マリア観音

マリア観音
  ー有田赤絵町遺跡から発掘ー

我が家に
『マリア観音』が
突然やってきたのは
今から36年前の春
桜の季節だった

  その名を
『おさきさん』

命名は次女
それから今に至っていますが
その由来は
頭だけ出ていたマリア観音様を
幼友と一緒に堀りだしたそうで
お酒みたいに真っ白だったから
お酒とお妃様をイメージして
つけたそうです(お酒の白は
甘酒〕
お雛様の時に飲ませていた甘酒
がお酒だと思っていたようです。

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昭和63年に発掘調査した赤絵町遺跡(元有田郵便局)
この調査になる前
新築されるため
造成された元郵便局跡地は娘達の
遊び場だった

ある日の夕刻
次女が
「ママ こんなのがあったよ』と
ほっぺを真っ赤にして
差し出したのが白磁マリア観音だった(娘当時6歳)

そのマリア観音 専門家の夫曰く
かなり古いものであるとのことだった。 そしてそのことを夫が
町に伝えに行ったのを憶えています

しばらくして
新しい郵便局建設を順延し
発掘調査が始まりました
 (泉山の歴史資料館には
当時郵便局跡から発掘された
  娘が拾ってきたマリア観音に似たマリア観音像が展示されています〕

学生時代知り合った友が
通称隠れキリシタンの末裔とのこと
でマリア観音についても知っていましたがまさか我が家へ‼︎

このような聖なる観音様を我が家に
そのまま置いていいのか思案し
町内の方々が
信頼され亡き義母とも何度か訪れたことがある女性を訪ね相談
お祓いの後
これはあなたの家族
特に拾ってきた次女の守本尊として
大切にしてくださいとのことだった

あの日から我が家の
大切な
『守本尊』になっており
リビングで家族が見える場所に
置いています。

(カクレとか潜伏とは
 本来使うべき言葉でないとの
 ご意見もあり、生月では
ふるキリシタンと称ばれているようです)

 江戸時代のキリスト教禁制下で
 キリシタンに拝された観音像で
 あるマリア観音は美しい白磁青磁の像で、幕府に没収されたそうです。

私は長年キリシタンについて
関心があり調べているのは
『茶とキリシタン』

隠れキリシタンのついては
歴史上にも一般の人には
真実はなかなか
わからない世界であり
少し知ったからと
簡単に論ずることなど到底できるはずもありません。

お正月家族で
平戸切支丹資料館に訪れた時
そのことを痛感したある小さな出来事がありました。


キリシタン禁制の時処刑された
『オロクニンサマ』が眠る場所が
お正月に訪ねた切支丹資料館かある根獅子集落だと知りました。

お正月に訪れた時
何故か引き寄せられるように
ひとり家族を車に待たせて
その近くの森に入って行った私

茶の木かないかと探しました
あったのです‼︎

導かれるように
森に入ったのは理由がありました

鮮やかなピンク色の
『ミステリーローズ🌹』と称ばれているバラがあったからでもあります

薔薇は
もしや中国から渡ってきたのでは
であるならば 中国から伝わる茶の木もあるのではと想いが果てしなく
続いていきました。
そしてその森の奥がオロクニンサマが眠る『ウシワキの森』

又まだ公表はできませんが
その根獅子がある別の歴史があるかも知れないことがわかってきたからでもあり その不思議な縁に関心が出てきて今私はその時代背景などを調べています。

再訪を願っているのは言うまでももありません

私は
茶とキリシタンについての調査を
私ができる範囲で続けていますが
カクレキリシタンと茶の因果関係は
何もわからず、以前から平戸について詳しい方から
ご案内いただいていた隠れキリシタンに大変詳しい平戸郷土史家にお逢いしたいと切に願っています

それは
詳しい方だからということもありますが 夫共々信頼している方のご紹介でもあるからでもあります

以前
古キリシタン(一般に隠れキリシタン)の行事で、お茶の葉を使う行事がありその郷土史家のご自宅にも
茶の木があると伺っていたからでも
あります

見えにくい世界
特に宗教は慎重に考慮し
臨まないといけないし
メディアなどの動きを
全て信じることは控えている私です

何故ならば
カクレキリシタンについては
前述したように
私達一般人がただの興味だけで心なくして入り込むことは
絶対に控えなければなはないこと
又長きに渡り信仰を真摯に受け継がれ、今世界遺産になりはしましたが
今受け継がれている末裔の皆様の
祈りとは異なるのではないかとの
想いもあるからです
だから本質を知りたいと
ましてや
論ずることなどできるはずもありません。

私はその隠れキリシタンの信仰についてよりカクレキリシタンの方が
行事で使われているお茶について
知りたいのです。

今 ひとり
中国茶を飲みながら
娘が拾ってきた
小さな
『マリア観音』像から
メッセージが降りてきたように
思います。

『茶とキリシタン』については
若い頃からと同様淡々と調べる私のライフワークは変わらず

そしてこの数日
そのことにまつわる驚きの事実に対して静かに見つめていこうと
考えています。

もしかしたら
長年の私の中にあった
ある哀しさにつながる想いへの
神からの温かな応援メッセージだったのかなと『マリア観音おさきさん』を手のひらに包み祈りました。


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