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【テニスの王子様】海堂薫に憧れて頭にバンダナを巻いていた小僧が、未練がましく新テニの連載を追いながら毎月怒り続ける怨霊に育つまでの物語


もはや男は誰も読んでいない

テニスの王子様と言えば、言わずと知れた大人気少年漫画……だった
今では信じられないかもしれないが、かつては日本テニス協会も推薦していたまともなテニス漫画で、「スラムダンク」を読んでバスケ部に入る少年たちが生まれていたのと同じように、テニスの王子様の影響でテニスを始めるチビっ子たちが大勢いた。
当時の俺は海堂薫に憧れて頭にバンダナを巻いていたような少年だったので、もちろんテニス部に入部し……なかった。俺の通っていた学校にはテニス部が無かったからだ。
だが、もしテニス部が存在していたら迷わず入部していただろう。そして、ブーメランスネイクを必死に真似する青春を送っていたかもしれない。

そんな少年たちの夢を造っていた同作は、現在「新テニスの王子様(略称:新テニ)」としてジャンプスクエアで現在も連載が続いている。
今では当然のように「能力(スキル)」と言う単語が飛び交い、もはや嘘科学的な説明すらもすっかり放棄した純粋な魔法バトルが繰り広げられるようになって久しいが、それでもなお多くの読者に支持されている。
ただ大きな違いは、少年漫画を求める少年や元少年たちが立ち去り、すっかりイケメンを眺めたい女性読者たちしか残っていないことだ。
元々、テニスの王子様(以下テニプリ)は当時から女性ファンも多く、ヒロインポジションだった竜崎桜乃が女性読者の不評によって出番を減らされたというのは大昔から有名な噂話だ(事実かどうかは不明)。
それ以外にも連載当時から跡部の女だったメス猫たちの声は散々見てきたし、当時のアニメでは「テニプリ一家」のような明らかに女性視聴者を意識したパロディ企画も存在していた。

『新テニスの王子様』20巻 198~199ページ

現在の読者層の象徴として、一番分かりやすいのは新テニスの王子様20巻の「氷帝学園3年A組クラスメイト名簿」企画だ。
こいつは読者が自分の氏名を書いて投稿すると「3年A組の生徒」として名前を乗せて貰える企画だったのだが、明らかに9割以上の名前が女だ。
まあ、これは「跡部と同じクラスに名前を乗せて貰える企画」に興味がある人の数なので純粋な読者の割合とは言えないが、それにしても元の読者がよほど女性に偏っていなければここまで極端な割合にはならないだろう。

(余談だが本巻は単行本のページ約200のうち52ページを本企画の読者の名前しか書かれていないページで埋めており、購入者から凄まじく評判が悪い。一応普段の単行本と比べると本巻は20ページ程度多くなっているが、それでも差し引き30ページ分ボリュームが減っている)

『テニスの王子様』38巻 39ページ

それ以外の例としては、例えば財前光というキャラがいる。
こいつは原作だと青学レギュラーのタカさんを「青学のお荷物」呼ばわりし、同じ四天宝寺中の先輩たちにも尊大な態度だったくせに、いざ自分が試合に出たら勝負に参加すらできず地面に這いつくばっていた以外の描写がまるで無い。
要は少年漫画的には「典型的なやられ役の雑魚」でしかなかった奴なので、人気が出る要素なんて微塵も無いはずなんだが、「顔が良くて毒舌キャラ、あとピアスしてるのがエロい」などの理由で原作をロクに読みもせずに二次創作で勝手に盛り上がるタイプの女オタクからは異様に人気が高く、前述した原作内の扱いに反して人気投票では主役級のキャラに匹敵する票数を得ている。
こいつに限らずテニプリの人気投票は悪い意味で非常にカオスで、同じく原作では全く出番のないキャラクターが「ミュージカル版の担当俳優がイケメンだったから」という理由で突然人気投票で上位に名を出すようになったりもしている。
もはや人気投票に原作の展開や描写なんて一切関係なく、キャラクターの人気でも何でもない、ただ女オタクたちの「自分の推しに票を入れまくって勝たせる競技」のような状態だ。

そうして、テニプリがすっかり腐女子の一大帝国と化した今日この頃、俺はと言えば今でも真っ当に少年漫画として新テニスの王子様の連載を追い続けている絶滅危惧種の男なわけだが。
現時点で俺がそんなに熱心なファンなのかと言うと、そうとは言い難くなっている。
率直に言えばほぼアンチ化しており、毎月4日に電子書籍でジャンプスクエアを購入しては新テニスの王子様だけを読み、「今月もクソ!」と言い続けるのを年単位で続けている。
そんなわけで、今回はタイトル通り海堂薫に憧れて頭にバンダナを巻いていた小僧がアンチと化すまでの物語を書いてゆく。

キャラクターの主軸の設定がブレまくり

まず、テニスの王子様と言えば個性的で魅力的なキャラクターが特徴だが、かなり昔から致命的な問題点がある。キャラクターや物語の主軸と言える設定すら全く整合性が取れていないことだ。

『テニスの王子様』14巻 129ページ

例えば無印時代で分かりやすいのは氷帝学園の設定だろう。
「テニス部には200人の部員がおり、一度でも負けた奴は二度と使わない」という無茶な設定があるが、実際に作者も無茶だと思ったんだろう。この設定は何の言及もないまま当然のように無かったことにされ、作中2戦2敗の向日岳人・日吉若ですら平然と正レギュラーを名乗り続けている。
と言うか、作中の氷帝正レギュラーのうち公式戦で無敗なのは鳳長太郎ただ一人だけなので、こんなルールを守っていたら部長の跡部含めて主戦力がほぼ全員強制引退させられてしまう。

