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横浜スタジアムの重力に支えられて、あるいは交流戦優勝を見られなかった話。

【文春野球フレッシュオールスター2023ベンチ入り賞】

「ヒーローになれるぞ!」

隣のおじさんが言った。
打席に向かう蝦名達夫がオーロラビジョンに映る。
「今、人類で一番緊張しているのはこの人です」とテロップが出そうだった。
横浜スタジアムの空気はどんどん薄くなる。
私にできることなどなにもない。
死ぬのはいつも他人ばかり。



2023年、横浜DeNAベイスターズはなんとびっくり交流戦初優勝目前のところまで来ていた。
マジか。
そんなつもりで暮らしていなかった。
前半9試合を5勝4敗で通過したときも、残り6試合で首位に立ったときも、周囲の横浜ファンとは「とにかく1カード最低1勝して5割前後で乗り切る」と確認し合うだけの日々だった。
三浦大輔監督就任後の2年間の通算成績は勝ち越しているとはいえ、交流戦の通算借金は実に60。
逆張りや後ろ向きのつもりもなかった。

だから、6月18日千葉ロッテマリーンズ戦で佐々木朗希から4点取って6-1で勝った瞬間も、まだ事の重大さを分かっていなかった。
1試合を残して交流戦首位に立った、らしい。優勝はホークスとイーグルスとベイスターズに絞られた、らしい。ベイスターズは19日の試合に引き分け以上で優勝、らしい。TQBの関係で、1点差負けでもかなり優勝の可能性は高い、らしい。
マジか。
そんなつもりで暮らしていなかった。
あとTQBってなんですか。

スマホを見ると、ニュースサイトやSNSに優勝の条件が細かく書かれている。
2016年のCSクリンチナンバー以来の知らない用語だな、と思いながらTQBのことも調べた。
得失点差率(Total Quality Balance)。
勝率ではなく勝利数順で順位が決定するというレギュレーションのおかげで3位になった2001年のように、聞き慣れないものに助けられるのがベイスターズなのかな、と20年以上前のことを思い出す。

間違いない。
どうやらベイスターズが交流戦優勝しそうだ。
そのまま公式チケットサイトに飛ぶと、翌日の試合はまだ多少空いていた。
あまり深く考えずに購入してから、ふと思う。
私はなにをしに行くんだろう。
応援・・・なのかな。優勝するから行くのかな。
翌日、退勤して横浜スタジアムに向かう電車に乗りながら考えても、よくわからなかった。
たぶん、気取ってるだけなのだろう。



「落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ」

1-1の同点で迎えた7回裏、先頭伊藤光の打球がフラフラと上がった瞬間、私は可能な限り希望を連呼していた。テレパシーで。
私の念力とはあまり関係なく、打球はセンター前に落ち、大事な先頭打者が出塁した。
続く関根大気のバントを河野竜生が悪送球して無死2、3塁。
2番に抜擢された蝦名に打席が回ってきた。

「ヒーローになれるぞ!」
隣のおじさんが言った。
ビジョンの蝦名の顔に、色がない。
スタンドからは今日一番の声援があがっている。
スタンドの声援が大きくなるほど、打席の蝦名が小さくなっていくように思えた。
2球続けて高目のストレートを空振りして追い込まれる。力いっぱい力が入っている。
できることなどなにもない。
私の何かでベイスターズが勝ったことは、1回もない。

かつて、IPPONグランプリで「そこそこのウソをついて下さい」というお題に、チュートリアル徳井義実は「ファンの皆さんのおかげです!」と返した。IPPON!
IPPONは良いが、大喜利にしてはストレートすぎるなと思った。

作家の森博嗣は「サポーターの応援で選手が力を出す、というメカニズムがどうしても理解できない」とはっきり(というか普通に)書いている。
さすがにそこまで言い切れないけれど、でも実際そうなんだろうなと思った。

もちろん、実際に選手のいう「ファンの皆さんのおかげです!」は本当に実感しているのだろう。
横浜スタジアムのライトスタンドや内野席で、どんな時でも声を出して応援し続け、自分たちがどこに所属している何者であるか、そのコミュニティとアイデンティティをしっかり把握しながら、喜びや辛さをチームとともに味わってきたファンの皆さんのおかげだろう。
私はいったい何が怖いんだろう。
応援されたことがないだけかもしれない。
それはそれとして、私の何かでベイスターズが勝ったことは、1回もない。

では、私が何をするために来ているかというと、これがなんと応援するために来ているのである。
何のために応援しているかというと、自分を支えてもらっているのである。
自分にとって、世の中がどうあろうともこれだけは大切にしようとしていることが他人を応援する、というのは、ずいぶん不思議なことのように思える。
でも、他人を応援することでどうにか自分を支える、ということはある。間違いなくある。
だから、何回痛い目に遭っても、球場に足を運んだり、テレビにかじりついたり、スマホで一球速報を連続で更新したりする。
球場で応援歌を歌う人も、歌わずにじっと座りながら届いたら困るテレパシーを送り続ける人も、そういう意味では変わらない。変わるか。
でも。

あの一瞬、間違いなく蝦名は横浜スタジアムでいちばん引力の強い選手だった。
思えば、去年の開幕戦の知野直人もそうだった。
物理的に浮いていた。彼に地球の引力は働いていなかったが、その分、彼に物凄い引力があった。
そういう選手に引きつけられて、そういう選手を見に、球場に行っている節さえある。

だから、その引力さえ見られれば、極端なことを言えば勝ち負けはどうでも・・・いいわけあるか。そんな支えてもらってばっかりでたまるか。奢られっぱなしの趣味は無え。優勝だぞ優勝。交流戦だろうがなんだろうが構うことはない。TQBがなんだ。

蝦名ぁ!ヒーローになれるぞ!(テレパシー)



結局、蝦名はこの打席も次の打席も死球だった。
この日の蝦名は、引力が強すぎた。
何しろ、最後の打者にもなったのだから。
「引力」の使い方がたぶん違うし、私のテレパシーとも今度こそ本当に何の関係もない。

延長戦の末、1点差で試合には敗れたが、件のTQBで初の交流戦優勝が濃厚になった。
上茶谷大河から懸命の継投が実を結んだのだ。
5回表の無死満塁を切り抜けた3連投の森原康平の貢献が大きかった。
私が席に着いたとき森原がマウンドに上がった。
流石にこちらも声が漏れた。
と、オーロラビジョンに映る顔は薄く笑っている。
森原の纏う空気は、交流戦優勝がかかった試合にそぐわない、とても柔らかいものだった。
イーグルス時代に新人の頃から投げまくっていたし、あまり状況や声に左右されないタイプなのかな。頼もしいな。
と思いながら、深夜Twitterを見た。

違った。
2回も助けられた。

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