遺したい味

WEDNESDAY PRESS 016

一冊の本が届いた。
開けると「遺したい味 わたしの東京、わたしの京都」である。
著者は平松洋子さんと姜尚美さん。出版社は淡交社。
月刊「なごみ」に連載された往復書簡が単行本になったのだ。

平松洋子さんは、食に対して多数の著書があり、その気っ風のいい文章にいつも尊敬の念を抱きながら読んでいる著者である。また本に関する著作も多く、その読書遍歴を知ると、本に対する基礎体力の違いを思い知るのであった。
一方の姜尚美さんは「あんこの本」や「京都の中華」の著者。どちらもねばりつよい取材と綿密な構成で、この2冊は何度も読み返した。
この二人の往復書簡である。ページを繰るのが楽しくて仕方がなかった。

食いしん坊としては、お二人がどのような飲食店を「遺したい」と感じられているのか。また、行ったことがある店が書かれているのか、興味は深まるばかりであった。京都では数軒、訪れた店がある。ふむふむと思いながら読む。

しかし、なぜ二人はこの店を「遺したい」と思われたのか。
二人の視点の違いや共通項を意識すると、ますますこの一冊の楽しみが増してきた。

「油断のならない時代に生きていると、つくづく感じる。うっかりしていたら指のあいだをすりぬけるもの、失われてゆくものが多すぎる」と平松さんはあとがきで記す。

「いつでも買えて同じ味がするもの、手の味、火の味、水の味がするもの、舌で材料を言い当てられる程度の簡素なもの、家の食卓に並んでいてもおかしくないもの、しかし決して家では出せない味のもの。そういう味を好んでいるようである」と姜さんは書く。

2年間の連載、24軒の飲食店を読み終え、その足で僕は千本三条にある「冨美家」といううどん屋さんの中華そばを食べに行った。

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