一応この点については、一度正レギュラーを落とされた宍戸が正レギュラーに復帰するのを認めた際に撤廃されたのでは?と推察できる余地はあるが、少なくとも作中で明言はされていない。こんな重要な設定を曖昧なままにするな

『新テニスの王子様』15巻 62~63ページ

そして、上ではネットでも再三話題となった「デュークホームラン」のシーンを貼ったが、この技の使い手であるデューク渡邊破壊王(デストロイヤー)の異名を持つパワープレイヤーだ。

……と思っていたら、15巻のドイツ戦の際に「デュークの本来のテニスは優しい小技」との設定が語られる。
だが、その言葉に反して後の試合で優しい小技とやらはちっとも登場せず、むしろデュークバント(優しい小技)に偽装してホームランを打つデュークバスターなるパワー技を出すなど、優しい小技こそが本来のテニスと言ったくせに、その本来のテニスに全く出番がない。
どこからどう見ても彼の特徴は明らかにパワーとして扱われており、さらに後には「破壊の魔神」なんて存在を呼び覚ましている
「パワーだけじゃなく技術もある」とでも言っておけば矛盾はなかったのだが、テニプリではインパクトを出すためか「そいつが一番得意なのは今までのスタイルとは真逆だ(大嘘)」と、その場の勢いで設定を書き換えることがあるのだ。

『テニスの王子様』35巻 12ページ

これは本作屈指の人気キャラである跡部景吾にも顕著に発生している。
彼は最初に激闘を繰り広げた手塚との試合では持久戦で勝利を収めた。
なので持久戦が得意なプレイヤーなのかと思えば、その後に全国大会で越前と試合をした際には上の画像の通り、ハッキリと「相手を平伏させるために持久戦を選択していただけで、彼の本来のテニスは超攻撃型」と断言している。
だが、こんな設定はいつの間にか忘れ去られ、その後の試合では当然のように跡部が最も得意なのは持久戦として何度も何度も試合をしている。
なあ、教えてくれよ。本来のテニスって何だ?

ついでに言うと、彼の代名詞とも言える技「破滅への輪舞曲」だが、こいつは新テニスの王子様において「失意への遁走曲」「慟哭への舞曲」と二段階の進化を遂げた……はずなんだが、どういうわけかその後の試合では最終進化形態の慟哭への舞曲ではなく、わざわざ進化前の破滅への輪舞曲の方を何度も使っている
これが「上位技は強力だが体への負担が大きい」みたいな説明がされていれば一応の理由は立つのだが、何の説明も理由付けもない。テニプリにおいてこうした「何故か進化がなかったことにされる」というのは頻繁にある。
本当に頻繁にあるから後で別の例を出すが、跡部の話を続けよう。

ジャンプSQ 2022年8月号 197~198ページ

跡部の設定のブレで最悪なのが、新テニの世界大会決勝メンバー選出戦だ。
ここでは跡部と忍足が決勝戦シングルス3の座をかけて試合をする。
そもそもこの試合自体、明らかに跡部が勝つと分かり切っているので全くやる意味がない試合なのだが、最悪なのはそこじゃない
問題は、この試合中にモノローグとして跡部と忍足がお互いに「お前の存在が俺のテニス人生の起点だ」と思い浮かべる場面だ。
何がおかしいのか分からない奴のために説明すると、これは明らかに嘘だ

『新テニスの王子様』5巻 109ページ

跡部は幼少期にイギリスで過ごしていた過去があり、当時は現地のライバルたちに全く刃が立たなかった。そんな中で彼が勝つために身に着けたのは相手の弱点を見抜いて、それを容赦なく突くプレイスタイルだった。
そんな内容が過去の回想で語られている。
跡部が『眼力(インサイト)』を身に着け、自身のプレイスタイルを確立した「テニス人生の起点」は、明らかにここにある。
なので忍足の側はともかく、「跡部のテニス人生の起点が忍足」と言うのはどこからどう見ても明らかな嘘だ。
本試合は跡部と忍足を太陽と月に見立て、「そろそろ月が輝いてもええやろ」「太陽はまだ沈まねぇ」と、何だか妙にお洒落っぽいことを言わせる一方で、具体的にお互いの技を攻略する過程は全然描写されない少年漫画的には0点の試合だったが、それが些細なことに思えるほどに酷い矛盾だ。

作中トップクラスの人気キャラクターの設定ですら、その場のノリで雑に書き換える。この悪癖は無印時代から全然治らないどころか明らかに新テニに入ってから悪化しており、ちゃんとキャラクターの技やプレイスタイルに思い入れのあるファンだったら確実にブチギレる案件だ。
あと、氷帝メンバーや跡部と試合をするキャラクターが登場する度に破滅への輪舞曲を真似させるのはいい加減やめた方がいいと思う。この技、もうツイストサーブより普及してるぞ

