【ショートショート】深煎り入学式(456文字)
やばい、やばい、やばい!
もう生徒たちが来る時間じゃないっ!
初めての高校で、新入生を任されたから張り切って白のスーツとパンプスを新調したのに。
満開の桜も早々に濡れ落ちてしまいそうな大雨。せめて足元を濡らさないように、と長靴で車に乗ったのが裏目に出てしまった。肝心のパンプスを忘れてとんぼ返りだ。
どうして13階建てマンションの12階を選んでしまったのか。
どうしてマンションの入り口から1番遠いところしか駐車場が空いていなかったのか。
後悔したって仕方ないけれど、最悪の入学式になる準備は万端だった。
せめて、笑顔でいなきゃ!
そんな気持ちとは裏腹に、車を降りた身体に冷たい雨が滴っていた。
「これ、使いますか?」
母親が用意したであろう白いハンカチを、彼は差し出す。うちの制服を着ていた。
「いいえ、大丈夫よ」
「でも、髪がびしょびしょです。スーツにも、泥が跳ねて……」
お願いだから、今優しくしないで。
これ以上、深入りしないで。
今日が苦い思い出になるのは間違いないが、立ちのぼる目の覚めるような香りのことも、きっと忘れないだろう。
*たらはかに(田原にか)さんのこちらの企画に参加しております。
久しぶりの毎週ショートショートnoteへの参加になりました。
近々サードキャリアへ移行予定で、再び創作活動にも精を出せそうです*
もう少し入学式を焙煎した感じにしたかったですが『深煎り(コーヒーのような)入学式(前のときめき)』になってしまいました。
※サムネイルはAIによるものです。