見出し画像

12.壁の穴

 こんにちは。軽く会釈をしてアパートの隣に住んでいる女性に挨拶をする。同時に自分がマトモな人間であることをアピールする。隣には女の人が住んでいたことを初めて知った。
 最近は外に出ることも少なくなり、仕事もなくなってしまった。全ては感染症が広がって世界が変わったせいだと思っている。何かのキッカケがあれば働き出せるし、出会いもあるはずだ。何かのキッカケがあれば。

 そんなことを考えながら、無意識に隣に女性が住んでいる側の壁を眺めていた。アパートは古く、壁にはシミが幾つもできていた。

 こんなところに穴あいてたかなぁ。

 かなり古いアパートだったので、穴が空いているのは仕方ないとは思うが、今までなぜ気づかなかったのだろう。当然ながら部屋には自分一人しかいないのだが、改めて誰もいないことを確認しつつ、穴に近づいた。穴は深く、その先には光が見えた。「まさかね。」とか呟きながら焦点を合わせる。
 やがて焦点があうと、光の先には部屋とそこに後ろ向きで座っている人の形が見えた。

 えっ。

 何となく期待をして覗いてしまっていた自分がいたのだが、その部屋に座っているのはどう見てもおじさんである。更に、その部屋はゴミだらけで座っている部分以外は恐らくゴミで床が見えないのではないかと思えるほどだった。完全なゴミ屋敷だ。

 どういう生活しているんだよ。ゴミくらい片付けろよ。気持ち悪い!

 暫く覗いていたのだが、後ろ向きで座っている人が動く気配が無い。ただ、見ていて気になることがあった。その部屋の感じに見覚えがあるのだ。しかも、その気持ち悪い人物にも心当たりがある。

 まさか?

 手を上げると、その穴の中の人物も手を上げた。近くのものを取ってみると、その穴の中の人物も同じことをしたのだ…。そう、見えていたのは自分の部屋だった。誰が何の目的で作ったのかさっぱり分からないが、間違いなく自分を後ろからみた姿だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?