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新たなる彼女

【新たなる彼女】     


             

 

一.雨あがりに

昨夜から落ち続けていた雨はいつの間にか霧雨に変わり、音も立てずに地面を濡らし続けていた。週間天気では雨模様が並んでいたのに、昨日は見事に外れた。挙式の晴れ間は彼女へのプレゼントだったのだろう。予報を思い出したかのように夜からはまた雨が降りだし、今も足元を濡らしていた。

 男性の幼馴染はどうあるべきなのだろう。写真をたくさん撮るでもなく、彼女と並んで撮るでもなく、スマホの写真を見返してみると冴えない男の顔と彼女とその旦那の満面の笑みがそこにあった。写真はこの一枚と後から送られてきた集合写真だけだった。式に行けば誰か知り合いにも会うだろうと思っていたが、新は独りだった。

 新と玲奈はずっと隣に居た関係だったが、新の友達イコール彼女の友達でもなく、新の友達が式やパーティに来ていないのは当たり前で、自動的に独りになることは分かっていたはずだった。

 新は玲奈から、昨日夫となった彼の愚痴もよく聞いていた。彼女から聞かされていたイメージの本物の彼と対面し、ごく一般的な祝いの言葉を述べ、新郎の前で笑みを作った。新郎の彼もまた玲奈から聞いている「幼馴染の男」の新の顔を初めて見たのだろう、その時新郎の顔にはハッキリと「玲奈の旦那は俺だ」と書いていた。

 そこからの六時間はもう、何をしたか覚えていない。彼女の会社の同期だという何人かの女の子と喋ったが、玲奈を遠目に追いかける新には女の子達の会話なんて耳に入ってこなかった。二次会でもそんな感じだから、もう三次会は断り、実家に帰るでもなくふらっと入ったネットカフェのフラットシートでマンガを読んでいたらもう朝だった。


二、想い出の庭園

 いい時間に後ろからバスが来たら乗ろうと家の方向に歩き始め、もう十分雨に濡れていたが途中のコンビニでビニール傘を買って差し、また歩いた。回想ばかりしながら歩き続ける哀れなスーツ姿の男は彼女との思い出の温山荘まで独りで入った。

 昨日結婚してしまった幼馴染との思い出の場所に、独りで来る男の図は哀れに映っているに違いない。新は順路を無視して彼女が好きだった庭園の西側の池を見に行くことにした。

『そういえば西側の池の向こうでお弁当を食べたな』

 新が思い出すのは昨日の花嫁ではなく、あの頃の彼女だった。あの時は十二支やハートマークの燈籠を探した。新はふっと笑ったがまた視線を落とした。

 満潮で沈んだ池の石を見つめていると、後ろからのったりとした低い声が響いてきた。


三.あらたとみつき

「思い出がたくさんおありのようね」

「えっ。はぁ―」

「結婚式の帰りかしら。ずいぶん足元が濡れているけれど、どこか遠くのほうから歩いて来られた? 哀しい顔をしているのね。まるで初恋の方がお嫁に行っちゃったみたい」

 振り返ると蒼い傘を差し、深い海のようなワンピースを着ている女がそこにいた。傘を上げて女の顔をみると、昨日結婚した玲奈にそっくりな女が紅い口紅でそこに立っている。玲奈のドッペルゲンガ―が確かにここにいた。生唾を飲みこみ、顔をマジマジと見たまま返事に戸惑っていると彼女は続けた。

「ごめんなさい。そう見えただけで。初対面なのに変なことを言ってしまいましたね。ここはよく来られるのですか」

「え、えーっと。実は、あなたのおっしゃる通りでして……。笑っちゃいますよね。初恋の幼馴染の結婚式の次の日、雨の中、独りでこんなところに来て」

「ふふふっ。独りで来ているのは私も同じですから。あ、私、深月といいます。深い月と書いて『みづき』と読みます。あの観月さんとは比べ物にならないくらいの売れない女優をしております。昔からここが好きで、今も和歌山に戻ってくるとここに来るんです」

「あ、あらた、といいます。新と書いて『あらた』。だから、その、彼女には『しんちゃん』って呼ばれていました。深月さん、存じ上げなくてすみません。深月さんは何か見える人なんですが?」

「みえる? ああ、そっち系ではなく、あなたの表情や姿から想像したんです。演じる仕事柄、想像、いえ、妄想する癖がありまして」

「そうなのですね。ぴったり言い当てられたので、焦ってしまいましたよ。普段こんなことは絶対言わないし、しないですけど、よかったら一緒に歩いて回りませんか」

「ふふっ。ありがとうございます。新ちゃん。入口でお見かけした時から、わたしもそう思っていました」

 その呼び名を同じ顔をした女から聞くことになろうとは思わなかった。昨日の眩しい彼女と同じ顔をしているのに全く雰囲気が違う不思議な女に「しんちゃん」と呼ばれると少しゾクッとした。何も感じなかったのにどこから見られていたのだろうとも思った。