『新テニスの王子様』21巻 14~15ページ

そして、跡部と同じくらい矛盾が酷いのが青学の天才、不二周助だ。
彼は元々「つばめ返し」「羆落とし」「白鯨」という三種の返し技(トリプルカウンター)の使い手だったが、全国大会準決勝の白石戦でそれぞれの返し技を進化させ、「鳳凰返し」「麒麟落とし」「白龍」となった。
……と思ったら、それより後の新テニの試合において進化前の技をわざわざ使っている。なんで?
このうち白龍だけは白鯨に退化せず白龍として使用され続けているのだが、これは多分白鯨が戻ってきた玉を打たれたら終わりの欠陥技であることに加え、戻った球をバウンド前にキャッチするのはルール違反(相手のポイントになる)だと指摘されたことが原因じゃないかと思うんだが、そもそも他の2つの技をわざわざ退化させる必要もないので意味不明なのは変わらない。

『新テニスの王子様』15巻 75ページ

そんな不二周助だが、新テニでは今までの自分のプレイスタイルに限界を感じたのか返し技中心のスタイルから技構成をごっそりと変更し、「風の攻撃技(クリティカルウインド)」なる技を用いるようになっている。
そして、上の画像のシーンはその最初の一つ、「葵吹雪」を見せつけた場面なのだが、そのシーンで彼はこう言っている。

「もう守るだけのテニスは止めたんだ」

これは嘘だ。
今までの不二も、ただ守るだけのテニスなんてしていなかった。

『テニスの王子様』25巻 127ページ

無印時代のテニスの王子様、関東大会決勝における切原赤也との試合が最も分かりやすい例で、思いっきり「攻撃で圧倒した」場面がある
これに限らず、氷帝での芥川ジローとの試合ではカウンターでも何でもない「消えるサーブ」や、彼の得意のボレーを許さない足元への鋭いショットで終始ペースを握っており、どこからどう見ても彼のテニスは守るだけではなかった。
プレイスタイルとしては守備寄りのカウンターパンチャーだが、決してそれだけではない。その華麗な技巧によって敵の攻撃を受け流すこともするし、鋭い攻めも自在に使いこなす。それが「天才」不二周助だったのだ。

第一、彼の得意技である3種の返し技についても、トップスピンへのカウンターであるつばめ返し、スマッシュへのカウンターである羆落としはともかく、白鯨は何に対するカウンターなのか不明だ。
おそらくはネットプレイに対するカウンターではないか?と言われていたりするが、それは言ってみれば「ドロップショットやショートクロスが強いプレイヤーに対して後衛に陣取って戦うのは困難」みたいな戦術的な話で、別に特定の打球に対する返し技でも何でもない、普通に攻めの技だろう。
白石戦で見せた第5の返し技である「百腕巨人(ヘカトンケイル)の門番」は更に分かりやすく、カウンターと名付けているだけで全く返し技要素は無い
実際この白石戦でヘカトンケイルが完成して以降は、ひたすらヘカトンケイルを打ってゲームメイクする不二に対し白石が攻略を試みる展開となっており、明らかに不二の側がガン攻めだった。

なので、多少なりともテニプリを読んでいれば不二のプレイスタイルが守るだけのテニスでないことは誰でも分かっていると思うんだが、一番理解していないのが作者本人なんだから笑えない話だ。

『テニスの王子様』25巻 154ページ

こうした設定のブレに関して最悪と言っていいのが、先述の不二周助とも死闘を繰り広げた立海大附属中2年エース、切原赤也だろう。
こいつの場合は主軸がブレていると言うより、そもそも主軸が無い

無印の初期、まだ越前リョーマが一本足でのスプリットステップ(初期は「スピリットステップ」表記)を使いこなすと話題になっていた時代、同じ神業を使いこなす選手として越前のライバルになりそうな雰囲気を漂わせていた彼だが、彼のプレイスタイルの変化について説明しよう。

まず彼はストレスが溜まると目が充血し、赤目になると暴力的なラフプレイを躊躇なく行う残虐な選手としてデビューを飾った。
しかしその後、関東大会決勝の不二との試合では純粋な勝ちへの執念から赤目暴力プレイを捨て去り、越前と同じ無我の境地へと至る。
こうして暴力プレイヤーから正統派ライバルになったかと思ったのも束の間、全国大会準決勝では怒りの力を爆発させデビル赤也として覚醒、対戦相手を血染めにする勢いで暴力プレイへの道へと舞い戻った
しかし舞台が新テニスの王子様と移ると、今度は「デビル化は彼の命すら脅かす」と物騒な設定が語られ、封印するよう助言を受ける。そして彼はダブルスで組んだ白石の協力によって天使化を果たし、悪魔の暴力プレイから今度こそ脱した……かと思えば全くそんなことはなく、その次のギリシャ戦では再び悪魔に戻る。

ジャンプSQ 2021年8月号 508ページ

だが、その次のドイツ戦ではついに「集中バースト」なる奥義を身に着け、長きに渡って迷走し続けた彼もようやく落ち着いた……わけもなく、やっぱり集中バーストの後にも悪魔化し、今度は内なる悪魔をビジョン付きで呼び起こす。すると今度は天使が現れ、最終的に赤也が「悪魔も天使も俺に従えーっ!」と叫ぶことで赤也が分身、悪魔赤也と天使赤也の一人ダブルスが始まった……と思ったら即座に一人に重なり、再び集中バーストへと戻った

いよいよ何を言っているか分からないと思うが、これが切原赤也というキャラクターの足跡だ。あまり言いたくないが、先述した「その場の思いつきでキャラクターの設定を書き換える」作者の悪癖がぎっしりと詰まったキャラクターが彼だと言える。

