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ジニー

リスト

色々なモノが焼け焦げた臭いがまだ鼻につく、建物近くの裏路地で腰を下ろすにはちょうどいいコンクリートの階段に、バックスは腰掛けていた。
まだ警察のパトカーのサイレンが鳴り響くDr.D Institueの建物に、「keep out」と書かれたテープが張り巡らされ、中には入れない。
警察の事情聴取を一通り受け、やっと外に出て一服するバックスだった。
--警察が来る前にDr.Dの机の上にあった、焼け焦げの残る文書をバックスは失敬していた。リストには、どうやらDr.Dがグラサンを渡した人のリストのようだった。
Dr.の残した手がかりだ。無為にはできない。バックスはそう思いながらリストを見た。
「少年ギャンググループじゃないか。Dr.はなぜこんな連中にグラサンを渡したんだ?」
リストには3人の名前とグループ名が書いてあった。
まず、ジンクス。白人グループのボスらしい、か。
次に、モヒカン。チャイナタウンの中国人グループか。
最後にD。ん?Dって、Dr.Dとは別人か。どうやら黒人グループのボスらしい。
「こりゃ、やっかいだな。誰からあたるか・・・」独りごちた。
「そもそもDr.の言っていたルナーらしき名前はない。ルナー、考えてみれば妙な名前だ。あだ名か?」
少なくともこの3人の誰か、だろうな。
バックスは白人だ。しかし、少年ギャンググループとなれば、大人であるバックスはかなり警戒されるだろう。何をされるかもわからない。
「Dr.と同じ名前のDってヤツ、Dr.と何か関係があるかもな。ひょっとしたらルナーが誰か知っているかもな。黒人なのが難しいところだが。」
だが、もしDr.Dと関係が深ければ、何か情報を得られるかもしれない。
なに、人種差別なんて古くさい話だ。なんせ、大統領が黒人だしな。Challenge!Yes, We Can. だろう。
辛気くさい裏路地から表通りに出たバックスは、近くの地下鉄へ向かって歩き出した。
ふと、雨がポツポツと降り出した。
「雨か。Dr.、せめて安らかに。あんたの最後の頼みは聞いてやるよ。」
振り返りDr.D Instituteの建物を一目見て、きびすを返した。

見張り

バックスは地下鉄のホームを出て、3ブロック先のスラム街へ向かった。
歩道の横の白いコンクリートの壁には、なにやら若者しか理解できないアートが描かれている。
--オレも33才だしな。もう若いとはいえないか。
苦笑いしながら先を見ると、ブロックのスラム街の入り口らしき門が見えてきた。
「誰かいるな。やっぱり見張り付きか。」
ひょいと門に近づき、見張り番の黒人の若者を見る。
こっちには気がついていないようだ。よく見てみると、どうやらスマホを使っている。スマホのゲームに夢中のようだ。
--やっぱガキはガキか。
スマホをうまく使えないバックスは、自分のことを差し置いて、つぶやいた。
しかたなく、壁をノックする。
「おーい、Nice to meet you. 」
少年は急に声をかけられてびっくりして、少し身をそらせた。
「なんだよ、てめえ。」
--ゲームを中断されて、少々不機嫌そうだ。
「いや、オレはフリーのジャーナリストで、バックス・ロボってんだが、おたくのボスのMr.Dに取材をしたくてね。」
少年の顔つきがますますひどくなった。
「白人がボスに会いたいだと!?白人がここを通れると思っているのかよ!?」
「そこをなんとか、取材なんだよ。通してくれよ。ボーイ」
バックスは心の内で焦りながらも、粘ってみる。
「オレはボーイじゃねぇ!Joeっていうれっきとした名前があんだよ!」
「そうか、そいつは済まなかった、ジョー。気を取り直してくれ。ほら、これ、記者カードだよ。」
--少年は、記者カードをじっと見る。ふと、何か気づいたようだ。
「・・・あんた、あのバックス・ロボか?メリーランドの白人の汚職事件を記事にした。」
「Oh!そうだよ。よく知ってるね。」
「くっく・・・、よく知ってるよ。あんたそのおかげで離婚沙汰なんだってな。」
「なっ?なんでそこまで知っている?」
額から汗が出るバックス。
「いや、あの白人汚職を暴いた記事は面白かった。よくやってくれたよ!家族を犠牲にしても正義を示してくれたわけだ。」
--「家族を犠牲」はよけいだ!心の中でバックスは叫んだ。だが、ここはこらえて、表情が多少微妙な笑みを浮かべさせた。
「ありがとう。ステイツは正義の国だからな。誇りに思うよ。」
「そうかい。また頑張ってくれよな。ボスは今いるかどうか分からないけど、ほら、通してやるよ。」
「Thanks a lot, Joe」
ギシギシと音のする門が開き、バックスは、心の動揺を押さえて、中に入った。

