黄昏な言付け(読切)
A
〜 詩 〜
郵便受けが
軋むようになって
配達員さんも
見かねてね
待っててください
そう言い残して
工具を一本持って
肩を上下
させてくれてね
しだいに
苗字から名前に
なったと思ったら
苗字と名前が
混じるようになって
今も
工具を持って来てくれる
けど
お礼が言えなくなる
寂しいことね
・
〜 SS (ショートストーリー) 〜
・
日中は雨風が強くて慌ただしい日だったけれど、トタン屋根に弾ける雨粒が胸を弾ませて遊ぶ金平糖のように思えて愛らしかった。
引き戸を開けて踏み石を辿ればほら、タンポポがもう眠そうにしてるじゃない。
今日も日暮れまで、頑張って咲いたのね。
・
そろそろ夕刊が届く頃だと、玄関先の郵便受けに手を伸ばして探ってみるもののカタカタと音をさせて返事が返ってきてね。
まだですよって、言うじゃない。
普段は黙りの郵便受けが応えるなんて珍しい、そう思って覗いてみれば幾つかネジが緩んでいたの。
雨風に耐えていたのねと、労うように四隅に溜まった砂埃を溝に沿って拭っていたところに呻く(うめく)ような音が耳の先を横切って、暫くして足音に変わったころ、ざわついたわ胸が。
・
今日は自転車だったのかと新聞屋さんを見上げれば、駆け寄ってきてくれたのは郵便屋さんでね。
今日は荒れた天気でしたからってネジを具合を見ながら言うのよ、今だに顔は合わしてくれないけれど…きっと気遣ってくれたのね。
苗字から名前、名前からまた苗字に戻ったりして呼び名が右往左往してくるものだから、私の気持ちも流されそうになる。
名前も知らない郵便屋さんへ、お礼の一言を伝えるまでが精一杯だった。
今までも、きっとこれからも…片思いもいいところよね。
でも、そのお礼ですら伝えられない日が近づいてくるなんて考えもしなかった。
・
B
〜 詩 〜
雨風に飛ばされそうな
郵便受け
ネジ締めなおして
顔を見上げれば
ありがとうって
言うんだよ
職場の移動が
春に決まってさ
配達員がお礼に
直接手紙を渡したら
笑われるかな
でも笑ってくれたら
それでいい
近づく足音に
来る日に備えた胸を
正す
けど
文字がとくんと
脈を打つ
・
〜 SS (ショートストーリー) 〜
・
出逢った日あの日から
もう惹かれていたんだ
そう思う。
・
積み重なったダイレクトメールに手紙、これはあれだな…文字の山だな。
大きくため息をつく目前、視界に入る上司に背を向けて一つ咳払いに変換した昼下がり。
汗をかく利き手の缶コーヒーと、冷や汗をかく自分を重ねて愛車まで矛先を向けた。
秋口とはいえ日照りは冷めやらず文字達を引っ提げて、日々の重圧に反発をするようにスタンドを蹴る。
無抵抗な車輪が時の鐘を耳にするまで、それぞれの宛先を給水場所の目印にしてペダルを漕いだ。
・
もう時間か。
下り坂から望む山々の紅葉と、ベタ付きを覚える綿の生地に半袖の制服が風に靡いている時が癒しの時間で、心地よかった。
黄昏時(たそがれどき)
この時間にきる風を受けて
一日が終わる。
戻る方向に、一通。下り坂に拍車を立てて長い一日から解放されると思うと足取りも軽く、今日の最後の宛先まで向かった。
・
表札まで鼻の先だとラストスパートをかけてハンドルをきってみれば、秋色をした髪を結った女(ひと)が郵便受けに手を焼いている。
配達に一区切りつくことだし西陽もまだ落ち切ってない、そう理由をつけて事務所まで工具を取りに伸びた影を走らせた。
・
あれから
一年と半分、経ったんだな。
二、三ヶ月前に上司から隣村に移動しないかと話を受けて、隣村なら引っ越すこともないし安易に二つ返事をした…そんな自分が今、腹立たしい。
指定の隣村(りんそん)は県境(けんざかい)だ、今までの配達の担当からは降りるというになる、移動目前に現実を突きつけられたかのように思えてきた。
事の発端は、自分の落ち度からなのに。
・
郵便受けを直してからというものの、時折声をかけてくれては、冬は暖かく夏は冷たくした飲み物を持たせてくれた。
来年度からは
もう
挨拶でさえ
できないんだな。
・
面と向かって言えるもんなら、ちゃんと伝えたい。
経過する時間とは反比例して、近くではまだまともに見れないんだ。
・
今朝は今までの挨拶とお礼に、気持ちが伝えられたらなって認めた(したためた)手紙を持ってきた。
配達員が宛先のない手紙を手渡しなんて、笑われるかな。
花なんか添えて、らしくないってさ。
でも
笑顔でいてほしい
見たいんだ
笑った
その女(ひと)で
いてほしいから。
・
A + B side end
✍️あとがき
※詩は自身のX内にて投稿したものを、一部修正をかけたものです
見つけてくださり、ありがとうございました。
それでは…。
kabocya
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