『新テニスの王子様』30巻 148ページ

あと、彼が集中バーストを披露したドイツ戦についてだが、そもそも切原は新テニにおいてデビル化してもなお柳に手も足も出ない様子が描かれており、ドイツ戦のメンバー選出時点では日本代表メンバーの中でかなり下位の実力のはずだ。その彼がドイツ戦のダブルス1に選出されたことについては

  1. まず幸村が手塚と当たる

  2. 幸村が天衣無縫攻略の糸口を見つけ出す

  3. 次の試合の相手選手が天衣無縫に覚醒している

  4. 幸村に触発された切原が超覚醒して天衣無縫に対抗できる力を身に付ける

日本の監督はこれらを全て未来予知していたとしか思えないオーダーになっているのも味わい深いクソポイントだ。
まあ、明らかに相手が出してくる選手を予知していないと組まないオーダーは無印時代から頻繁にあったが、今回の場合は切原の覚醒すら神の視点で予知しているのが一味違う。

『新テニスの王子様』32巻 145ページ

まあ、何だかんだ言って最終的には集中バースト絡みの描写によって今までの悪魔化だとか天使化だとか言ったブレまくりの設定を総決算してきた感があるので、いい加減これで彼のスタイルも確定してほしいと思うところだ。
しかし、先述のように迷走に迷走を極めてきた切原に関しては今後また集中バーストすら捨てて全然違うスタイルこそが彼の持ち味だとか言い始めても全く驚かないくらいに信用がないので、こんな描写になるくらいならもうこいつを試合に出すなとすら思い始めている。

予想を裏切るのはいいが、期待を裏切るな。
こいつはテニプリ全体に対して、本当に強く思うことだ。読者の予想を外すことばかり考えた結果、単純につまらない展開を描いても本末転倒だと理解してくれ。

『新テニスの王子様』27巻 37ページ

そろそろ次の話に移りたいのでサラッと流すが「進化がなかったことにされる」例として、他に真田弦一郎の風林火山がある。
これは新テニのフランス戦で嵐森炎峰に進化したはずだが、「世界大会より後の時系列」と明言されている氷帝VS立海のOVA(U-NEXT独占配信)で風林火山に戻っていた
これだけなら「単にこのOVAがいい加減だっただけ」と苦しい言い訳もできたが、そのOVAよりも後に描かれた徳川との試合でもやっぱり風林火山に退化していたので完全に言い訳が不可能になってしまった。

と言うか風林火山の退化も問題だが、真田に関してはこれまで何度も試合が描かれ、特に新テニでは出番が大幅に増加したにもかかわらず、未だに風林火山の「山」が具体的に何をどうする技なのか一度もハッキリ描写されていないのはいくら何でも酷いだろう。
上記の嵐森炎峰に進化したと言われている試合でも、描写されていたのは嵐と炎だけで森と峰は結局何がどう変わったのか分からずに終わっている。
もう風林火山を名乗るのをやめろ。

キャラクターの強弱関係がめちゃくちゃ

『テニスの王子様』32巻 7ページ

キャラクターの設定がブレまくっているのだから、当然のごとく起こっている致命的な問題各選手の強弱関係もメチャクチャになっていることだ。

元よりテニプリにおいては敗者へのフォローのつもりか、「今回はたまたま勝ったが、実力は相手の方が上だったはず…」のような台詞や描写が多い。
まあ、この手の辛くも勝利を収めた描写そのものは問題ないのだが、テニプリの場合は問題なのが敗者がパワーアップして再登場する際に「負けをバネにして特訓、成長した」ではなく、「前回は舐めプしてたから負けただけで、俺は元々このくらい強かったからな?」と、以前自分たちを倒した相手に対して当然のように格上面をして出てくるパターンが多い。

特に氷帝学園はそれが顕著で、例えば芥川ジローは過去に「氷帝No.2の実力者」と言われていたのだが、彼は青学No.2と言われている不二に関東大会で6-1で惨敗している。これを真に受けるのなら氷帝の正レギュラーは跡部以外の全員が不二から1ゲーム取れるかどうかのザコになるわけで、総合力は青学に全く及んでいないはずだった。
そして全国大会の氷帝戦では「立海大附属中BIG3の柳を下すほど力を付けた乾」「中学生テニス界最強と言われる真田を倒した越前」など、いよいよ青学がチート級の実力を開花させる中、氷帝はと言えば大幅にパワーアップしたような描写も無いくせに青学と五分の実力と言い張っている

とにかく氷帝は、過去の戦績や描写を見るにインフレした原作終盤戦について行くには明らかに戦力が不足しているのだが、どうも作者が頑なにそれを認めず「氷帝は元々強い、パワーアップしなくても最強クラス」と戦力差を自覚していないような扱いが目立つ。
かと思えば、先述した青学との関東大会決勝では「青学がNo.2の不二を何故か温存」という舐めプレイをかましていたり、氷帝VS立海のOVAに至っては立海の側に「最強チートキャラの仁王は退場」「レギュラーのジャッカル桑原を外し、戦力外の玉川よしおを追加」「真田と柳をダブルスで組ませて戦力を浪費、代わりに何故かシングルスで柳生が出てくる」など、氷帝と試合をする側が全力で接待をさせられており、結局氷帝を強豪校扱いしたいのか、弱小校扱いにしたいのか分からなくなっている。