ジニー

今は夏の真昼だ。雨はやんでいて、相変わらず暑い日差しが、バックスを襲う。
スラム街の街道も、あまり人が通らず、軒下か屋内で日差しを避けているようだ。
--さて、Mr.Dはどこにお住まいかな?聞いてみるか。
ちょうど歩いていた3人くらいの黒人の少年たちに声をかけた。
「やあ、ボーイ。Mr.Dのお住まいはどこかな?」
3人の顔がきつくなった。
「なんだ、てめえ!白人が堂々と通れると思っているのか!?」
--やれやれ、またか。助けてくれよ大統領。
「ま、待ってくれ。落ち着いて聞いてくれ。おれは記者でMr.Dを取材したいだけなんだ。」
「ふざけたこと抜かすなよ!?」
落ち着く様子もない。これは困った。ジョーの時みたいにうまくいくかな?3人に囲まれたらどうなるか分からない。
内心ビクビクのバックス。
そこへ--
「おい!なんだバックスのおっさん!こんなところに何の用だい!?」
甲高い声が少年たちの後ろから響く。
背が低いが、ちんちくりんに爆発している髪が妙に目立つ少年がそこに立っていた。
3人の黒人たちは振り向いて、
「なんだ、イエローのガキ、こいつ知ってんのか?」
「もちろんさ。ただのビンボーなフリーのジャーナリストのおっさんさ。」
--「貧乏」は余計だ!と思いつつ、
「あれ?ジニーか!おまえこんなところで何やってんだ?」
ジニーと同じセリフを言う。
「あー、ちょっとヤボ用でね。」
黒人の一人が言う
「イエロー、こいつ信用できるのか?」
「大丈夫さ。たぶん女のケツでも追っかけてここまできたんじゃない?」
少年たちは笑い出した。
「そうか。こいつモテると思っているのか?」
--ちくしょう!何から何までバカにしやがって!
「白っぽのおっさん、まあ頑張れよ」
3人はそう言い残して、去って行った。

ジニーは中国人だった。まだ14才の子供で、肌の色でいえばいわゆるイエローだ。
以前、ジニーの親族に取材したこともあり、それからたまに食事などもする仲だ。
バックスの息子とも仲が良く、バックスもジニーのことは嫌いではなかった。
無邪気なジニーは、ニヤニヤして言う。
「バックスのおっさん、こんなとこに来るよりカモジェのケツでも追っかけてた方がいいんじゃないの?」
「余計なお世話だ!今日は仕事で来ているんだ」
「そうかい。I see. どんな仕事?」
「ここのボスのMr.Dに取材に来たんだ」
「ふーん、Dにねぇ。ま、いいか。Dならそこの角を曲がった突き当たりの家だよ」
「そうか、ありがとよ。また今度奢ってやるからな」
「おっさん、ムリすんなよ。まあ、貸しは貸しとして覚えておいてな。」
--子供に心配されてたまるか!我慢の限界に近づいてきたが、こらえてバックスは言った。
「分かったよ。今日はありがとうな。」
「いいよ。それじゃ、お先に。See you!」
ジニーはいそいそと去って行った。
--まさかモヒカン-ボスが・・・!そう焦燥心を抱きながら・・・

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