「そこのトンネル、昔は通れたんですけど、今は通れないみたいですね」

 湿っぽい潮風が吹き抜けてくる狭く暗いトンネルは、雨のせいかあの時よりも暗く見えた。

「……そうですね。雨ですけど浜座敷に行きますか」

「あ、今の間は……。もしかして、彼女と何かあった場所ね。だってここ暗いもの」

「ははっ。もしかして僕の脳内見られてます? ファーストキスの場所です」

「こうして立ち入り禁止と書かれると入りたくなるものですね。大人になると入らないですけど、昔はよくそんなことをしていました。でも向こうから押し寄せてくる湿った空気は『入るな』と言っている。そんな気がします」

「そうですね。昨日、僕は同じ空気の場所にいましたよ。初恋の人の結婚式は辞退するべきなんだって学びました」

「そう……。わかる気がします。新さんに話しかけたのも、答えてくださったのも、こうして一緒に歩いてくださるのも、何かのご縁。一期一会だと思っています。でも、嫌だったら話しかけないでしょう。答えないでしょう。歩かないでしょう。そう思いますよ。だから昨日の出来事も、これからの新さんにとってきっと、必要なこと」

「そう思えるようになったらいいですね。僕はまだそこまで大人になれないかもしれません。彼女に未練があるわけじゃないんですけどね……」

「淋しい、喪失、孤独。そんな感じかしら。でもそれを今は感情として処理できないのでしょう。そして新さんはその感情を出すことは禁則事項だと思い込んでいる」

 深月は、そういうとトンネルを背にして立ち、真っ直ぐに新の顔を見て続けた。

「言ってみて。新ちゃんの気持ちを、今。私に向かって出してみて」

「いえ、そんなことは……。深月さん、変なことを言い出しますね」

「今、ここで、あなたが吐いた言葉を私は誰にも言わない。んーっと、後々、演じるヒントにはさせてもらうかもしれないけれど、ここで新ちゃんに出逢ったことも言わないから、言ってみて。営業マンでしょ?新ちゃん?」

「ははっ。業種まで当てられちゃいましたか。そうですね。いつも笑って回って、商品のセールストーク。いつも自分のことは忘れています。出逢ったばかりの深月さんに、変なことを言われても、不思議と今はおかしな人だなって思わない。それに今は乗っちゃいましょうかね」

「うん。そうしてみて。悲劇の主人公になったつもりで。なんなら私を結婚しちゃった彼女だと思って言ってみて」

 霧雨が残る中、彼女は傘を外し、ヒロインになった。トンネルから抜けてくる風は彼女を避けるようにして新の顔に当たってきた。

「えっと、じゃあ、行きますね」

「どうぞ、新」

「あ、えっと。玲奈、お前、お前さー。今までさんざん彼氏にかまってもらえなくて俺にラインして甘えて来たよな? 俺、営業で疲れ果てて、上司からはこのままじゃ出世できねーぞって圧力かけられて、経理のお局には逆セクハラ受けても、自分の悩みはお前にも言ったことないよ。幸せな花嫁だって?めでたい奴だな。俺は独りで淋しかったんだよ、お前の幸せな愚痴を聞いてる時もな。でもそんなの言えないじゃんか。どうせこれからもフェイスブックやインスタで何日も幸せ投稿が続くんだろ? もう見てやんねーから。絶対ラインも返してやんねーから。旦那と何があっても助けてやんねーから。このどアホが」

 息継ぎも無くぶっ通しで彼女にそっくりだけど彼女でもない不思議な女に全てをぶちまけると驚くほどスッキリした。

「新ちゃん、ごめんね。ごめん。何も気づいてあげられなくて、自分勝手で、甘えて」

「い、いや、深月さん。ごめんなさい。俺、つい、本気出して言ってしまいました。キツかったっすよね」

「新ちゃん。でもね、彼女はもしかしたら、新ちゃんの悩み、聞きたかったのかも。苦しみを分かち合える相手となら一緒になりたいと思うの。でも、新ちゃんは彼女に言わなかったのでしょう。女性って難しいの。ただ甘えたいだけじゃないのよ」