『新テニスの王子様』33巻 140ページ

そして、その到達点がトップ画像にも使ったこのシーンだ。
上述した舐めプ問題については俺に限らずネット上で散々指摘されていたのだが、ついに新テニ33巻にて作者の声を直接キャラクターに喋らせる禁じ手に出た!!
実際、新テニ中盤辺りからはネットで話題になった部分を露骨に掘り下げたり、叩かれた部分について後付けで弁明のような描写を入れることが多発していたので、このシーンが「ネットの声に対する作者の反論」であることはかなり確信を持って書いている
正直この理屈自体もかなり無理があると思うが、作中では「相手が一枚上だった」ことを認めず負けたくせに格上面が常態化しているので、この反論も反論として成立していないのが涙を誘う。
割とマジな話、このシーンでアンチ化した奴も結構多いんじゃないかと思う。

そもそも、このモノローグを発しているビスマルクというキャラクター自体が色々とガバガバで、「一日一回、重い蹄鉄(一般的に数百グラム)を投げる願掛けをしていたらサーブの威力が段違いに上がった」と回想シーンで語っていたような奴なので尚更だ。
立海のレギュラーは片方10キロのパワーリストを着けてトレーニングしている設定があるんだが、ビスマルクは一日1回蹄鉄を投げるだけで大幅パワーアップするって今まで何やってたんだ?それとも、こいつの投げていた蹄鉄は2トンくらいある特注品だったのか?

テニプリ最大の被害者 乾貞治

『テニスの王子様』15巻 159ページ

乾貞治というキャラクターがいる。
俺は今でも一番好きなキャラクターが海堂薫なんだが、その海堂のダブルスパートナーとして死闘を演じてきた乾も2~3番目くらいには好きな人物だ。
と言っても、海堂の相棒だから好きなわけではない。もちろん海堂とのダブルスも好きなんだが、あくまで単品のキャラクターとして見ても乾はデータキャラの理想形とも言うべき、魅力に満ち溢れた人物なのだ。
そして俺は、乾が好きになるとテニプリが嫌いになると思っている。
彼こそが、先述した「キャラクターの強弱関係がメチャクチャ」の最悪の例だからだ。

『テニスの王子様』15巻 119ページ

まず、この乾貞治という男の魅力について語りたい。
彼の魅力は何と言っても頭が良いことだ。
データキャラなんだから頭が良い設定なのは当然では?と思うかもしれないが、彼はただ単に後出しエスパーで「俺は全部予測してたぜ」と言うだけの奴ではなく、ちゃんと作中の立ち回りや台詞回しで「頭の良いキャラ」であることが表現されているのだ。

その最たる例が海堂とダブルスを組むに至ったシーンだ。
都大会を終え、ブーメランスネイクの研鑽に躍起になる海堂へ、上の画像の説明と共に「だから俺とダブルスを組め」と持ちかける。
だが、彼はこの場面の少し前に部内の試合で手塚と互角の攻防を繰り広げており、手塚に初めて手塚ゾーンを解禁させるほどの実力を示していた。
「手塚・不二・越前がいる」と、乾自身もシングルスの座を狙うのは厳しい立場のように語っているが、実際のところこの時期の乾であれば越前や不二を押しのけてシングルスの座を狙うことは十分に可能だったはずだ。
だが、彼はそうしなかった。
青学には黄金ペア以外に有力なダブルスペアが欠けていること。そして、自分と海堂ならばその空いた枠をピタリと埋められること。
それを考え付き、チームとして青学を勝利に導くため最も効率的な選択をした。そんな立ち回りができるのが、この乾貞治という男なのだ。

そんな経緯で成立したせいか、この乾・海堂ダブルスは学生同士の友情・相棒らしさと言うよりも、純粋なスポーツマンとしてお互いの能力への敬意・信頼を強く感じる関係となっており、その渋い魅力は作中でも随一だ。
相手に「海堂はもう終わりだ」と言われた際の、「おい海堂、お前終わってるそうだが……?」と言う台詞は、海堂がこの程度で終わるはずがないという信頼と、ついでに軽く挑発して彼の闘志に更に火を点けようとする計算高い意図が見える。

『テニスの王子様』32巻 99ページ

また、後の試合では開始前にいかにも「海堂の闘志に火が点いた」かのように言っておきながら開幕に強烈なサーブを叩き込み、全力のドヤりと共に上の台詞を吐くシーンがある。
こうした若干のウザさも乾の特徴で、普段は逆光メガネのせいで無表情に見えても、その内には誰よりも強い闘志を秘めており他のメンバーの数倍のトレーニングを平然とこなしている。そして、ついでに「ちょっと上手いこと言ってカッコ良い所を見せてやろう」と考えるような小賢しさもある。
真面目な方面に限らず、ネタ要素にも事欠かない多面的な魅力に満ち溢れた男。それが彼、乾貞治なのだ。

『テニスの王子様』25巻 24~25ページ

そして、そんな彼が最も輝いていたのが関東決勝の柳との一騎打ちだろう。
この試合はテニプリでも屈指の名勝負として名高く、彼の頭脳と身体能力、そして狂気すら感じるほどの執念がこれでもかと言うほどに描かれた戦いだった。ここで乾に惚れ込んだ奴も多いだろう。
そして彼は、全員が全国区プレイヤーと言われる王者 立海大附属中の中でも、更に別格と言われるBIG3の柳蓮二を相手に互角の戦いを繰り広げ、勝利を収めた。

