見出し画像

鑿壁読書 October 2020

1)河合隼雄『心理療法序説』岩波現代文庫(2009)

 心理療法というのは、時に誤解されて、環境にただ順応するような人間をつくるもの、というように考えられていることがある。そのようなことを目指したところで、それほど簡単にできるはずもないが、われわれの目指しているところは、与えられた環境のなかでクライエント自身がいかに自分の生きる道を自主的に見出してゆくか、それを援助しようとしているのである。(p.137)


2)三島由紀夫『不道徳教育講座』角川文庫(1999)

 ここに一つの真理があります。
 人間が真実の相において愛することができるのは、自分自身だけなのであります。印度の経典「ウパニシャード」は、かくてひたすら、「自我のみを愛しみ、崇信せよ」と教えます。……
 思わずわれわれは哲学に深入りしました。又元気を出して、人間の社会生活に帰って来なければならない。(p.202)


3)安藤貞雄訳『ラッセル 幸福論』岩波文庫(1991)

あなたの興味をできるかぎり幅広くせよ。そして、あなたの興味を惹く人や物に対する反応を敵意あるものではなく、できるかぎり友好的なものにせよ。(p.172)


4)金城一紀『対話篇』新潮文庫(2008)

私にとっての座右の書ともいうべき一冊。絶版になっていたが、この夏、角川文庫から復刊された。ぜひ手に取っていただきたい。3編の物語が収められており、「僕」ともう一人が対話をすることで過去を振り返りながら大切なものを見出そうとしていく。ここでは、「僕」と初老の紳士が東京から鹿児島までドライブをする物語からの一節をご紹介する。

「(この瞬間にも隕石に)直撃されたら、もちろん、私たちは死ぬだろうが、私は死ぬ瞬間になんの後悔も感じないと思うよ」
「…………」
「なぜなら、私は自分の意志で、ここにいるからだ。誰に命令されたわけでもなく、ここいいる。幸運だとか不運だとか、そんなことはどうでもいい。とにかく、ここで起こった結果に関しては、私はすべてを引き受けるよ」(p.188)


5)岩宮恵子『生きにくい子どもたち――カウンセリング日誌から』岩波現代文庫(2009)

(子どもは)要求をぶつけ、それがどの程度とおるものなのかを試すことによって、自分を守る器の強度をはかっていることも多い(略)。自分が無茶を言っても、ちゃんと壁になって度が過ぎないように守ってくれる相手がいることはとても大事なことである。それがあってこそ、子どもは安心して自由に自己表現できる。(p.64)


6)寺山修司『青少年のための自殺学入門』河出文庫(2017)

何かが足りないために死ぬ――というのは、すべて自殺のライセンスの対象にならない。なぜなら、その”足りない何か”を与えることによって、死の必然性がなくなってしまうからである。(p.70)
「死にむかって自由になる」のではなく「生の苦しみから自由になる」というのでは敗北の自由であることに変わりがないのだ。(p.71)


7)伊東ひとみ『地名の謎を解く――隠された「日本の古層」』新潮選書(2017)

(前略)日本の風土、すなわちカミなる大地と、真剣勝負の交渉を続けて獲得されたのが、縄文的な心性に支えられた基層文化なのである。そして、そのカミなる大地と人との交渉をつぶさに記録したものが「地名」である。(p.199)


8)小林秀雄『考えるヒント3』文春文庫(2013)

美しいものは、諸君を黙らせます。美には、人を沈黙させる力があるのです。これが美の持つ根本の力であり、根本の性質です。絵や音楽が本当に解るという事は、こういう沈黙の力に堪える経験をよく味わう事に他なりません。(「美を求める心」p.54)


おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?