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神保町

「神保町駅、つぎは神保町駅です。お乗り換えのお客様は、お乗り換え口までお急ぎください」。私は目を開け、窓外の光景を眺めながら、線路の連結部分に目を移した。隣の車両で読書をしている男性が目に入った。黒髪に白髪が混ざり、50代を超えたように思われるが、年齢は定かではなかった。人生には分からないことが多い、と私はつくづく感じた。

そのとき、電車は神保町駅に到着した。ドアが開くと、友人らしき男性に声をかけられた。「おい、小杉!」私は目の前の男性に見覚えがなく、混乱していたが、男性は馴れ馴れしく話を続けた。

「久しぶりだな、元気してたか?」

私は話しかけてきた男性が誰なのか、まったく思い出すことができなかった。受け答えをしながらも必死に記憶を辿っていたが、男性の名前や素性が全く思い出せなかった。男性は私のことを知っているようだったが、私はその男性のことを覚えていなかった。

「あのう、すみませんが、人違いではないですか?」と私は尋ねた。

「なんだよ、忘れちまったのか。俺だよ、俺。金田だよ」と、男性は自分の名前を口にする。しかし、私は思い出せなかった。金田という名前は何度も聞いたことがあるはずだが、思い出せなかった。

そのとき、私は何かを失くしたような気がした。あの男性との何気ない会話に、私は心の中で苦しみを感じていた。何か大切なものを失ったような、そんな気がしたのだ。

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