物語の開始直後に「データは嘘をつかない」とドヤっておいて、案の定データ以上の力を見せた主人公に敗北した典型的な噛ませデータキャラのような立場だった彼が、チームを絶体絶命の危機から救う大活躍をするほどに出世したのだ。
こうして、乾は青学のエースとして中核を担う立場に……ならなかった
ここから乾は凋落の一途を辿ることになる。

改めて確認してほしいんだが、乾は柳に勝利した
一応、この二人の扱いとしては後の試合やファンブックの記述等を見ても「どちらかと言えば格上なのは柳の方」との設定でほぼ一貫している。
なので、まあ柳より上の実力と扱われていないのは良いとしても、ほぼ同等の実力者なのは確実だ。そうじゃなきゃ一騎打ちで勝てるわけないだろ
なので、乾は先述した通り「全員が全国区と言われる王者 立海大附属中でも、更に別格と言われるBIG3の柳蓮二」と同等の実力を持った超強キャラになっているはずだった。
例えば氷帝学園が相手だとしたら、もはや跡部ですら乾と同格以下くらいのはずだ。それ以外の選手では全く相手になるはずがない。

『テニスの王子様』32巻 115ページ

しかし、その後に海堂とのダブルスで向日・日吉ペアと試合をした際には「相手がペース配分を考えずに、開幕から全力で突っ込んできた」との理由だけで前半は完全に圧倒され、ついでに3ゲームも取られてなお相手の戦術に気付かないほど知能も退化していた。
最終的には結局相手のスタミナが尽きたことで勝利を収めたが、これは海堂の術中と語られており、乾が作戦を立てたわけではないらしい。
「相手が速攻で来るのなら、こっちは全力で守備に回って攻めを凌ぎ切る。それで相手のスタミナが尽きればこちらの勝利」
こんな程度の作戦は今までの乾なら1ゲームでも落とした時点で既に考え付いていそうだが、柳との戦いでデータを捨てたまま拾い忘れたのか?

まあ、大した人気キャラでもないメガネ野郎ごときに大人気の氷帝学園のイケメンたちが蹂躙される試合なんて描きたくなかったんだろう
かなり悪意を持った描き方をしたが、マジで他の理由が思い付かない。
実際、無印の中盤辺りから人気のイケメンキャラの露骨な優遇と、バランスを取るために正統派イケメンではないキャラの試合描写がどんどん雑になっていく問題は起きており、これは現代でも続いているので諦めるしかない。
人気キャラの優遇が悪いとは言わないが、他のキャラクターの描写を雑にするな。こんな事やってるから真っ当なファンから順に消えていくんだよ

『テニスの王子様』38巻 40ページ

そして乾の凋落は止まらない。
全国大会準決勝の四天宝寺戦では手塚とペアを組んで千歳・財前ペアとの試合に臨んだ……かと思えば、何故か試合は手塚と千歳のシングルスと化し、乾はラケットを持つことすら放棄した。

無我の境地で超人的なラリーをする二人を前にして「もはやこの勝負……俺達の入れる領域じゃあ無い」と絶望的にダサいドヤりを決めるが、立海BIG3と同格のお前なら無我に目覚めた千歳よりまだ格上なくらいだろ。本当は参加できるけどデータ取りたいからフカしたのか?

ただ、この試合に関して言えば乾の描写が悪いと言うより、無我の境地の扱いの一貫性のなさが問題と言える。
この手塚と千歳の試合においては「ボールが見えない」と言われるほどの異次元の高速ラリーを行っており、無我の境地がそれほどのチートスキルのように見えるが、実際はそうでもないのだ。

『テニスの王子様』34巻 102ページ

今までの試合を追ってみると、確かに無我の境地は登場当初こそ集中力が極限に達したことで限界以上の力を発揮する超サイヤ人状態のような扱いだったが、その後の試合では真田や跡部から「体力の消耗が膨大なくせに、できる事は格下選手の技をパクるだけのクソ技」と扱われ始めており、その絶対的な強さに陰りが出始めていた。

なのに、この手塚と千歳の試合では無我の境地が唐突にチート技のような扱いに戻っている。これで無我を明確に復権させたならまだマシだったのだが、結局これより後の越前VS幸村の試合でも「無我は体力を無駄にするだけ」とバッサリ切り捨てられており、結局無我をチートスキルにしたいのかクソ技にしたいのか全く一貫していないのだ。
その結果、一時的に無我がチートスキルに戻った試合に参加していた乾の株だけが無駄に下がる事となった。

『テニスの王子様』40巻 59ページ

そして全国大会決勝、無印テニスの王子様としては乾の最終試合……と言うか、ちゃんと描写された試合としては新テニスの王子様を含めてもこれが最後なんだが。いや、この試合もちゃんと描写されてねえよ
何なら一つ前の手塚VS千歳にも参加してねえから事実上の最終試合は向日・日吉ペアとの試合……いや、これもまともな描写じゃねえだろ。これじゃ乾VS柳の試合にまで遡っちまうぞ。

セルフツッコミばっかりやっていると話が進まないので無理矢理にでも進めるが、この最終試合は乾・海堂ペアが柳・切原ペアと試合をする。
柳と同格のはずの乾が、柳よりも遥か格下のはずの切原ごときに海堂ともども「雑魚」呼ばわりされて手も足も出ず、海堂が一人で奮闘して盛り返したかと思えばデビル化した切原が乾を処刑し、それに怒った海堂までデビル化したところで試合は中断、青学の棄権負けだ。
作者が次の試合をさっさと描きたかったんだろう。