 彼女はそういうと傘を拾った。

「そんなもんなんですかね。俺、いや、僕、もしかしたら、甘えてくれる彼女の役に立てる自分が可愛かっただけかもしれないです。あ、すみません。雨に濡れさせたのに、僕ハンカチも何も持ってなくて」

「大丈夫。今日は濡れたい気分だから」

「濡れたついでに、僕も深月さんの何かを受けましょうか。言ってみてください。ムカつく奴だと思って」

 先ほどの彼女と同じようにトンネルを背にして立つと新はヒーローを気取って両手を広げながら言ってみたが彼女のように凛と立つことは出来ず、変な照れが残っていた。閑散とする庭園は他に誰も見当たらないので安心したが、周りから見れば何をやっているか分からない怪しいカップルといったところだろう。

「どうぞ」

「えっと、そうだなぁ。今は新ちゃんの好きだった彼女の役をしてみるね」

「えっ」

「新ちゃん。すごく、すごく、好きだった。でも、それは昔の話。今でも大好き。好きだけど、抱かれたいとか、新ちゃんとどうにかなりたいという『好き』じゃない。英語で言うと確かにLOVEなんだけどね。愛してる。でも違うの、新ちゃん、愛してる」

そういうと彼女は泣きながら新の胸に飛び込んだ。新は躊躇いながらも無く彼女を抱きしめ、ギュッと腕に力をいれると我に返った。

「ご、ごめんなさい。つい」

「いいんですよ。わたし、彼女になりきれましたか?」

「はい。愛してるなんて初めて言われたもので、ドキドキしました」

「さっきまでの新ちゃんと違う人みたい。今、いい顔してます。あそこの浜座敷、見たら帰りましょう」

「ええ。それで、僕は深月さんの何かを聞いてあげられていないのですが、いいのですか?」

「私には、感情がないんです。不思議なんですけど。ただこうして目の前の方が笑顔になったのを見たら安心するんです」

「そうですか。確かに、不思議な女性だなって感じます。あ、あと……」

 新はもしかしたらもう彼女にはわかっているかもしれないと、そのあとの言葉を飲み込み、歩き出した。あの頃は入らなかった浜座敷の中で、先ほどのドラマごっこは嘘のように二人ともひと言も喋らずに廊下を静かに歩いた。深月は時折黒江湾の遠くのほうを眺めては少しため息をついた。新はその姿を見てますます何も言えなくなった。

 浜座敷を出ると雨が止んでいた。ちょうど十二時を知らせるメロディがそこかしこから二重にも三重にも響いてくる。

「雨、止みましたね。よかった」

「東側も回られますか? わたし、お腹が空いたので、帰ろうかなと思います」

「え? もう帰っちゃうんですか。家、近いんですか? もしかしたら、同じ高校だったかもしれないですね」

「そうですね。たぶん、しんちゃんと同じ高校だと思います。もしかしたら私がずっと先輩かも。では、ここで。今日は初対面にも関わらず突然お声掛けしたのに、ご一緒していただきありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。ありがとうございました。また、会えますかね」

「そうですね。和歌山は狭いですから、きっとまた、会えますよ。それに――あ、これはまた今度言いますね」

 そういうと深月は一枚の名刺を差し出した。新の受けとる仕草に深月は笑った。

「ほら、やっぱり新さんって、本物の営業マンですよね。よろしければ、連絡ください。また今度、お食事でも行きましょ」

「はい。また今度、僕も続きを話しますね」

 その言葉に深月はうっすらと笑みを残し、一礼すると信号を真っ直ぐに渡っていった。

 新はトンネルの前での霧雨のドラマを思い出しながら彼女の背が見えなくなるまで見送った。自分の記憶の中にいた彼女ではなく、よく似た新しい彼女がしっかりと浸透していくのを感じながら。



◆あとがき◆

 幼馴染の異性は不思議な関係なのかもしれません。兄弟や家族のように近いのに、微妙な距離がある。中学の頃になれば女の子として意識し、付き合ってみたりする人も多いもの。しばらくすると別れ、お互いに新しい恋人ができ、時が経てばまた「幼馴染」という友達のような関係が続く。あるいはそのまま結婚しているカップルもあります。

 男女間の友情は成立するか否かについては、筆者は、よくわからないのです。そこにあるのはあくまでも「友達のような関係」であり、友達ではないのかもしれませんし、そうとは言えないのかもしれません。

 女性として可愛らしいと思う男と、お気に入りの男性として意識する女としての存在があるからこそ続く関係もあるかも??

 そしてそのような「友達のような関係」もまた、かけがえのないもの。私はそれを一つの愛のカタチだと思うのです。(初稿:2018.05.12)  


2021.03.16 愛と感謝をこめて

香月にいな

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