にとって都合のいいものでした。乱暴王が必要であることを、国民は勝手に誤解してくれるようになったのです。

そして、いつしか乱暴王は死に、乱暴王の息子が王様になりました。息子も死に、その次の息子も死に、その次の息子も死にました。

長い時間が経って、王様は政治家と呼ばれるようになり、選挙で選ばれるようになりました。お金が必要であることや、労働が必要なことは、もはや当たり前の常識になりました。王様がただの乱暴者だったことも忘れられ、国家は必要なものだとみんなが思い込むようになりました。そして王様自身も、そう信じてしまったのです

王様はもう、自分のために国民を働かせることはありません。戦争をなくし、奴隷を解放し、王様がやることは健康保険や年金、教育といった制度まで広まりました。いまでは国民のために王様が働きます。

労働も、お金も、王様のために発明されたということを忘れてしまった王様は、これらを残したまま、国民が幸福になるように試行錯誤します。

でも、うまくいきません。王様も国民も、国民はお金で命令し、労働させなければ、誰も食べ物や家をつくらないと思い込んでいるからです。

大昔はそうではありませんでした。お金も国家も労働もない街の住人は、楽しく自由に誰かに貢献をしていたのです。

でも私たちはそんなことはすっかり忘れてしまいました。お金で労働させようとするせいで、人々が怠け者になってしまっていることに気づけないのです。

そして現代では小麦や道路をつくる労働を行う人はほとんどいなくなりました。かつての商人のようにずる賢く振る舞う人がどんどん増えていて、もはや商人同士の競争でみんなが疲弊するようになりました。それでも、お金を稼ぐために努力しなければ怠けているのだと思い込まれているせいで、商人同士の無意味な競争はなくなりません。むしろ褒めたたえられてしまうのです。

こうして、労働が、国家が、お金が当たり前の世界に、私たちは生きています。

めでたくなし。めでたくなし。


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