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Let There Be Bowen Mangoes

“Let There Be Love” と言う曲がある。2005年にヒットしたOASIS のものではなく1940年にイアン・グラント(詩)とライオネル・ランド(曲)により作られ、翌年にミッキー・ルーニーとジュディー・ガーランドの初共演となったミュージカル映画「ブロードウエイ」の挿入歌となったジャズのスタンダード曲である。
我が家にはクール・ジャズの元祖のジョージ・シアリング・クインテットの伴奏でナット・キング・コールが歌ったものとジェリー・マリガンのピアノレス・カルテットの伴奏で一世を風靡したコーラス・グループ「ランバード=ヘンドリクス=ロス」のアニー・ロスが歌ったレコードがあり、どちらも名演中の名演で何度聞いても聞き飽きることがない。
「君がいて、私がいて、海には牡蠣が潜み、木には鳥が歌い………、そして何よりもそこには愛がある」と続く歌の中に”Someone to bless me whenever I sneeze”(私がくしゃみをした時に神の加護を願ってくれる人がいて)と言う歌詞がある。この文句を聞く度に海外で過ごした懐かしい日々が頭に甦ってくる。
そう、パブや町中で何人かが集まって話し合っている時、突如誰かがくしゃみをする。すると仲間の一人が待っていましたとばかりに”Bless you”と声を掛ける。くしゃみをすると魂が抜け、魂が抜けると悪霊に付きまとわれるとの言い伝えがあり、その人に神のご加護を願って掛ける言葉なのだそうだ。
10年外国にいて誰かがくしゃみをした際仲間の誰かが発したこの言葉を聞かなかったことはない。声を掛ける人が決まっているわけではなく早い者勝ちで、一度その声が掛かると他の人が対抗して声を掛けることはない。いわば社交場のルールのようなもので、くしゃみをした人がその言葉に”Thank you”と答えるだけで会話は滞ることなく続けられる。
もう二度とあのような経験は積めないのだと思った途端に舌先に甦った味がある。南半球ではこれからが春本番。オーストラリアはトロピカル・フルーツの宝庫で、ドリアンやマンゴスチンはじめジャック・フルーツにサワー・ソップ等々が実をつける。色々と味わったトロピカル・フルーツの中でマンゴーの味だけは今以って忘れられない。
我が家の裏の物干し台にも隣のホテルからマンゴーの木が枝を張り出していた。これ幸いとこっそり取って食べたのだが、繊維が強く味も大まかで期待した程うまいとは思えなかった。そんな折も折、地元の人から家の前のマンゴー・パークに「ボーウェン・マンゴー」の木が3本植わっている、あの実を取って食べてみろと教えて頂いた。
食べてみて驚いた。同じマンゴーと思えないほど色合いも上品で繊維が柔らかい。味に酸味があって甘さがすっきりしている。成程、これが庭にこの木が一株植わっている家は、その木の方が家そのものよりも価値があると言われる「ボーウェン・マンゴー」かと、ほとほとと感心し、その繊細な味の魅力に取りつかれてしまった。
ケアンズへ行く道の道端で子供達が何処からかこっそり集めてきた「ボーウェン・マンゴー」を売っていた。2ドルで2個、5ドル出せば6個か7個買うことができた。ケアンズへの行き帰りに目を皿にして子供達を探し「ボーウェン・マンゴー」を仕入れては家に貯えその味を満喫していた。その貯えが尽きた時の悲しさったらなかった。
帰国の際「ボーウェン・マンゴー」を持って帰ったが、検疫で没収されてしまった。「ボーウェン・マンゴー」と交配してできた「ケンジントン・プライド」を千疋屋が輸入して売っていると聞き早速買って食べてみた。すっきりした味は感じられたが「ボーウェン・マンゴー」の味わいを満喫させるには至らなかった。以来マンゴーを食べたことがない。
(写真:家の前の「ボーウェン・マンゴー」の木に残った実をこっそり頂戴した)

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