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かぶきDOU 追悼 市川左團次さん 其の3アフタートーク

3回目のかぶきDOUをお聴きいただきましてありがとうございました。

今回は4/15にご逝去された歌舞伎俳優の4代目市川左團次さんを偲び、その功績をお届けしました。左團次さんの端正なお顔立ちと目力、体格の良さを活かして歌舞伎では強大な敵役や人情味あふれる物語のキーパーソン役などでご活躍されました。
TVのバラエティ番組では飾らないざっくばらんなお姿を披露し、お茶の間の人気者でもありました。
そんな市川左團次さんの歌舞伎のルーツについてご紹介しました。


初代市川左團次

初代市川左團次は1842年天保13年に大坂で生まれました。
父親が江戸末期の名優4代目市川小團次の床山(髪結い)さんだったそうです。
子役を勤めるほど芝居好きで、整った顔立ちを見込まれて、江戸中村座に移り4代目小團次の養子となって市川左團次を名乗ります。
しかし父の小團次が急逝してしまい、後ろ盾を無くしてしまった左團次でしたが歌舞伎作者の河竹黙阿弥がサポートします。
黙阿弥の手がけた作品は今なお受け継がれる名作揃いです。
作品にも恵まれて9代目市川團十郎と5代目尾上菊五郎とともに人気を博します。
3人の名前の頭文字を取って、團菊左(だんきくさ)と呼ばれ明治中期の歌舞伎を盛り上げました。


2代目市川左團次

2代目市川左團次は1880年明治13年生まれで初代の長男です。
初代が亡くなった2年後の1906年明治39年に2代目を襲名しました。
襲名披露の後には演劇の勉強のためヨーロッパに渡ります。
帰国後の1909年明治42年に劇作家の小山内薫と組み、自由劇場を創設してヨーロッパ近代劇のエッセンスを盛り込んだ新劇運動を起こしました。
同じ年に当時上演が途絶えていた歌舞伎十八番の「毛抜」を復活させます。翌1910年明治43年には「鳴神」も復活させ歌舞伎界に新しい風を吹き込みました。


3代目市川左團次

3代目市川左團次は1898年明治31年生まれです。
子供の頃は市川男寅を名乗り、それから3代目市川男女蔵として9代目團十郎や6代目菊五郎に従事していました。
6代目菊五郎が亡くなった後にはその意思を受け継ごうと菊五郎劇団が結成され、二枚目と女方を兼ねた役者として活躍しました。
2代目の左團次には跡取りがおらず、2代目夫人たっての希望で1952年昭和27年に3代目を襲名しました。
戦後の新作歌舞伎ブームを牽引し1964年昭和39年には人間国宝、そして翌年には文化功労者に認定されました。


4代目市川左團次

そして当代の4代目市川左團次は父である3代目左團次が亡くなった10年後の1979年昭和54年に襲名しました。
左團次さんが初役を演じる際に
3代目の父から教わることはほとんど無く、17代目市村羽左衛門をはじめとする名優の方々から芸を教わったそうです。

左團次さんの当たり役に助六のヒゲの意休がありますが「羽左衛門さんから譲ってもらった」と、左團次さんは仰っています。
私も初めて助六を観た時に、敵役の左團次さんの意休の迫力に圧倒されました。
意休の衣装は非常に重く、なおかつ正面を向いて1時間同じ姿勢をキープするという点でも大変なお役だそうです。


男女蔵 男寅


3代目である父の襲名プロセスにならって、当代の左團次さん、息子さん、そしてお孫さんも市川男女蔵、市川男寅を名乗られています。屋号が市川左團次の高島屋から、滝野屋になるのはこのためだそうです。


博多座にもゆかりが

かぶきDOU放送初回にもご紹介しましたが1999年平成11年の博多座柿落とし公演には左團次さんも出演されました。
昼の部は興話情浮名横櫛の和泉屋 多左衛門役、そして夜の部では弁天娘女男白浪では南郷力丸役を勤められました。
昼の部 夜の部ともに芸の幅が広くないと勤まらないお役です。
そして左團次の歴史を振り返ってみてお気付きかと思いますが
博多座杮落とし公演では團菊左が揃っていたんですね!胸熱です!

また左團次さんは愛犬家としても知られています。
飼われていた2匹のうちの1匹は博多座で公演中に出会ったワンちゃんだそうです。



左團次さんは著書「いい加減、人生録」で
「わたしたち歌舞伎役者の評価は、死んでから決まることがあるとも言われています。結局は自分のできることをひとつひとつ積み上げていくしかないんでしょう」と締めくくっています。

とても淋しいですが、これからも多くの歌舞伎役者さんの演技を通して左團次さんの芸に触れていけるのだなと…感じております。
本日のかぶきDOUは市川左團次さんを偲んで、その功績やエピソードについてお届けしました。
4代目市川左團次さんのご冥福を謹んでお祈り申し上げます。


縁(えにし)の一曲


歌舞伎役者さんにゆかりの曲をご紹介する縁の一曲のコーナーでも市川左團次さんを偲びました。
2007年に放送されたNHK大河ドラマ風林火山に左團次さんは上杉憲政役で出演されました。
色を好み、野心溢れる憲政役で存在感を示しました。
市川猿之助(当時の市川亀治郎)さんも武田信玄役で出演されました。
大河ドラマ風林火山のテーマ曲 千住明で風林火山をお届けしました。


なお、今週の「めでてえなあ」はお休みとさせていただきました。
次回4/25㈫のかぶきDOUでのご紹介となります。どうぞご了承くださいませ。
番組のYou Tubeアーカイブはこちらからご覧いただけます↓

※権利の関係でBGM音楽は削除されています

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