『テニスの王子様』41巻 126ページ

まあ、次の試合である不二VS仁王では、仁王のコピー手塚に対して不二の口から「本物の手塚の足元にも及ばない」と言わせておいて、試合後の竜崎スミレは「手塚超えと前回(白石)のリベンジ双方ともやりおった」と言っており仁王のコピーが完全である事にしたいのか不完全なことにしたいのか全然一貫しておらず、こっちはこっちで問題だらけだったんだが。

更に次の青学黄金ペアVS丸井・ジャッカルの試合は「苦戦していたように見えたのは越前が復活するまでの時間稼ぎ、本気出してシンクロしたら瞬殺でした」とダイジェストで試合を終える巻きっぷりで、ついに黄金ペアが全国No.1ダブルスの座を掴んだ試合のはずなのに何の感慨も湧いてこない。
ボレーの天才と言われる丸井が、満を持して最終決戦で見せた新技「時間差地獄」とやらが、その辺の小学生でも真似できそうなショボさだったのも外しては語れない。
とにかく全国決勝は最終決戦のはずなのに、あまりにも雑な試合が多すぎた。

『テニスの王子様』15巻 165ページ

そんなわけで、テニプリ屈指の名ダブルスペアになれたはずの乾・海堂ペアは、最終的に作者に飽きられて雑に捨てられて終わった
そして物語は新テニスの王子様へと続いてゆくが、そこでの乾はと言うと冒頭の同士討ち戦では腹を壊して棄権負けとなり、もはやネタキャラとしての道を一直線……かと思えば、師匠ポジとして登場した高校生の三津谷あくとに柳が敗北した後、その試合で得たデータを用いて あくとに勝利し、日本代表のバッジを獲得
まさかの主役に返り咲いたかと思えば結局日本代表はバッジと一切関係なく選抜され、乾は代表から漏れた一方で柳は代表入り、と本当に何もかもが茶番だったとしか言いようがない展開となった。

棄てられた男 海堂薫

『テニスの王子様』40巻 108~109ページ

あと、ついでに語っておくが海堂は主人公校の次期部長という最高に美味しい立場のはずなのに新テニでは一切と言っていいほど出番がなく、序盤に手塚にボコられて以降は時々背景の賑やかし担当になるだけだ。

彼は無印の決勝で一時的にとは言え柳・切原ペアを一人で圧倒するほどの実力を見せており、さらに新テニでは手塚が眠っていた力を呼び起こしたと言われていた。
これを事実と考えるなら彼の実力は既に柳や切原よりは上と考えるのが妥当だろう。つまり日本代表のメンバーとして選出されても実力として全く不足は無かったはずだ。なのに現実は上記の通りだ。
ついでに言うと、彼のライバル的な立ち位置だった桃城武は新テニで新技を獲得した上に所々で出番を貰っているのだが、海堂はそれすら無い。

『テニスの王子様』28巻 53ページ

俺はな、海堂が好きなんだよ。
ただの陰湿な悪役かと思えば、誰よりもストイックで勝ちへの執念に燃えるスポーツマンで。ガラの悪そうな雰囲気に反して育ちは良く、家族関係も円満。猫と遊ぼうとして逃げられ、ちょっと凹むような可愛げもある。
誰よりも真っ直ぐで、熱くて、不器用な男。それが海堂薫だ。
原作の神尾戦で彼のファンになった奴は多いだろうし、アニオリの「薫、リョーマになる」や、城西湘南の若人弘との試合なんかも一味違う面白さがあった。

海堂が絡む話の中でも28巻の柳生との入れ替わりダブルスの話は最高で、ここでは海堂がキレて他校の生徒に殴りかかるが、これはその生徒が立海の部長に対して「病気が悪化すればいい」と悪辣な発言をしていたからだ。
自分の友人や先輩の悪口を言われたから怒るなら、よくある話だ。
だが海堂は他校の部長、自分たちの敵とも言える立場の人間に対する発言に対して本気で怒った。仲間だからとかじゃない。そんな人として恥ずべきことを口にするのは誰であろうと許せないと、義憤に我を忘れたんだ。

そして彼は、何だかんだでその場に居合わせた立海の選手・柳生と組み、喧嘩沙汰になった相手とテニスの試合をするわけだが。
曲線の打球が得意で、不良っぽく見えつつも誰より紳士である海堂。
直線の打球が得意で、紳士でありながら手荒な部分もある柳生。
そんな対象的な二人が共闘した末、新たな強さのヒントを得るのはこの回のタイトル「奇妙な出会い」の通り本当に奇妙で、それが面白い。
最後の「先程は…ありがとうございました」との柳生の台詞で締められる場面は胸がすく思いがすると共に、紳士たちの絆が感じられる。
俺はテニプリ全体で、このシーンが一番好きだ。

そして、新テニスの王子様で柳生が「曲がるレーザー」を使用した際は、「海堂が直線のスネイクを生み出したように、柳生も曲がるレーザーを生み出していたのか!」と感動すら覚えたものだが、氷帝VS立海のOVAでは柳生が曲がるレーザーを使わずにバウンド後に軌道を変えるリフレクションレーザーとやらを使い始めたことで「曲がるレーザーは仁王を出し抜くために作者が思いつきで描いただけで、海堂との関係がどうとかは全く関係なかった」ことを理解してキレる羽目になり……この話はやめよう。

しっかりしろ許斐剛

『テニスの王子様』4巻 70ページ

これまでの記事で散々書いた通り、俺は今のテニプリに対してはほぼアンチ……と言うか、見ての通り無印の頃から不満点は多々あったんだが。
それでも今なお新テニの連載を追い続けているのは、何だかんだ期待している点がまだ残っているからだ。

テニプリは面白いのだ。
真っ当なテニス漫画から、いつしか理解不能な超次元テニスと化しても、冗談半分で笑いながら読んでいたと思っていたら、いつの間にか本気でのめり込んでいる。そうさせるだけの魅力がある。
だからこそ、魅力的な設定の整合性を取ることを放り出して思い付きで設定を書き換えたり、しっかりと描けば熱い戦いになりそうな試合を雑に終わらせたり、作者自身が作品を大切にしていないのが許し難いんだよ。

ジャンプSQ 2021年8月号 511~512ページ

こうなった原因は……まあ俺の推察でしかないが、ネットの影響を受けすぎたことが大きいと思っている。
ネットの意見への反論もそうだが、切原の天使悪魔の一人ダブルスはマジで意味不明だ。見開き使ってこんなシーンを書いておきながら、デビルが1球打った直後に一人に重なってダブルスが終了するからな。
物語としてこんなシーンを描く必要が一切ない。「このコマを切り取ってネットでバズらせてね!」との意図で、特に意味はないが見た目のインパクトが強いシーンを描いた、以外の意図が全く感じられない。
確かにネットでのバズりは即効性のある反響だし、広告として一定の効力もあるだろう。だが、それに固執してストーリーや設定が崩壊するようなシーンを軽々しく描いていたら、真っ当なファンから順に消えていく。
これは最初の記事でドラクエにも散々言ったことだが、実際にコンテンツに長く付き合っているファンの真摯な意見よりも、ネットで一瞬騒ぐだけで実際にコンテンツに金を落とさない層に対して媚び始めたら終わりだ。
いい加減、それを理解してくれ。

話は変わるが俺はプリキュアに対してもアンチを自負していて、二つ前の記事では最新のプリキュアのことを見る前からボロクソに書いた。
ただ一つ明確に違うのは俺はプリキュアは既に観ていないことだ。完全にポリコレに堕ちて本当に一切の期待ができなくなったので、もはやアンチとしての熱も冷めるほどにどうでもよくなりつつあるのだ。

失望とは期待があるから生まれるものだ。
俺にとって、テニプリにはまだ期待がある。
新テニで散々「世界から見れば日本なんてテニス弱小国。世界はレベルが違う」と煽っておいて、いざ世界大会の蓋を開けてみれば

  • アメリカが強いのは越前兄弟が移籍したから(越前兄弟が抜けて敗退)

  • 絶対王者と言われるドイツが強いのは手塚が移籍したから

  • イギリスは跡部が移籍して強くなる…と思わせて移籍しなかったので敗退

  • 決勝の相手であるスペインが最強なのは越前リョーガが移籍し、金太郎の師匠であるおスギ婆さんの弟子が居て、さらに越前南次郎がチームの顧問に付いているから

と、超が三つ付くレベルの絶対王者である日本がクソザコテニス後進国たちと良い勝負をするために必死に戦力を削っている様子を見せられても、それでもなお連載を追い続けているのは、まだ時々は面白い場面もあるからだ。

テニプリってのはな、面白いんだよ。
読んでいても面白いし、こうして良い点も悪い点も語るのだって楽しい。
今更ながら言うと俺は無印時代はギリギリ「演出過剰なテニス漫画」の範疇だと思っている。
手塚ゾーン・ファントムは現実にも似たようなことは可能だと言われているし、幸村の五感剥奪だって一応はイップスの一種と説明はされている。仁王のイリュージョンは選手の姿形まで本物のように錯覚するほどの正確な模倣だと考えれば、まあ理解できなくはない。
ただ一つ、どう足掻いても言い訳できないのは菊丸の分身だ。
これは残像が残って分身しているように見えるほど早く動くのが人間では不可能とかそんな話ではなく、分身の原理が高速移動による残像だとすれば彼の一人ダブルスはサーブを打つときにもベースラインとネット際を往復しているわけで、明らかにテニスのルール違反だからだ。

『新テニスの王子様』23.5巻 19ページ

あと、時々キャラクター同士に以外な関係が発生しているのも面白い点だ。
先述した海堂と柳生はその最たる例だが、個人的には新テニでいつの間にかリョーマと一番仲の良いキャラクターが田仁志になりかけているのもネタ的に外せないポイントだと思っている。

ただのイケメン漫画じゃない。
カッコいい時もあるし、バカだったり、情けなかったりもする。
だからこそ親しみを感じることができる。そんなキャラクターたちの魅力は、今でも死んではいない。だから、まだ期待が残っている。
この期待が完全に潰え、こうして長文記事で一つ一つ不満点を上げては文句を言うほどの興味もなくなる日が来ないことを祈っている。
だからしっかりしろ、許斐剛。まだ少年漫画として新テニ読んでる奴がここに居るんだよ。


(記事中の画像引用元は単行本がkindle版、ジャンプSQはゼブラック版であり、ページ数表記はそれらでの表示に準じているので紙面でのページ表記とはズレがある場合があります)

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